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豪華客船ルシタニア沈没の真実

2017-09-23 21:10:19 | 音楽、TV、観劇

 今週のNHK BS1世界のドキュメンタリーはシリーズ「歴史のまやかし」を4回に亘って放送、中でも第2回目の「豪華客船ルシタニア沈没の真実」が私的には面白かった。番組サイトではこの回をこう紹介している。
第一次世界大戦でドイツの潜水艦が撃沈した豪華客船は、実は数多くの兵器を積んでいた。しかし、イギリスは巧みな世論工作で事実を隠し、アメリカを対独参戦に導いていく――
 1915年、ルシタニア号はニューヨークからイギリスへの航海中に沈没。イギリスは「無実の一般市民を攻撃」とドイツを非難。兵器運搬の事実を否定し、それまで孤立主義をとっていたアメリカで反独世論を高め、戦局を一変させる契機となった。最近の海底調査や、乗客の目撃証言などから浮かび上がる真の事実とは?

 原題「History’s Greatest Lies 1915:The Sinking of Lusitania」、制作はCPB Films(フランス 2017年)と新しい。制作が英米ではなく、仏というのも意味深に感じた視聴者もいたのではないか?日本では一般にルシタニア号沈没とは、ドイツの非情な“無制限潜水艦作戦”により多数の民間人が犠牲になり、米国が参戦したきっかけになった出来事として知られている。
 もちろんそれ自体は歴史のまやかしではないが、番組では事情がそれほど単純ではなかったことを報道している。船の沈没は1915年5月7日だが、米国の参戦はその2年後なのだ。私自身、何となくルシタニア号は米国の客船と思っていたが、実は英国船籍であったことを番組で初めて知った。

 番組で特に印象的だったのはルシタニア号が単なる民間の客船ではなく、武器弾薬も積んでいたこと。当時は戦時下だったゆえ他の民間船も仮装巡洋艦に仕立て上げられており、ドイツ側もルシタニア号は武器を運搬していたと反論、英独双方でプロパガンダを競い合う。
 タイムズ紙は情報提供者には最高200ポンドの賞金を呼びかけており、これは当時としては破格の金額だったそうだ。そのためねつ造写真まで出回る始末。ルシタニア号には家族連れで乗船した民間人も多く、1,198名とされる全犠牲者のうち、約100名は子供だった。すかさず英国のマスコミは、「子供を殺せるのはドイツだけ」という喧伝を行っている。

 この出来事には当時海相だったチャーチルが深く関与している。その頃英国はオスマン帝国との重要な戦い(※ガリポリの戦い)もあり、武器弾薬が不足しており、兵器だけでなく食料も米国からの輸入に依存していた。ルシタニア号沈没の3ヵ月前、チャーチルの閣僚宛ての手紙には実に不遜な内容があったという。出来るだけ多くの中立国の船舶を自国海域に引き込むこと、トラブルが多ければ多いほどよい、特に米国の参戦は重要となる…
 実際に米国は参戦することになるが、第二次世界大戦時にもチャーチルが米国参戦を盛んに画策していたことは知られている。蛇足だが彼の母ジャネットは、米国大富豪の娘である。

 問答無用で民間船を沈めるといったイメージのある“無制限潜水艦作戦”だが、駐米ドイツ大使館は4月22日付で新聞に警告文を載せていた。以下はwikiにある警告文からの引用。
大西洋の航海に乗り出される渡航者の皆様は、ドイツ帝国とその同盟国、イギリスとその同盟国の間に戦争状態が存在することを認識してください。すなわち、戦場はブリテン島の周辺海域も含みます。
 ドイツ帝国政府からの公式通達によれば、イギリスとそのあらゆる同盟国の国旗を掲げた大型船は、それらの海域において攻撃対象になります。イギリスとその同盟国の船に乗って戦場である海域に航海に乗り出す渡航者の皆様についても同様であり、その危険は自分自身でご承知下さい

 なす術もない感の潜水艦攻撃にせよ、既に英国では暗号解析により独潜水艦の動きは筒抜けだったという。現にルシタニア号を沈めたUボート「U-20」艦長は本国に打電を繰り返しており、潜水艦の航行は探知されていたのだ。
 暗号解析を行っていたのは海軍の諜報機関「第40号室」で、戦時中は極秘の組織故に外に知られることはなかった。独潜水艦の動きを掴んでいたにも関わらず船舶に警告を発しなかったのは、組織の存在を敵側に隠すためだったそうだ。当然ルシタニア号にも警告は発せられなかった。

 但し例外もあり、初の超弩級戦艦オライオンはちゃんと警告を受け、護衛艦付きで危険海域を避けていたという。当時オライオンは最新鋭戦艦で、やがて行われる海戦のための貴重な戦力を温存するためだった。番組での解説どおり、戦時に軍部は敵に勝利することが最重要となり、民間人の救出は二の次なのだ。
 ルシタニア号沈没の調査委員会では客船は2発の魚雷により沈没、武器弾薬は積んでいなかったというのが英国政府の公式発表だった。それに異を唱えた目撃者の証言は封殺、新聞は彼らをドイツのスパイと書き立てたという。ルシタニア号船長ターナーさえも、ドイツのスパイとレッテルを貼られる。

 1970年代にルシタニア号の搭載貨物を調査した米人ジャーナリストによれば、弾薬は毛皮と偽って登録されていたという。当然これへの疑問や反論もあったが、番組に出演していた歴史家ローレン・ビールの一言「プロパガンダと陰謀論は常に隣り合わせ」は興味深い。「今なお、ルシタニア号残骸の周りには謎と憶測が渦巻いている」、で番組は締めくくっている。

 インド初代首相ネルーは著作『父が子に語る世界歴史』中で、第一次世界大戦参戦諸国における「大本営発表」を紹介している。これは以前の記事でも取り上げたが、ネルーは他にも英国の一将校の言葉を載せている。将校は戦争における勝利は、「計画的な嘘」また「嘘の実行」ないしは「逃げ口上」を用いずには、殆ど不可能であると指摘していたという。これを以ってネルーは結論を下す。
戦争の時期を通じて、イギリスが嘘とデマの宣伝にかけては優等賞に値するものであったことに、疑問の余地はない

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 「オリンピックと大本営発表

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