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司馬遼太郎の見たウイグル その①

2010-01-10 20:18:41 | 読書/ノンフィクション
 司馬遼太郎は昭和52(1977)年8~9月にかけ約3週間、新疆ウイグル自治区を訪れている。個人で勝手に行ったのではなく、中国政府の招きであり、作家仲間の井上靖も同行、ウルムチイリトルファンホータンの4地区を廻ったそうだ。井上、司馬らのウイグル紀行文から、当時の中共の対外宣伝活動及び少数民族対策、国際関係が浮かび上がってくる。

 司馬はその2年前、井上靖を団長とする作家代表団の1人としても訪中しており、そのメンバーは井上芙美夫人、戸川幸夫水上勉庄野潤三小田切進福田宏年ら。日中文化交流協会からは白土吾夫・事務局長、佐藤純子副次長(※肩書きは当時のもの)が参加したという。
 昭和52年のウイグル旅行団一行は司馬や井上の他に団長・中島健蔵とその夫人、宮川寅雄東山魁夷藤堂明保團伊玖磨に先の日中文化交流協会・白土事務局長、佐藤福次長。当時の第一線の文化人ぞろいである。中国に限らず共産主義国は外国の第一級の文化人を招いての文化宣伝活動に長けており、タゴールも旧ソ連の招聘を受け、ソ連各地を見学して廻り、その背後の恐るべき実態を知らぬこのインドの詩人は帰国後絶賛していたそうだ。

 ウイグル自治区は俗に西域と呼ばれ、面積はおよそ日本の4.5倍。鉱物資源も豊富とされ、名称とは裏腹に住民はウイグル族だけでなく、漢族の他に十数もの少数民族が暮らす多民族居住区でもある。司馬はここに住む民族を13~14と書いていたが、wikiを見るとさらに多く、人民解放軍、武装警察に所属する軍人は含まないそうな。司馬が訪問した30年前と違い現代は民族構成もかなり変わっているのだろう。
 司馬たちが見た地区はシルクロードの要所でもあり、古代のこの地域は仏教が盛んでその遺跡も多く、それだけでもロマンを掻き立てられる。もちろんロマンなど、極東の島国に住む外国人による幻想であり、現地は交通の要所でもあることから、古来から周辺の諸勢力による覇権争いが繰り広げられ、現代も争いの火種は絶えていない。

 ウイグル訪問団は昭和52年8月15日、ウルムチに着いた。『西域をゆく』(井上靖・司馬遼太郎著、文春文庫)には、2人の著者による写真が何点も載っており、スキャナがないため紹介出来ず恐縮だが、井上による「沙漠のなかのウルムチ空港」の写真がある。文庫本でサイズは小さい上モノクロなので様子は不明だが、写真を見た限り立派な建物だった。そして、看板は漢字の烏魯木斉(ウルムチ)だけで、ウイグル語表記はない。
「堂々たる近代建築のウルムチ博物館」の写真も、タイトルどおりドーム型のモスクを模した建造物だったが、これまた看板は漢字とアルファベットだった。この博物館の開館は1953年、展示ホールが完成したのはその5年後だという。訪問団一行は郊外にあるウルムチ迎賓館を宿舎として当てられ、門の入口にも玄関にも四六時中衛兵が立っていたそうだ。これも西欧風の広い庭のある立派なものだったとか。

 一行はイリの絨毯工場にも案内され、そこも「清潔で明るい近代的な絨毯工場」だそうで、五つの少数民族150人が働く絨毯工場を写した写真も。この工場を指導する立場の2人の女工の写真はどう見ても日本人と同じ顔つきで、井上はこの2人がどの民族に属するか不明と書いている。ひと口にウイグル族といえ古来から混血が進み、容貌も個人や土地により異なり、モンゴロイドに近かったり、白人系の顔立ちの者もいるそうだ。司馬ら一行も現地で黒髪で漢族を思わせる者や紅毛碧眼のウイグル族を見かけたという。
「近代的な絨毯工場」内部も、日本人風の顔立ちの者や頭をスカーフで蔽った女(ウイグル族?)は混血風に見えた。工場内部に貼られているスローガンも漢字だった。

 ウイグル自治区にはカザフ族も居住しており、訪問団一行への歓迎を兼ねてセリム湖畔でカザフの競馬が催された。また、湖畔の一角では一行の為に若い男女が謳ったり踊ったりする舞踏会も開かれたそうだ。カザフ族のパオのひとつにも招かれ、中は15人から20人くらい収容できる広さだったとか。
 ウルムチでの一夜、訪問団は革命委員会の招きで人民劇場に行き、新疆歌劇団の歌と踊りも見せられる。この劇場もモスクを模した外見であり、内部の部屋や廊下にも豪華な絨毯が敷き詰められていた。出し物は新旧双方の内容で、最後の踊りはこの地に住む13の民族全て登場(当時は13だけだった?)、全てが平和に共存しているという意味を込めていたそうだ。ただ、様々な衣装をまとった民族歌舞の舞台の背後には、誰だか不明だが人民服を着た人物の写真が掲げられていた。まさか、自治区委員会書記長?いかにも後ろで睨みを利かせているといった印象である。
その②に続く

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