愛語

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『An Ideal For Living』とドイツ第三帝国――(6)

2010-06-16 21:45:17 | 日記
・「Failures 」
 これまで、歌詞の訳は基本的に唯一の全詩集『タッチング・フロム・ア・ディスタンス』の邦訳をもとに、若干手を加えて掲載してきましたが、「Failures」は非常に難解で、邦訳を参考に読んでもわけが分からないところがいくつもありました。そこで、試行錯誤しつつかなり思い切って意訳し直してみました。英語が得意というわけではないので誤りが多々あると思います。ご教示いただければ幸いです。
 
 冒頭に、この詩の主題が示されています。

Don't speak of safe Messiahs,        安全な救済者について話すのではない
A failure of the Modern Man,        現代人が犯した失敗についてだ

 他の三つの詩から見て、この「failure(失敗)」の最たるものとして、ナチズムが当然意識されるでしょう。
 続いて、こうあります。

To the centre of all life's desires,     生きとし生けるもの全ての願いは
As a whole not an also-ran.         落伍者ではなく完全であること

 これは、「失敗」の源である人間の欲望を指摘していると思います。このことについては、第2連で再考してみます。
 次に続くフレーズは抽象的な表現です。

Love in a hollow field,             空虚な場所で営まれた愛
Break the image of your father's son,   父親の息子だというイメージがない

「君が君の父親の息子であるというイメージを破壊する」つまり「実の父親の息子だと思えない」とは、「Warsaw」に「I grew up like a changeling,(僕は取り替え子のように成長した)」とあるように、また、「Leaders Of Men」に「Born from some mother's womb, Just like any other room.(まるでどこかの部屋のような、母親の子宮から生まれ)」とあるように、異常な誕生と、ゆがんだ成長を表していると思います。そして、第1連の最後に、

Drawn to an inner feel,            内なる感覚に引き込んだ
He was thought of as the only one,      彼は唯一の存在と思われていた
He was thought of as the only one.    彼は唯一の存在と思われていた

とあります。「Drawn to an inner feel,」は、彼が人々を心の奥底まで引き込んだ、と解釈しました。そして、皆に「He was thought of as the only one.」と思わせたのです。
 以上第1連の内容をまとめると、唯一絶対だと思われていた人物は「メシア(救世主)」ではなく、人類の失敗を引き起こす独裁者だということになります。

 第2連の始まりには、この独裁者についてこうあります。

He no longer denies,             彼はもはや否定しない
All the failures of the Modern Man.    現代人の犯した失敗のすべて
No, no, no, he can't pick sides,       いや、違う、彼は味方を選べない
Sees the failures of the Modern Man.   現代人の失敗が見えている

「No, no, no, he can't pick sides,」とありますが、これは、独裁者はその味方になる人々、取り巻きの人々によってこそ、過ちへと導かれることを意味していると思います。
 続くフレーズは難解です。

Wise words and sympathy,           賢明な言葉と同情が、 
Tell the story of our history.         僕たちの歴史を語る
New strength gives a real touch,       新しい力がリアルな感触を与える
Sense and reason make it all too much.  感性と理性はもう堪えられない

 「Wise words and sympathy, /Tell the story of our history. 」とありますが、「sympathy」は、虐げられた人間への同情という意味でしょう。「慈悲」と言ってもいいかもしれません。そうした視点から語られた歴史は、どんなものなのでしょうか。それが、以下記されていきます。独裁者は民衆にこれまでにない新しい生活の感触を与えます。しかしそれには、「Sense and reason make it all too much.」なのです。「all too much」は、「もうたくさん」「うんざり」という意味なので、「理性と感性はその感触にうんざりさせられる」と解釈し、上記のように訳してみました。

With a strange fatality,            奇妙な運命とともに
Broke the spirits of a lesser man,      劣った人間の魂が壊される
Some other race can see,           他の人種には見える
In his way he was the only one,       彼のやり方で彼は唯一の存在になった
In his way he was the only one.       彼のやり方で彼は唯一の存在になった

 この部分は、かなり明白にナチのホロコーストを示唆していると思います。劣った人種とみなされた人々が殺され、それ以外の人種は、その虐殺の目撃者だ、ということでしょう。「劣った人間」は第1連にある「落伍者」に重なってくるでしょう。落伍者は社会から抹殺され、落伍者にならないために、抹殺されている人々を傍観する大衆の姿がイメージされるように思います。

 第3連には、第2連の始まりと同じく「He no longer denies,/All the failures of the Modern Man. /No, no, no, he can't pick sides, /Sees the failures of the Modern Man. 」が繰り返され、続けて、こうあります。

Now that it's time to decide,         今こそ決断すべき時
In his time he was a total man,         彼の時代彼は絶対の人間だった
Taken from Caesar's side,           シーザーの側になり
Kept in silence just to prove who's wrong. 沈黙を守ってただ過ちを示した

 「彼」は時を得て絶対的な存在になり、シーザーから連綿と続く独裁者の系列に入ったのです。そして、沈黙していてもその行為の過ちは証明されています。
 最後は再び既出のフレーズ「He no longer denies,/All the failures of the Modern Man. /No, no, no, he can't pick sides, /Sees the failures of the Modern Man. 」が繰り返され、最後「All the failures of the Modern Man.」という言葉で終わります。

 何度も繰り返される「the failures of the Modern Man」は、この詩だけではなく、『An Ideal For Living』全体を貫くテーマだと思います。ただ、「Failures」は観念的な詩で、頭で作ったものという印象を受けます。具体的なイメージを喚起する力が他の詩と比べてやや弱いのではないかと感じました。曲は「Leaders of men」「No love lost」などに比べると、速いテンポでまくしたてる典型的なパンクの曲なのですが、こうした複雑な内容の詩とかみ合っているのか疑問に思います。
 イアンは曲ができあがると、その曲にあわせて言葉を嵌めていたようですが、ジョイ・ディヴィジョンのいくつかの歌では、詩と曲が絶好の機会を得て共鳴しあうように感じることがあります。『An Ideal For Living』の中でも、すでにジョイ・ディヴィジョンとしてのアイデンティティーが顕れているように思われる「Leaders of men」「No love lost」の曲は、イアンの内面をより深くゆさぶったのではないか、と考えたりします。一方、「Failures」のように、詩と曲が離れているように感じられるものもあります。詩と曲のこうした微妙な関係も、今後考えてみたいことの一つです。
 ともかく、イアンは「failures」の一つであるドイツ第三帝国に強い関心を持っていたようです。デボラは、ナチズムに限らず、こうした歴史の暗部、人類の受難について、イアンは非常に強い関心を寄せていたと記しています。この部分は、『タッチング・フロム・ア・ディスタンス』の邦訳では、なぜか省略されている部分なのですが、イアンの文学や歴史についての関心の傾向を知る上で重要だと思うので、次に紹介してみたいと思います。


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