MEMORANDUM 今日の視点(伊皿子坂社会経済研究所)

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#2449 処理水放出批判と中国の狙い

2023年08月01日 | 国際・政治

 7月26日の日本経済新聞の社説は、福島第一原発の処理水の海洋放出に関連して中国の関税当局が日本の水産物に対する放射性物質の検査を厳格化したことに関し、「理にかなったやり方とは言えない」「日本産の水産物に対する事実上の輸入規制である」と厳しく批判しています。

 中国側の対応は、これまでの任意のサンプル検査を「全量検査」に切り替えるというもの。この措置により、鮮魚などが税関に留め置かれる事例などが実際に発生し始めている由。さらに生鮮水産物ばかりでなく、日本から輸入する食品全般に関しても品質検査を徹底。全般的に通関作業が遅れているという報道もあるようです。

 日本の水産物輸出に占める中国向け取引きの割合は871億円(2022年)で、取引全体の2割強を占めるとのこと。同じく検査を強化している香港を合わせると全体の4割近くに達すると記事はしています。

 (「そういう国」と言ってしまえばそれまでですが)日本の国際的なプレゼンスの低下を狙い、科学的根拠もなく「反対」ありきで日本への外交カードに使おうとしている(ある意味子供じみた)彼の国の姿勢に、不信感を強める関係者も多いことでしょう。

 IAEAの承認後も、中国が処理水の海洋放出を決めた日本政府への非難を繰り返す理由はどこにあるのか。経済誌『週刊東洋経済』の7月29日発売号に九州大学大学院教授の益尾知佐子氏が、「中国の武器となる『汚染水』批判」と題する論考を寄せているので、参考までにポイントを押さえておきたいと思います。

 福島第一原発の冷却水は放射性物質の除去処理が施され、現在の技術では取り除けないトリチウムだけを残してタンクに貯蔵されている。放射能は自然界にもあり、トリチウムを含む処理水の海洋放出は中国(や韓国)など各国の原発も日常的に行っていると、益尾氏はこの論考で説明しています。

 そうした状況を踏まえ、福島でも同様に処理水を希釈して海洋放出し、原発の廃炉を進めたいというのが日本政府の考えで、(益尾氏によれば)昨年11月の時点では、中国の報道官もIAEAによる安全性の確認作業を支持していたということです。

 つまり、IAEAによる承認はいわば中国の同意の「条件」だったはずなのだが、日本がそれを満たすとわかると、中国はゴールポストを移動して一層激しく日本批判を展開するようになった。7月4日、中国の呉江浩駐日大使は日本の対応を「科学を尊重していない」となじったが、その主張こそ科学的根拠が薄弱だというのがこの論考で益尾氏の指摘するところです。

 中国の最近の国内報道では、福島処理水は「汚染水」の呼称で統一されている。つまり中国メディアは最初から、この問題で日本批判を行えと(当局から)指示されていると氏は言います。

 この問題に対する「人民日報」の記事数は、本年1月までは月2本以内だったが今年の2月に頻度が上がり、4月以降は月5本以上。7月は12日までに12本に上る。これらの記事に一貫するのは、日本政府が「国際法に違反し、無責任な態度と不透明な手法で世界の海を一方的に汚そうとしている」との論理であり、掲載記事の83%で中国以外の国や団体の批判が取り上げられ、日本は世界の声を省みない存在として描かれているということです。

 一体何故こうなるのか。そのためには、こうした中国の主張の目的がどこにあるのかをまず理解する必要があると氏は話しています。

 益尾氏によれば、中国の「目的」を端的に示すのが、1年前の2021年8月4~5日に(「人民日報」に)掲載された「米国同盟体系の『7つの大罪』」と題する長大な論文だということです。

 同論文では、米国覇権主義の過ちを「暴力」や「略奪」など7種類に整理。福島処理水はそのうちの「隠蔽」の一例として紹介されたと氏はしています。

 その意味するところは、中国が米国などの西側陣営の対中批判に反撃するため、この問題を西側陣営の態勢を批判する材料として位置づけたということ。だから批判は、米バイデン政権が同盟国との関係強化に乗り出した2021年春に始まり、本年初めの気球事件後に強まり、さらにはNATOで東京事務所問題が議論され始めるとさらに強化されるようになったというのが氏の見解です。

 中国は西側陣営への批判材料が減ることを望まない。なのでこの問題は当面幕引きされることはなく、当局による宣伝の影響で、今後の中国人による日本のイメージも次第に悪化していくだろうと氏はこの論考に綴っています。

 全ての情報が、政治権力の意向によって歪められていく中国。もちろん、それは彼の国だけの問題ではないのでしょうが、こうしたあまりに「あからさま」な対応には、国際社会に向けたきちんとした反論が必要なような気がします。

 いずれにしても、(益尾氏によれば)この問題はかつての歴史認識問題のように泥沼化する可能性が高いとのこと。中国は併せて沖縄の独立工作も仕掛けてきており、(中国による「揺さぶり」を前に)日中関係は再び冬の時代を迎えると話す氏の指摘を、私も興味深く読んだところです。



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