内と外

中性よりの人間から見える世界から
「境界線」の性質を探ります

今さらIFRS

2021-07-05 20:29:05 | ビジネス境界線
随分と前からあったこの問題

私は当然直接関わることはない領域に
すんでいますが
会計業界にそれなりに首を突っ込んで
いればそこそこ気になるもの

私の場合は特に
独自の基準が他人の基準に奪われていく
という
近年の日本においての
怒涛のような波の一つとして
意識にあった部分があります


だから内容については
きちんと中身を見たこともなかったので

時価なんですよね
納品基準になるんですよね
包括利益なんですよねと

その程度

外国の言いなりになっていく時代
という大雑把な考えで
特に今までそこに目を向けることは
なかったのですが


原則主義=プリンシプルベース

これをちゃんと読んでみて
そうかと
思い直しました

大きな流れは否定できなくても
むしろ会計にとっては
形式上でもこっちの方が
正しい事をいっていると
私は感じます


税務だけでなく会計においても
一律の基準で測るという
既存の会計の世界は
本質とかなりかけ離れた
世界となっており

決まりごとをどれだけ知っていて
それを使ってテクニカルに
こうできます

どやっ!!

というのが
この会計世界の歪みとして長らくあり
それは会計という目的を完全に
逸脱し続けてきたのです

私は会計業界にグッチョリの時
常にこの違和感を持っていました


会計の本質は

1 主体の定義
2 自分の体の健康診断
3 外から内エリア の理解
4 内から外エリア の理解
5 主体がそれを受けて動く

要するに管理会計である




家計簿を本気でつけたことが
ある人は間違いなくこの本質が
わかっている


毎月どれだけの残高か

前月と比較できるような
日付に設定しよう

予想と現実の残高が違う
何でなのか
入金の内容をみてみよう
支払の内容をみてみよう


支払の明細がわかってきたので
問題のひとつを解決してみたが
何故か残高が増えない

それぞれを見たら
その影響が別の要素に
しわ寄せになっただけだった


入金明細がわかってきたので
入金を増やす努力をして増えた

しかし残高が増えない
支払いも増えてしまったからだ


こういう
お金の動きの複雑な影響については
自分が責任を持って管理する状況が
まず必須である

何故ならばそこには「意識」が
宿るからだ

意識が宿った瞬間に
それは主体として命が芽吹く


主体が生まれた瞬間に
主体以外の外側の世界が生まれる

その外側の世界とのやり取りが
すなわちお金の動きなのだと
わかるのだが
このお金の動きの正体を
一言でいえば
人間社会の感情なのである


こうやってお金の動きから
自分自身に対する
他社の感情の出入りを把握し
自分の進みたい方向に対しての
最も強力な情報として利用するのが
会計の目的であり管理会計である

例えるなら
「部屋で一人で自分を見つめる私」



これとは全く違う目的である
「外にお出掛けする他人の目を
気にした私」

が財務会計である


ビジネス社会ではこちらが
会計の意味であり
実質的な仕事となっている


みんなが守る社会ルールとして
会社法に意識を向ける

日本国のための納税目的として
税法に意識を向ける

投資や利害関係人のために
追加の法律にも意識を向ける


家族にも親戚にも友達にも
同僚にも町内会にも
同好会にも世間にも人間倫理にも

こんな他人目線のルールに
それぞれいい顔をしようとしたら
それは化粧だらけで本来の自分など
みじんの欠片もない姿となる


この
自分のための健康診断書
他人のためのプロフィール
の決定的なずれが

ビジネスとしての会計業界の
最も歪んだ根元であり

当たり前だが
他人のためのプロフィールを
どうテクニックで美人に見せるか
これがベテラン会計人の真髄のような
世界が培われてきた


その一番の原因は
主体の本質である
実質的な支配者が求めている感情

どうやったら自分をよく見せられるか

という需要があるからに他ならない



しかし
中には自分を見つめることに
価値を見いだすリーダーも
間違いなくいる

順序も違うし
目的もきちんと使い分けられる
それが重要だ


まず自分をしっかり理解することが
一番重要

その上で他人に対してどんな範囲で
どんな見せ方をするか

この順序で考えている人には
管理会計は間違いなく突き刺さる


そして人間というものを
重要視しているとも言える

管理会計とは
人の心の内側へ向けられる意識から
生まれる発想である

経済から生まれる
行動経済学や

経営心理士という資格が生まれるのも
同じ意味と捉えている



話をもどすと
従来の日本古来の会計基準と
やって来たIfrsのどちらが
この管理会計から離れているか?
と考えると
私はifrsの方が柔軟に感じるのである

自分がどう考えて
だからこういう基準を選択する
それをきちんと説明し監査を通す



実務としての実際が違う
単なる建前だ
という想定される事があったとしても

それは従来のルールを
食いぶちとしてきた
人達による反抗であり


そういう姿勢自体が重要になること

それは
管理会計 命!

自分自身のお金の哲学を大事にする

そんなタイプの人からすれば


どんどんその建前を口実に
自分達の会計論を
出していくチャンスと
考えられるのではないか?

と面白い印象を受けたのでした