愛語

閑を見つけて調べたことについて、気付いたことや考えたことの覚え書きです。

Candidate――イアン・カーティスの愛犬(1)

2010-12-08 21:03:08 | 日記
 『Unknown Pleasures』3曲目の「Candidate」は、私小説のような内容で、とくに妻デボラとの関係が表れているように読める詩です。

Forced by the pressure,       プレッシャーで強制的に、
The territories marked,       生きる範囲が決められ、
No longer the pleasure,       もはや楽しみはなく、
Oh, I've since lost the heart.    ああ、それ以来僕は心を失った。

Corrupted from memory,       思い出から腐敗していき、
No longer the power,         もはや力はなく、
It's creeping up slowly,        ゆっくりと近づいてくる、
The last fatal hour.          最後の致命的な時間が。

Oh, I don't what made me,      ああ、何がそうさせたのか、
What gave me the right,       何がその権利を僕に与えたのか、
To mess with your values,      君の価値観を台無しにするなんて、
And change wrong to right.      過ちを正しく変えろなんて。

Please keep your distance,      少し離れていてくれ、
The trail leads to here,         ここまで来たのに、
There's blood on your fingers,    君の指には血が、
Brought on by fear.           恐怖による血だ。

I campaigned for nothing,        闘いはムダだった、
I worked hard for this,         必死に努力した、
I tried to get to you,          君に近づこうとしたのに、
You treat me like this.         こんなふうに扱われた。

It's just second nature,         それは生活の中で染みついた習慣で、
It's what we've been shown,      僕たちが見せられてきたもの
We're living by your rules,       僕たちは君のルールで生きている、
That's all that we know.        それが僕たちが知る全て。

I tried to get to you,           君に近づこうとしたのに、
I tried to get to you,           君に近づこうとしたのに、
I tried to get to you.           君に近づこうとしたのに。
I tried to get to you.           君に近づこうとしたのに。


 第4連と第5連は、映画「コントロール」に出てくるので、字幕の訳を載せました。映画では、ナタリー誕生の後、家計を助けるため、自分の両親にナタリーを預けてデボラが働きに出ることになった場面の後、この曲がかかります。デボラのバイトを見つけるため、家族三人でイアンがかつて勤めていた職業安定所に行き、「アルバムが出たら金が入る」と言うイアンに対し、明らかに怒りと不満をこらえながら乳母車を押すデボラの姿、そしてこの第4連と第5連の歌詞が流れると、この詩はまさに二人の間の距離の隔たりを綴ったものとして強く印象づけられます。

 冒頭の「Forced by the pressure,」ですが、「プレッシャー」という言葉はイアンの詩によく出てくるようです。例えば 「Glass」の「Hearts fail, young hearts fail,(心がくじける、若い心がくじける)/Anytime, pressurised, (いつでも、プレッシャーを受けて)/Overheat, overtired.(過熱し、疲れ果てる)」、「The Only Mistake」の「Led to pressures unknown, (計り知れないプレッシャーになる)different feelings and sounds,(異なる感情や音が)」のように。
 第2連の「Corrupted from memory,」は、現在だけではなく過去の美しい思い出さえも、全て腐敗してしまった、ということでしょう。
 第3連に「What gave me the right,」とありますが、これは、夫としての自分に与えられた権利により、妻の価値観を台無しにしてしまったという自省の念だと思います。そして、第4連の「Please keep your distance,」には、妻との距離感が感じられます。さらに、妻とのぎこちない関係、なかなか分かり合えない関係への愚痴のように思えるのが、〈努力したのにこんなふうに扱われた〉という第5連でしょう。
 第6連「It's just second nature, /It's what we've been shown,」は、生活する中で見せあってきた互いの性分、ということでしょうか。そして、「We're living by your rules,」というのですが、『タッチング・フロム・ア・ディスタンス』によると、結婚生活当初はデボラはイアンの音楽活動を献身的に支えていました。しかし、次第にバンド側から疎外されるようになり、イアンが音楽活動に専念するようになってからは、結婚生活そのものが破綻していました。そうした経緯を知ると、「君のルールで生きている」はイアンとデボラには当てはまらないことになります。歌詞のタイトル「Candidate」は「候補者」という意味ですが、イアンはどう贔屓目に見ても、夫としての資格を満たしていた〈候補者〉とは思えません。しかし、「他人に合わせ、他人の望むようにふるまう」傾向があると周囲の人から評されるイアンは、デボラが望むような夫になっていないということを、自分でもひしひしと感じていたのではないかと思います。それが第6連の「君(デボラ)のルールで」なのではないでしょうか。「デボラのルール」からの「プレッシャー」に、イアンは絡め取られていたのでは、と思われるのです。
 そうした家庭での彼の位置を示す一端として紹介したいのが、イアンの愛犬、キャンディのエピソードです。家庭で居心地の悪さを感じていた彼の心の拠り所が、キャンディだったようです。


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