四国を車で旅するときは、スーパーで土産を買うのが通例となっています。沿道にキョーエイが現れたため、職場向けに金ちゃんラーメンを、自宅用に半田素麺とだし醤油を買い求めました。
三が日はゆうゆう窓口のある局しか使えませんが、今日からは選択肢が大幅に広がります。徳島城の前に頃よく郵便局が現れたため、ここで残りの葉書を投函していきます。立ち寄ったのはその名も徳島公園前郵便局、風景印は城門と阿波踊りをあしらったものでした。
忙しい時期に風景印を何枚分もお願いするのは気が引けると一昨日申しました。しかし、今日はついでに代金の支払いを済ませたため、比較的気兼ねなくお願いすることができました。持ち帰る分と合わせて10枚あったにもかかわらず、快諾してくれた窓口の青年には感謝しなければなりません。投函はこれで終わりましたが、支払いがもう一件残っているため、それにかこつけもう一枚どこかの風景印を持ち帰るつもりです。
忙しい時期に風景印を何枚分もお願いするのは気が引けると一昨日申しました。しかし、今日はついでに代金の支払いを済ませたため、比較的気兼ねなくお願いすることができました。持ち帰る分と合わせて10枚あったにもかかわらず、快諾してくれた窓口の青年には感謝しなければなりません。投函はこれで終わりましたが、支払いがもう一件残っているため、それにかこつけもう一枚どこかの風景印を持ち帰るつもりです。
まずは徳島城址に立ち寄ります。去年もここで記念撮影をしており、快晴なのもそのときと同じです。しかし、石垣の上に並んだソメイヨシノは冬枯れに、上空は冬晴れの青空に変わりました。四ヶ月という時の流れを実感する光景です。
それは前回訪ねたときとの比較ですが、昨日までとの気候の違いも明らかです。5度という気温に大差はないものの、雲と風がなくなって、数字以上に暖かく感じられます。昨日の宵、淡路島を南下しても気温が全く下がらないのを見て、暖かい方へ向かっているのを予感しましたが、その予感は的中したとことになります。徳島でこれなら、松山、高知はさらに暖かいのでしょうか。この先の気候の移り変わりも楽しみです。
それは前回訪ねたときとの比較ですが、昨日までとの気候の違いも明らかです。5度という気温に大差はないものの、雲と風がなくなって、数字以上に暖かく感じられます。昨日の宵、淡路島を南下しても気温が全く下がらないのを見て、暖かい方へ向かっているのを予感しましたが、その予感は的中したとことになります。徳島でこれなら、松山、高知はさらに暖かいのでしょうか。この先の気候の移り変わりも楽しみです。
四国の県庁所在地の中でも、高知は宿が意外に混みやすいところで、これまでに何軒もの宿を渡り歩いてきました。高松にはそもそも泊まる機会が少なく、定宿といえるほどのところはありません。これらに対し、徳島と松山では定宿がおおむね確立しています。昨晩はハイパーインメイアップ徳島の世話になりました。
この宿の唯一最大の難点として、駅から遠いという点が挙げられます。中町のフジグランドホテルほどではないにしても、重い荷物を担いで歩くにはややしんどい距離です。その結果、列車で訪ねた昨年は駅から徒歩圏内の宿を選んだわけなのですが、車があればここということで迷いはありませんでした。
国道が近くにあって、無駄なく移動できるという条件に加え、繁華街は徒歩圏内、それでいながら騒がしい一帯からは離れ、新町川の向こうに眉山が鎮座するという立地はまさに理想的です。市内に複数あるハイパーインを冠した宿の多くが、設備の面でそれなりの割り切りを要するのに対し、こちらではそのような割り切りもありません。
