◇1964(昭和39)年ってどんな年だったろう。 いま映画館でやっている『ALWAYS三丁目の夕日’64』は,人気漫画の実写版で大 ヒット! その”第三弾”として,今回は3Dという事でより リアルに描かれているのだろうか?
ちょうど日本が”高度成長期”の真っ只中にあって……何と言ったって,この年には 〈東京オリンピック〉 が開催され,これに合わせて東海道新幹線や高速道路など交通網が発展してった訳です。 そしてテレビも白黒から カラーへと変わり,時代も大きく変わろうとしていました。
テレビが カラーになったからといって,直ぐに一変した訳ではなく,新聞の テレビ欄に カラー放送の場合は”カラー"と書かれていたと記憶してます。 だから,まだまだ白黒での放送が主流で, カラー放送はほんの一部でしたね。
勿論,テレビそのもの……本体を買い替えなくてはならないのですけど,まだまだテレビ自体が高額でしたし,カラー・テレビが一般家庭に普及したのは,いつ頃だったろうか? この1964年は力道山の急逝('63年 12月)によって, プロレス界も大きな転換期を迎えていました。
力道山の死によって,豊登を軸に吉村,芳の里,遠藤の "四天王"が 『日本プロレス』 を引き継ぎ……米マット界で三大 タイトルに挑戦するなど既に, トップ・ エベンターとなっていた ジャイアント馬場を帰国させ,新な スターの誕生となりました。
この年には "春の祭典"ワールドリーグ戦で豊登が初優勝。その豊登と組んだジャイアント馬場が日本で初めてタイトル (アジア・タッグ選手権)を獲得しました。 6月には馬場さんの故郷・新潟で大地震が起き,青山和子の 「愛と死をみつめて」 がその年の 『日本レコード大賞』に輝きました。
もう48年も昔の出来事だけど,この頃の日本は活気があった様な気がします。 毎日が楽しかった……。 勿論,子供だったからと言ってしまえばそれまでだが,正に『三丁目の夕日』そのものだったのでは。 あの頃の日本にはもう二度と戻る事は出来ないだろうが,懐かしさと共に平和な日本への想いがあの映画の ヒットに繋がっているのではないだろうか。
巷ではビートルズの曲が次々とヒットし,美空ひばりの「柔」や村田英雄の「皆の衆」,都はるみの「アンコ椿は恋の花」,坂本 九の 「明日があるさ」,ザ・ピーナッツの 「ウナ・セラ・ディ東京」……と,続々とヒット曲が生まれて歌われた。私は九ちゃんの歌や芹 洋子の「夜明けの歌」が好きだった。 映画は「モスラ VS ゴジラ」に夢中になっていた。(笑) <茨城>
※写真は,第11代アジア・タッグ王者になった豊登(右)とジャイアント馬場
ちょうど日本が”高度成長期”の真っ只中にあって……何と言ったって,この年には 〈東京オリンピック〉 が開催され,これに合わせて東海道新幹線や高速道路など交通網が発展してった訳です。 そしてテレビも白黒から カラーへと変わり,時代も大きく変わろうとしていました。
テレビが カラーになったからといって,直ぐに一変した訳ではなく,新聞の テレビ欄に カラー放送の場合は”カラー"と書かれていたと記憶してます。 だから,まだまだ白黒での放送が主流で, カラー放送はほんの一部でしたね。
勿論,テレビそのもの……本体を買い替えなくてはならないのですけど,まだまだテレビ自体が高額でしたし,カラー・テレビが一般家庭に普及したのは,いつ頃だったろうか? この1964年は力道山の急逝('63年 12月)によって, プロレス界も大きな転換期を迎えていました。
力道山の死によって,豊登を軸に吉村,芳の里,遠藤の "四天王"が 『日本プロレス』 を引き継ぎ……米マット界で三大 タイトルに挑戦するなど既に, トップ・ エベンターとなっていた ジャイアント馬場を帰国させ,新な スターの誕生となりました。
この年には "春の祭典"ワールドリーグ戦で豊登が初優勝。その豊登と組んだジャイアント馬場が日本で初めてタイトル (アジア・タッグ選手権)を獲得しました。 6月には馬場さんの故郷・新潟で大地震が起き,青山和子の 「愛と死をみつめて」 がその年の 『日本レコード大賞』に輝きました。
もう48年も昔の出来事だけど,この頃の日本は活気があった様な気がします。 毎日が楽しかった……。 勿論,子供だったからと言ってしまえばそれまでだが,正に『三丁目の夕日』そのものだったのでは。 あの頃の日本にはもう二度と戻る事は出来ないだろうが,懐かしさと共に平和な日本への想いがあの映画の ヒットに繋がっているのではないだろうか。
巷ではビートルズの曲が次々とヒットし,美空ひばりの「柔」や村田英雄の「皆の衆」,都はるみの「アンコ椿は恋の花」,坂本 九の 「明日があるさ」,ザ・ピーナッツの 「ウナ・セラ・ディ東京」……と,続々とヒット曲が生まれて歌われた。私は九ちゃんの歌や芹 洋子の「夜明けの歌」が好きだった。 映画は「モスラ VS ゴジラ」に夢中になっていた。(笑) <茨城>
※写真は,第11代アジア・タッグ王者になった豊登(右)とジャイアント馬場