森田宏幸のブログ

Morita Hiroyukiの自己宣伝のためのblog アニメーション作画・演出・研究 「ぼくらの」監督

スタッフの起承転結 その6

2006年10月27日 10時20分20秒 | 監督日記
(その5の続き)
 というわけで、宮崎さんが「起」、柊さんが「転」と「結」で、私が「承」を勤めた。と、そういうことである。では「猫の恩返し」の「承」とは、どのような仕事だったのか?
 まず私が最初に当たった壁は、主人公ハルに、劇的な欲求がないということだった。
 柊さんは、「耳をすませば」の月島雫とは違う新鮮さを「猫の恩返し」のハルに求めたらしい。雫が小説家になりたいとまじめに自分を追いつめる特別な子だったから、逆にハルは何も考えていない普通の子になったと、私はスタッフから伝え聞いた。
 宮崎さんもその点を理解していたらしく、「成長なんかしてたまるかみたいな気持ちでこれを書いているね」と、原案に妙な関心を示していた。「安易な成長をするぐらいならしないほうがマシということだよね」と。
 うなずける話だったけれど、主人公にやりたいことや、解決したい課題がないというのは、ストーリーを作る上で厄介なことなのだ。特に活劇には、劇的欲求と登場人物の変化、出来れば成長することが不可欠。これは常識だった。
 けれど、「何も考えてない主人公・ハル」への期待は、昨今のジブリ作品の重苦しい世界観を振り払いたいという、社内のある種の層の率直な気持ちでもあった。それは成し遂げて見せたいとも私は思ったのだ。ソウルミュージックがコード進行抜きでポップスを作ったように、私も主人公の欲求と成長なしに、娯楽作を作って見せようと意気に感じた。 
 しかし、なかなか構想はまとまらない。準備期間の私の協力者は、某演出助手氏と美術監督の田中直哉さんだった。この三人でだらだらとミーティングを重ねる日々が続いていたのだけれど、ある日、とうとう宮崎さんにつかまる。
「どう?」と、茶飲み話をしに来たふりをして、探りを入れに来た。ここで、もやもや煮え切らないことを言えば、即座に企画は取り潰しに合う。逃げの態度を見せれば終わりだけれど、嘘もつけない。私は宮崎さんの顔をまっすぐ見て、一言こう言った。
「冒頭が分かりません」
 柊さんの原作の冒頭に、今ひとつ納得していなかったというのもある。原作の、遅刻しそうな通学路で自転車とぶつかりそうになり、ドブに足を突っ込み、ツイてない一日、という始まり方が物足りなかったのは事実だ。しかし、それだけではなかった。映画の冒頭というものは、すなわち映画全体を表し、全体を見通せていれば自ずと冒頭も出来る、といったものなわけで、つまり私は、「中身がまるっきり分かりません」と言うと、身も蓋もないところを、ちょっと言い方を工夫してみたという訳だ。
 すると宮崎さんが、
「冒頭は簡単な方がいいよ」
 と、たしか、煎餅か何かをかじりながら、話に乗ってくれた。
「ラクロス部の部室のドアをバーンと開けて出てきて『今日で辞めます!』と一言。それでいい」と極めて具体的なアイディアを話してくれた。
「部室の中で何があったかは分からない。好きな先輩がいて入部したけれど、くだらない体育部の規範に頭に来て、平手打ちにして出てきたとか、そんなことだろう。すぐにひろみがあとから追いかけて来て、ホントに辞めちゃうの?とか、話しているうちに、猫がトラックの前に飛び出してそれを助ければいい」
 なるほどと、三人ですごく関心したのを憶えている。思い出されるのは「魔女の宅急便」の冒頭。ラジオで天気予報が「明日は晴れるでしょう」と言うと、キキが「決めた!」と跳ね起き、その夜、修行の旅に出てしまう、あのシンプルな冒頭。それを彷彿とさせる冒頭だと、三人ですごく盛り上がった。それを見て宮崎さんも上機嫌で出て行った。
 しかし、この案もその後また、暗礁に乗り上げることになる。結果だけ書くと、この案はその後、我々の手でボツになる。大それた話のように聞こえるかも知れないけれど、自然な成り行きだった。
 このアイディアだけでは、私にはハルというキャラクターがはっきり掴めなかった。跳ねっ返りの元気娘なのか、恋に破れた乙女なのか。演助氏と直哉さんと話していても意見が分かれた。いずれにしろ、劇的欲求はなくても、この子ならこんな時こうするという因果律、つまりは性格を掴まないことには、先の展開が作れない。
 で、どうしたかと言うと、今度はこちらから、宮崎さんに尋ねに行ったのである。(つづく)
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2 コメント

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いやはや (とりD)
2006-10-27 22:24:06


駿さんとの攻防は場面が目に浮かぶようですw

冒頭の例の挙げかたといい、駿さんは絵コンテ書きながら話作っちゃう人らしい感性で流れるようにアイデア出してきますね。



森田さんの作品作りの際のこだわりも良く伝わってくるので、いつも楽しみに読ませて貰ってます。
返信する
箱を開けてしまって (もりた)
2006-10-28 03:22:03
そう思っていただける人がいると分かるとホッとしますが、

書き始めた時は、ここまで猫の時のことを書くつもりではなかったので、なんだかパンドラの箱を開けてしまったような気持ちです。
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