前回泊まったときは、好意によりかなり広めのツインルームを融通してもらうという幸運に恵まれましたが、柳の下に二匹目のどじょうはおらず、今回割り当てられたのは、壁紙が少し煤けた喫煙室でした。しかし、最上階の西向きの部屋だったおかげで、満月と眉山が重なる劇的な光景に出会えたことは既報の通りです。今回も何だかんだで幸運だったことになります。
この宿の唯一最大の難点として、駅から遠いという点が挙げられます。中町のフジグランドホテルほどではないにしても、重い荷物を担いで歩くにはややしんどい距離です。その結果、列車で訪ねた昨年は駅から徒歩圏内の宿を選んだわけなのですが、車があればここということで迷いはありませんでした。
国道が近くにあって、無駄なく移動できるという条件に加え、繁華街は徒歩圏内、それでいながら騒がしい一帯からは離れ、新町川の向こうに眉山が鎮座するという立地はまさに理想的です。市内に複数あるハイパーインを冠した宿の多くが、設備の面でそれなりの割り切りを要するのに対し、こちらではそのような割り切りもありません。
前回泊まったときは、好意によりかなり広めのツインルームを融通してもらうという幸運に恵まれましたが、柳の下に二匹目のどじょうはおらず、今回割り当てられたのは、壁紙が少し煤けた喫煙室でした。しかし、最上階の西向きの部屋だったおかげで、満月と眉山が重なる劇的な光景に出会えたことは既報の通りです。今回も何だかんだで幸運だったことになります。
おはようございます。昨夜は大鳴門橋の上に満月が昇るという印象的な光景に出会いましたが、今日の夜明けも印象的でした。目が覚めたとき、眉山の真上で満月が煌々と光っていたのです。
まだ真夜中かと思って時計を見ると、既に六時を回っていました。その後空が、次いで市街が明るくなっていき、七時を大分過ぎたところで朝日が射してくるという経過です。月は今なお眉山の裾野の方に浮かんでいます。一昨年金沢の宿で眺めた浅野川には及ばないものの、去年眺めた別府湾には匹敵する、印象的な夜明けの一部始終でした。
そのようなわけで、窓の外には雲一つない青空が広がっています。夕方まで晴れるという予報と、終日曇という全く異なる予報が混在していることからすると、昨日までと同様に読みにくい天候なのかもしれません。しかし、現況を見る限りは出発以来最も安定した晴天です。この青空が続くなら、徳島での滞在もその分長くなるでしょう。
まだ真夜中かと思って時計を見ると、既に六時を回っていました。その後空が、次いで市街が明るくなっていき、七時を大分過ぎたところで朝日が射してくるという経過です。月は今なお眉山の裾野の方に浮かんでいます。一昨年金沢の宿で眺めた浅野川には及ばないものの、去年眺めた別府湾には匹敵する、印象的な夜明けの一部始終でした。
そのようなわけで、窓の外には雲一つない青空が広がっています。夕方まで晴れるという予報と、終日曇という全く異なる予報が混在していることからすると、昨日までと同様に読みにくい天候なのかもしれません。しかし、現況を見る限りは出発以来最も安定した晴天です。この青空が続くなら、徳島での滞在もその分長くなるでしょう。
ゾロ目にはわずかに満たない776kmを走破して徳島に到着。吉野川を渡るとき、車窓の右前方に眉山の山頂が見え、はるばる走ってきたことを実感しました。気温は4.5度、いつの間にやら風は止み、雲も消え去り煌々たる月夜になっています。
四ヶ月という短い間隔での再訪ですが、前回は仲間との思いがけない鉢合わせにより高松で急遽一献傾け、徳島で呑み直す余力が残りませんでした。実質二年ぶりの夜だけに、余すことなく満喫できれば幸いに思います。
四ヶ月という短い間隔での再訪ですが、前回は仲間との思いがけない鉢合わせにより高松で急遽一献傾け、徳島で呑み直す余力が残りませんでした。実質二年ぶりの夜だけに、余すことなく満喫できれば幸いに思います。
