トーキング・マイノリティ

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ヒトラーの贋札 07/独=オーストリア/ステファン・ルツォヴィツキー監督

2008-11-05 21:23:25 | 映画
 第二次大戦中、ナチスは敵国イギリスへの経済混乱を狙い、史上最大とされる大規模なポンド偽造する、所謂ベルンハルト作戦を行った。その贋札作りに従事したのは強制収容所から移送されて来たユダヤ人たちであり、彼らを描いたのがこの映画。「芸は身を助(たす)く」とは、西欧の戦時にも当てはまるらしい。

 舞台は第二次大戦時のドイツ、ザクセンハウゼン強制収容所。ここに各地の収容所からユダヤ人の様々な技術者が集められて来た。世界的偽造犯で通称サリーことソロヴィッチ、印刷技師ブルガー、画学生コーリャなどに課せられた使命は完璧な贋のポンド紙幣をつくること。収容所内にはそのための工場まであり、ここで作業させられるユダヤ人は他の囚人とは別格の扱いとなっていた。食事や寝台もいいものを与えられ、病気になれば医者(これまたユダヤ人)も診てくれる。衣装もみすぼらしい縞々の囚人服ではなく、上質の上着を羽織ることも出来た。その服の元の持ち主も収容所に送られたユダヤ人であり、贋札製作班が着る上着の背中には、戒めのためだろうが、縞模様の布が縫い付けられている。

 強制収容所と聞くと、ユダヤ人は一様に迫害されていたと思われがちだが、実際は立場により優遇されていた者もいたのだ。カポと呼ばれたユダヤ人がおり、収容所で囚人長やブロック長として同胞の虐待・虐殺に荷担した人々もいる。何年も前、カポを特集したNHKのドキュメンタリーを見たことがあるが、カポはドイツ人看守の見ている前で同じユダヤ人に暴力を振るったりするのだ。生き残りたいがゆえにせよ、同胞を虐待した行為によりカポは他の囚人より厚遇され、食事や待遇もよかった。つまり、収容所内部は相当な階級社会だったといえる。囚人たちの音楽隊もあり、彼らはナチスのために歌い、音楽を奏でる以外にも、処刑される囚人のために楽器を奏したという。音楽隊もまた他の収容者より優遇されていたのは書くまでもない。

 人間、誰しも死にたくはない。贋札作りをさせられるユダヤ人も生存と良心の狭間で苦悩する。ナチスに協力すれば己は暫らく生き残れるも、家族や同胞を苦しめることに繋がる。作業の遅れに業を煮やした親衛隊隊長は、期日までに完成できなけれは見せしめに囚人仲間を銃殺すると脅し、同じユダヤ人が作業に非協力的な者に暴行する。元から犯罪者で世知に長けているサリーさえ、ナチスにへつらうことを屈辱に感じているのだ。
 戦後暫らく、収容所にいたユダヤ人はその体験を語りたがらなかったそうだ。辛いだけでなく、収容所での生活は彼らが常日頃から喧伝していた「神に選ばれし高尚な民族」の実態を、目の当たりにしたからだろう。だが、ホロコーストが産業となると分かるや、姿勢を豹変させるに至った。

 戦争終結までナチスが偽造したポンド札は、1億4千万ポンドに上り、これは英国の外貨準備高の4倍もの金額だそうだ。しかも精度の極めて高い贋札。ただ、英国もまたドイツ紙幣を偽造、連合国の殆ども偽ドイツ・マルクを印刷したと伝えられているが、ドイツと違いこちらは最終的にどれだけマルク札が偽造されたのか、正確な数値は不明である。もしかすると、大規模な偽造額は連合国側がドイツより上回っていたのかもしれない。

 銀行マンを描いた小説『マネー・チェンジャーズ』(アーサー・ヘイリー著)に、一国の政府による偽造事件の歴史を紹介する場面がある。勤務先の銀行の金を横領、逮捕された若い銀行員が刑務所内で、通貨偽造の例を囚人仲間に語る。ベルンハルト作戦以外に特に有名なのは、英国政府がフランス革命妨害のため、大量のアニシャ紙幣の偽造を認可したことと、米国独立運動が英国紙幣の昂然たる偽造とともに始まったことだった。同じ犯罪が個人により行われた場合、英国では1821年まで絞首刑に相当したが、国家の命ならば問題にされなかった。愛国無罪は欧米も同じらしい。

 銀行員から国家による通貨偽造の話を聞いた囚人の1人の感想は、悪事に対する痛烈な皮肉である。
どうだい、こいつは!そんな悪いことをした連中が俺たちをここにぶち込んだんだぜ。奴らは今だってきっと同じようなことをしているに違いない。

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2 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
悲しい日本人 (Mars)
2008-11-06 21:23:38
こんばんは、mugiさん。

同じ贋札でも、「ヒトラーの」と冠がつけば、絶対悪で、「連合国の・戦勝国の」と冠がつけば、どのような悪でも許される免罪符なのでしょう。

例え、貧困・困窮にあっても、協力する者もいれば、それ踏み台にして、よりよい生活を求める者がいても、ある意味では当然だと思いますが、、、。

人の理性や正義に、絶望するものではありませんが、言葉の言うとおりの正義等、ほとんど、あったものではないですね。
(人は、時に、正義という名の残虐・卑劣な事も、簡単にできる生き物ですから、、、)

これから先、ユ○ヤ民族は生き残るでしょうけど、果たして、倭民族は、、、。
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嘆息する日本人 (mugi)
2008-11-06 22:09:28
>こんばんは、Marsさん。

仰るように、これがチャーチルの贋札ならば、戦勝国ゆえ正当化されます。そもそも、連合国側がいくらドイツ・マルク札を偽造したのか、調べる者もいないだろうし、実は「ヒトラーの贋札」より多かったことが分ったとしても、チャラですからね。

「貧すれば鈍する」の諺があるとおり、極限状態に置かれれば、人間の理性や寛容など崩壊してくるのでしょう。例えたらふく食える状態でも、正義の名のもとに残虐行為がやれるのが人間という生き物です。

これから先、ユ○ヤ民族は生き残るとしても、再びホロコーストの憂き目に合うと私は予測しています。あの民族はずっと迫害を繰り返し受けており、あの姿勢ではそれを招く。他民族のことより倭民族の生存が第一ですが。
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