MEMORANDUM 今日の視点(伊皿子坂社会経済研究所)

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#2630 「失われた30年」をおさらいする

2024年09月02日 | 社会・経済

 国税庁の『民間給与実態統計調査』によると、日本の民間企業で働く人の2021年の平均給与は443万3000円とのこと。実はこの金額は、OECDにおける平均給与5万1607ドル(約722万円)のおおよそ6割に過ぎません。折からの円安の影響もあるのでしょうが、それにしてもなぜこれほどまでに日本人の給料は世界と差がついてしまったのでしょうか。

 因みに、米国のカリフォルニア州では今年の4月、ファストフード店の従業員の最低賃金が州法によって時給16ドルから時給20ドル(日本円で3100円余り)に引き上げられた由。カリフォルニアのマックで週40時間勤務した場合の月収は、日本の有名大学の新卒者が一流メガバンクから受け取る初任給の1.5倍以上になる計算です。

 先進国の経済が3~5倍の成長を見たバブル経済崩壊以降の30年間。「失われた」と称されるこの期間に、どうして日本だけが取り残されてしまったのか。5月1日の経済情報サイト「現代ビジネス」に、ウズベキスタン駐箚特命全権大使などを歴任した元外交官の河東哲夫(かわとう・あきお)氏が「日本経済、本当は世界何位?―インフレで膨らんだ世界と、デフレで縮んだ日本」と題する一文を寄せていたので、参考までに概要を小欄に残しておきたいと思います。

 バブル経済の崩壊以降、海外先進諸国に比べ著しく成長力を欠いてきた日本経済に一体何があったのか…河東氏はこの論考で、日本経済の「失われた30年」の動きを振り返っています。

 1985年のプラザ合意後の円高で輸出が止まり、1991年のバブル崩壊で内需も大きく失った日本経済。以後、日本の経済はほぼ万年危機で、金利は低水準に貼り付いたまま。短期プライムレートは1990年に8%だったのが、1993年には2.4%、95年には2.0%、リーマン危機直前には1.8%にまで落ちていたと、氏は当時の状況を説明しています。

 そうした中、2008年9月リーマン危機で、米欧の中銀は協調して敏速な利下げを敢行。米連銀は政策金利を2%から1.5%に下げ、12月16日には実質ゼロの水準にまで引き下げた。一方、日本の短期プライムレートは2009年1月になっても1,475%のまま。これで円高になり、2008年には1ドル100円ほどだったのが2013年には80円を割って、日本企業は海外への流出度を大きく高めたと氏は言います。

 リーマン危機で日本企業への海外からの注文はぴたりと止まり、日本のGDPは円ベースで約8.3%(2007年から2009年にかけて)縮小。製造業の海外への流出で、GDPは更に縮んだということです。

 2013年、安倍新政権の下で始まった「アベノミクス」の下、日銀は1年分のGDPに近い国債を買い込んだ。この(世界的に見ても異例の)「異次元緩和」で金利はついにマイナス水準となり、(当時にしてみれば)円は「下がって」、1ドル110円と120円の間を推移するようになったと氏はしています。

 そして、このリーマンショック直後の数年で、欧米と日本は国内の価格体系は文字通り「異次元」なものに変化していく。欧米ではインフレが続き、賃金もそれに追いついていったが、日本ではモノの価格も賃金も変わらなかった。2008年から2022年にかけて、米国での消費者物価指数の上昇は合計で47%に達し名目GDPもほぼ倍増したが、その半分はインフレに支えられた水ぶくれだったということです。

 簡単に言ってしまえば、欧米はインフレを容認することで経済を維持し、日本はデフレによって生活の安定を維持したということ。一方、日本では企業は死んでも賃金を上げず、国民はモノの値上げを死んでも認めなかったので、結果、欧米と日本の価格水準はどんどん乖離していったというのが氏の見解です。

 そして2022年の2月、ウクライナ開戦で原油価格が急騰。インフレ上昇の引き金を引いたため、米連銀は利上げを開始する。日銀はこれに追随したくとも、利上げは(中小企業の倒産を増やすので)できる状況になかった。投機家はそこをついて、円売り、ドル買いで円安を助長したと氏は指摘しています。

 結果、円は下がり、日本のGDP順位もドル建てでどんどんと落ちていった。一方、これに反比例するかのように外国人観光客の数は増えていく。日本の都市は清潔で便利で店での対応はきちんとしている。人々は(一応)幸せで自由に見え、異民族の出稼ぎと高物価と格差の増大に悩まされる米国、欧州の旅行者の眼には、今の日本は低物価のエルドラドに映っているということです。

 しかし、だからと言って「このままでいいわけではない」というのが現状に対する氏の認識です。やっと始まった賃上げ⇒内需拡大⇒投資増大⇒売上増加⇒賃上げの好循環をどうやって維持していくか。さらに、輸入を賄えるだけの輸出を維持するため、競争力を磨かなければならないと氏は話しています。

 IT、AI関係の輸入が増えるのは仕方ないが、それを使って日本国内で大きな付加価値を生み出し、できれば輸出にも回す力もつけたいところ。加えて、現状に甘んずることなく、「何くそ」という気持ちで世界に討って出る人材を増やすことも大切だということです。

 経済活動、いわゆる資本主義がもたらす環境問題や格差拡大(への対応)は、本来、成長を止めることによってではなく成長と並行して取り組んでいくべきもの。失われた30年に疲れ、「成長なんてもういらない」という人たちは(もう)そのままでいいので、(少なくとも)前に出ようとする人たちを止めないで欲しいと話す河東氏の指摘を、私も興味深く読んだところです。