ある地域を旅していると、ほぼ毎回立ち寄る給油所がいくつがあります。旭川、米沢と並ぶ代表格が徳島の宇佐美です。大鳴門橋を渡って四国に入り、徳島市街へ向かう途中の左側にあって、経路上一切無駄なく立ち寄れる上に、そこにたどり着くまである程度の燃料を消費しているのが常で、給油を済ませるには頃合いなのです。
淡路島を一般道で走り切り、大鳴門橋を渡って四国に上陸しました。只今鳴門公園を訪ねています。
初めてここを訪ねたのは、車での活動の草創期です。草木も眠る丑三つ時、照明に浮かび上がる大鳴門橋が印象的でした。その後明るいうちに訪ねたことはあったものの、夜の姿を久々に見てみたいと思い立った次第です。
駐車場に車を置いて遊歩道を歩くと、記憶していたのとは明らかに様子が違います。やがてたどり着いたのは、以前訪ねたのとは違う小高い山の上の展望台でした。しかしこれが結果としては吉と出ました。大鳴門橋の主塔の上に満月が昇り、海峡の水面を照らしていたのです。
引き続き大鳴門橋は強風のため二輪車通行止め、四輪車でも時速40kmに規制され、西の方から強い風が吹いてきます。その風に乗って大きな雲が流れていき、満月が現れたり隠れたりする様子も印象的です。しかし、あと30分遅ければ、月が高くなりすぎて、眺めは相当変わっていたでしょう。神懸かり的な強運でした。
初めてここを訪ねたのは、車での活動の草創期です。草木も眠る丑三つ時、照明に浮かび上がる大鳴門橋が印象的でした。その後明るいうちに訪ねたことはあったものの、夜の姿を久々に見てみたいと思い立った次第です。
駐車場に車を置いて遊歩道を歩くと、記憶していたのとは明らかに様子が違います。やがてたどり着いたのは、以前訪ねたのとは違う小高い山の上の展望台でした。しかしこれが結果としては吉と出ました。大鳴門橋の主塔の上に満月が昇り、海峡の水面を照らしていたのです。
引き続き大鳴門橋は強風のため二輪車通行止め、四輪車でも時速40kmに規制され、西の方から強い風が吹いてきます。その風に乗って大きな雲が流れていき、満月が現れたり隠れたりする様子も印象的です。しかし、あと30分遅ければ、月が高くなりすぎて、眺めは相当変わっていたでしょう。神懸かり的な強運でした。
たしか初めて「サンライズ」に乗車したときもそうだったのですが、藤枝の前後で謎の停車を繰り返し、静岡を出た時点では20分もの延発となっていました。しかしその後は健闘し、終着駅には10分延着という結果です。
米原までは一点の曇りもなかった空に、一寝入りして目が覚めると雲が出ていました。どこまで行ってもその雲が晴れることはなく、これでは朝焼けも望み薄かと思ったところ、小田原を過ぎたところで雲間から朝日が昇り、その後次第に晴れてくるという展開です。今年に入って四度目の乗車となった「サンライズ」ですが、季節が移り変わるに従って、朝焼けの絵になる場所が東へ移動しています。
このような変化に気付くのは、乗車時がいずれも好天だったからでもあります。暦の巡りについては救いようがない反面、本来なら梅雨に入る六月の第三週まで晴れるなど、天候に関しては例年以上なのがせめてもの救いです。今週末の天候はどこへ行っても今一つというのが最新の予報ではありますが、直前に好転してくれることを密かに期待しています。
米原までは一点の曇りもなかった空に、一寝入りして目が覚めると雲が出ていました。どこまで行ってもその雲が晴れることはなく、これでは朝焼けも望み薄かと思ったところ、小田原を過ぎたところで雲間から朝日が昇り、その後次第に晴れてくるという展開です。今年に入って四度目の乗車となった「サンライズ」ですが、季節が移り変わるに従って、朝焼けの絵になる場所が東へ移動しています。
このような変化に気付くのは、乗車時がいずれも好天だったからでもあります。暦の巡りについては救いようがない反面、本来なら梅雨に入る六月の第三週まで晴れるなど、天候に関しては例年以上なのがせめてもの救いです。今週末の天候はどこへ行っても今一つというのが最新の予報ではありますが、直前に好転してくれることを密かに期待しています。
元々余裕時分がほとんどないのか、交換待ちで出た遅れが少しずつ拡大し、5分遅れて坂出に到着。その時点で既に「サンライズ瀬戸」の発車時刻です。もちろん接続はしたものの、四国への別れを告げる間もない慌ただしい発車でした。
今回も海側の二階の個室を押さえました。前回星が瞬いていた上空に、今夜は月が煌々と光っており、室内灯を消した個室も明るく照らされています。しかも心憎いのは、湾曲した窓の上部に月が浮かび、頭上から明かりが注いでくることです。鉄道唱歌に唄われたがごとく、月を旅路の友としながら帰ります。
★坂出2145/サンライズ瀬戸(5032M)/708東京
今回も海側の二階の個室を押さえました。前回星が瞬いていた上空に、今夜は月が煌々と光っており、室内灯を消した個室も明るく照らされています。しかも心憎いのは、湾曲した窓の上部に月が浮かび、頭上から明かりが注いでくることです。鉄道唱歌に唄われたがごとく、月を旅路の友としながら帰ります。
★坂出2145/サンライズ瀬戸(5032M)/708東京
宿に預けた荷物を引き取り、松山駅に移動してきました。「いしづち」に坂出まで乗ると、「サンライズ瀬戸」に接続するという寸法です。
その後は空振り続きでした。手元が狂ってレンズを落とし、マウントの部分が歪んで使えなくなってしまったのがけちのつき始めです。気を取り直して松山に戻るも、今度は腹ごしらえをどうするかが問題になりました。もともと当てにしていたのは「たにた」でした。宿から至近という条件を生かし、一献傾けてから荷物を引き取り、駅へ向かえば理想的というわけです。しかるに日没まで粘ったことにより、松山に戻ったときには六時を回っていました。帰りの列車の時刻から逆算すると、小一時間で席を立たなければなりません。時間を気にしながら呑むのはもったいないというものでしょう。
そうなるに至って浮上してきたのは、昨日の二軒目として考えていた「北山軒」です。おでんで軽く一杯やり、ラーメンをいただくのがせいぜいではありますが、目下の状況にはむしろこちらの方がお誂え向きです。日曜だけに休んでいる可能性はあるものの、開いているならここしかないと決めて店へ向かいました。すると、明かりがついてはいるものの暖簾が出ていません。扉を開けて女将にたずねてみたところ、七時頃からという無情の返答が。時間がますます押してくる中、無謀とは思いながらも「たにた」の暖簾をくぐると、今度は予約満席で振られました。
最後の砦となったのが、以前世話になった「豚珍行」です。しかし、右往左往したのがたたって一杯やる時間まではなくなり、ラーメンと餃子だけいただいて済ませました。もちろん悪くはなかったものの、その後通りがかった「北山軒」の暖簾が出ているのを見て、もう少しだけ早ければと仮想せずにはいられませんでした。さらなる追い討ちをかけたのが、駅へ向かう電車が無味乾燥で窮屈で眺めも悪い低床車になってしまったことです。残り時間を考えると一台見送るわけにも行かず、不本意ながらもそのまま乗りはしましたが。
最後の最後で一挙に綻びが出てしまいましたが、ようやく幸運が巡ってきました。連休最終日に備えたか、所定の三両編成が五両編成に差し替えられ、なおかつ普通車は全車自由席という大盤振る舞いが講じられたことにより、自由席の両数が四両に倍増したばかりか、本来指定席に使われるSシートに着席することができたのです。狙い通りの海側に着席し、彼方に点々とする瀬戸内の明かりを見ながら北上していくと、やがて十六夜の月が現れ、それが来島海峡大橋に重なるという名場面もあり、おかげで多少なりとも借りを返したような気分です。今夜はこの月を追いかけながら帰ります。
★松山1932/いしづち102(1042M)/2140坂出
その後は空振り続きでした。手元が狂ってレンズを落とし、マウントの部分が歪んで使えなくなってしまったのがけちのつき始めです。気を取り直して松山に戻るも、今度は腹ごしらえをどうするかが問題になりました。もともと当てにしていたのは「たにた」でした。宿から至近という条件を生かし、一献傾けてから荷物を引き取り、駅へ向かえば理想的というわけです。しかるに日没まで粘ったことにより、松山に戻ったときには六時を回っていました。帰りの列車の時刻から逆算すると、小一時間で席を立たなければなりません。時間を気にしながら呑むのはもったいないというものでしょう。
そうなるに至って浮上してきたのは、昨日の二軒目として考えていた「北山軒」です。おでんで軽く一杯やり、ラーメンをいただくのがせいぜいではありますが、目下の状況にはむしろこちらの方がお誂え向きです。日曜だけに休んでいる可能性はあるものの、開いているならここしかないと決めて店へ向かいました。すると、明かりがついてはいるものの暖簾が出ていません。扉を開けて女将にたずねてみたところ、七時頃からという無情の返答が。時間がますます押してくる中、無謀とは思いながらも「たにた」の暖簾をくぐると、今度は予約満席で振られました。
最後の砦となったのが、以前世話になった「豚珍行」です。しかし、右往左往したのがたたって一杯やる時間まではなくなり、ラーメンと餃子だけいただいて済ませました。もちろん悪くはなかったものの、その後通りがかった「北山軒」の暖簾が出ているのを見て、もう少しだけ早ければと仮想せずにはいられませんでした。さらなる追い討ちをかけたのが、駅へ向かう電車が無味乾燥で窮屈で眺めも悪い低床車になってしまったことです。残り時間を考えると一台見送るわけにも行かず、不本意ながらもそのまま乗りはしましたが。
最後の最後で一挙に綻びが出てしまいましたが、ようやく幸運が巡ってきました。連休最終日に備えたか、所定の三両編成が五両編成に差し替えられ、なおかつ普通車は全車自由席という大盤振る舞いが講じられたことにより、自由席の両数が四両に倍増したばかりか、本来指定席に使われるSシートに着席することができたのです。狙い通りの海側に着席し、彼方に点々とする瀬戸内の明かりを見ながら北上していくと、やがて十六夜の月が現れ、それが来島海峡大橋に重なるという名場面もあり、おかげで多少なりとも借りを返したような気分です。今夜はこの月を追いかけながら帰ります。
★松山1932/いしづち102(1042M)/2140坂出
松山へ戻るかというとさにあらず。電車に二駅乗って高浜に戻ってきました。
実は、昨日松山観光港に着いたとき、小富士の向こうの空がわずかながらも茜色に染まっていたのです。ほぼ暗くなってはいたものの、あと少し早ければいかばかりかと想像させられる眺めでした。夕日の沈む方角からしても、岸壁の正面に鎮座する姿からしても、三津浜よりも高浜からの方が絵になりそうだと見て、わざわざ戻ってきたのでした。
こちらが着いたときには既に夕日が左の裾野に隠れ、影絵になった小富士が佇んでいました。しかし、空がやや霞んでいることもあり、夕焼けの鮮やかさは今一つで、さらには雲も全くないため、思ったほど絵にならないというのが率直なところです。もっとも、これはこちらの期待が高すぎたということでもあり、旅の終わりを飾るにふさわしい夕景には違いありません。
繰り返す通り、正月に四国を再訪する構想があります。一年の中で最も鮮やかな夕焼けが期待できる時期です。松山で夕景を眺める機会が巡ってきたとすれば、もう一度この岸壁を訪ねてみようと思っています。
実は、昨日松山観光港に着いたとき、小富士の向こうの空がわずかながらも茜色に染まっていたのです。ほぼ暗くなってはいたものの、あと少し早ければいかばかりかと想像させられる眺めでした。夕日の沈む方角からしても、岸壁の正面に鎮座する姿からしても、三津浜よりも高浜からの方が絵になりそうだと見て、わざわざ戻ってきたのでした。
こちらが着いたときには既に夕日が左の裾野に隠れ、影絵になった小富士が佇んでいました。しかし、空がやや霞んでいることもあり、夕焼けの鮮やかさは今一つで、さらには雲も全くないため、思ったほど絵にならないというのが率直なところです。もっとも、これはこちらの期待が高すぎたということでもあり、旅の終わりを飾るにふさわしい夕景には違いありません。
繰り返す通り、正月に四国を再訪する構想があります。一年の中で最も鮮やかな夕焼けが期待できる時期です。松山で夕景を眺める機会が巡ってきたとすれば、もう一度この岸壁を訪ねてみようと思っています。
船旅は終わりかというとさにあらず。三津の渡しで港山に移動してきました。
初日の尾道に続いての渡船ですが、こちらの渡しはさらにささやかです。三津浜港の船着場から少し歩いたところにある、小型の漁船が繋留された入江の岸壁に、漁船よりもさらに小さい渡船が待機していて、一人でも利用者が現れ次第随時無料で渡してくれ、対岸から渡るときはブザーを押して呼び出す仕組みになっています。橋を架けてしまえば済みそうな距離にもかかわらず、昔ながらの渡船が残っているのは、対岸の住宅地が密集しており、道を拡幅しづらいからなのでしょうか。真相のほどはともかく、貴重な体験となりました。
初日の尾道に続いての渡船ですが、こちらの渡しはさらにささやかです。三津浜港の船着場から少し歩いたところにある、小型の漁船が繋留された入江の岸壁に、漁船よりもさらに小さい渡船が待機していて、一人でも利用者が現れ次第随時無料で渡してくれ、対岸から渡るときはブザーを押して呼び出す仕組みになっています。橋を架けてしまえば済みそうな距離にもかかわらず、昔ながらの渡船が残っているのは、対岸の住宅地が密集しており、道を拡幅しづらいからなのでしょうか。真相のほどはともかく、貴重な体験となりました。
二時間半の航海を終えて三津浜に戻りました。時折風が強まる場面はあったものの、雲一つない青空と日差しの暖かさは小春日和そのものでした。
本日の活動の題材として考えた場合、興居島と中島の違いは明確でした。現地での滞在時間と船旅の楽しみのどちらを選ぶかという違いです。駅前の桟橋から10分で渡れてしまう興居島なら、現地を自転車で巡ることができます。これに対して中島の場合、同じ船で行って戻ることしかできず、乗船だけが目的となります。ただし、対岸に渡るだけの興居島航路より、何度も寄港しつつ行く中島航路の方が楽しいのは当然です。興居島に渡ったとしても、自転車で走れる範囲は限られるでしょう。結局乗船の楽しみを重視して中島を選んだわけなのですが、思わぬ形で上陸の機会が訪れました。
三津浜で乗船するとき、同じ船で戻ってきたい旨を申し出たところ、往復での発売はしないため、一旦下船してから買い直すようにとの指示があったのです。その結果、ごく短い時間ながらも現地の土を踏むという顛末でした。正味10分にも満たない時間であり、これだけで中島を訪ねたと称するのはあまりにおこがましいものがあります。しかし、暦の巡りが非常に悪い今年、新規の離島を訪ねる機会をどうにも捻出することができず、佐渡を再訪するのが精一杯と思っていただけに、このような形とはいえ機会が訪れたのを幸いに思います。
それとともに改めて思うのは、離島航路の醍醐味です。船上から眺める瀬戸内の島々もさることながら、桟橋もない岸壁に船首から直角に着岸し、わずかばかりの車と乗客を収容して出航する寄港地の光景がとりわけ印象に残っています。昨年までにめぼしい離島を一通り訪ね、今後はそれらの再訪を主体にするつもりでしたが、瀬戸内の小島というのは盲点でした。次は自走で四国を再訪する予定ですが、一日はどこかの島へ渡ってみるのもよさそうです。
本日の活動の題材として考えた場合、興居島と中島の違いは明確でした。現地での滞在時間と船旅の楽しみのどちらを選ぶかという違いです。駅前の桟橋から10分で渡れてしまう興居島なら、現地を自転車で巡ることができます。これに対して中島の場合、同じ船で行って戻ることしかできず、乗船だけが目的となります。ただし、対岸に渡るだけの興居島航路より、何度も寄港しつつ行く中島航路の方が楽しいのは当然です。興居島に渡ったとしても、自転車で走れる範囲は限られるでしょう。結局乗船の楽しみを重視して中島を選んだわけなのですが、思わぬ形で上陸の機会が訪れました。
三津浜で乗船するとき、同じ船で戻ってきたい旨を申し出たところ、往復での発売はしないため、一旦下船してから買い直すようにとの指示があったのです。その結果、ごく短い時間ながらも現地の土を踏むという顛末でした。正味10分にも満たない時間であり、これだけで中島を訪ねたと称するのはあまりにおこがましいものがあります。しかし、暦の巡りが非常に悪い今年、新規の離島を訪ねる機会をどうにも捻出することができず、佐渡を再訪するのが精一杯と思っていただけに、このような形とはいえ機会が訪れたのを幸いに思います。
それとともに改めて思うのは、離島航路の醍醐味です。船上から眺める瀬戸内の島々もさることながら、桟橋もない岸壁に船首から直角に着岸し、わずかばかりの車と乗客を収容して出航する寄港地の光景がとりわけ印象に残っています。昨年までにめぼしい離島を一通り訪ね、今後はそれらの再訪を主体にするつもりでしたが、瀬戸内の小島というのは盲点でした。次は自走で四国を再訪する予定ですが、一日はどこかの島へ渡ってみるのもよさそうです。
興居島か中島か思案の末に後者を選び、三津浜港から中島汽船のフェリーに乗り込みました。最初の寄港地となる高浜で乗客を拾った後、中島の大浦港へ向けて航行中です。
まず、三津浜港の情景が秀逸でした。三津駅で電車を下り、古びた町をしばし歩くと、魚市場と同居する形でささやかな岸壁があり、そこにフェリーが据え付けられていました。出航後は興居島の小富士を横目にしつつ、しばし航行して高浜に入港。隣に停泊する興居島行のフェリーと相前後して再び出航すると、やがて前方を航行する広島行のフェリーが見え、後方には柳井から来たフェリーが三津浜港へと入っていくという、一瞬たりとも目が離せないめくるめく展開です。
その後右に旋回した広島行のフェリーに対し、こちらは左に旋回し、針路は西へ向きました。あと10分少々で大浦港に着き、車と乗客を入れ替えた後、さらに野忽那、睦月、高浜の順に寄港し三津浜へ戻る航路です。この先の航海も楽しみにしています。
まず、三津浜港の情景が秀逸でした。三津駅で電車を下り、古びた町をしばし歩くと、魚市場と同居する形でささやかな岸壁があり、そこにフェリーが据え付けられていました。出航後は興居島の小富士を横目にしつつ、しばし航行して高浜に入港。隣に停泊する興居島行のフェリーと相前後して再び出航すると、やがて前方を航行する広島行のフェリーが見え、後方には柳井から来たフェリーが三津浜港へと入っていくという、一瞬たりとも目が離せないめくるめく展開です。
その後右に旋回した広島行のフェリーに対し、こちらは左に旋回し、針路は西へ向きました。あと10分少々で大浦港に着き、車と乗客を入れ替えた後、さらに野忽那、睦月、高浜の順に寄港し三津浜へ戻る航路です。この先の航海も楽しみにしています。