
今年の春以降、ロシア西部のウクライナとの国境に大軍を集めて断続的に黒海周辺の地域情勢を緊張させているロシアのプーチン政権。北大西洋条約機構(NATO)加盟各国は今年の年末から来年の早い時期にかけて2014年に続くウクライナ侵攻の可能性もあると見て、周辺地域の厳戒態勢を敷いているとされています。
一方、もう一つの大国、中国の習近平政権は、自身の手による台湾問題の解決に強い意欲を示しています。中国共産党機関紙・人民日報系の「環球時報」は、2016年に実施した世論調査をもとに、本土住民の70%近くが「武力による台湾統一」を強く支持し、37%が「3~5年後に戦争を起こすのがベストと考えている」と報じています。
こうした世論を煽るように、習主席は近年、統一に向けて前進するよう公然と呼びかけ続けています。2017年には「中華民族の偉大な再興を実現するためには、民族の完全な統一が必要である」と発言、2019年には「統一は中国の夢を実現するための要件」と述べているところです。
ともすれば、第三次世界大戦の引き金ともなりかねない、地政学的な現状変更を試みる(専制主義的な性格持つ大国の)挑発的な動きに対し、米国を中心とした自由主義諸国はどのように向き合っていくべきなのか。12月14日付の英FINANCIAL TIMES誌では、チーフフォーリンアフェアーズ・コメンテーターのギデオン・ラックマン氏が「米国に3三正面のリスク」と題する論考記事を掲載しています。(日本経済新聞(2021.12.17))
バイデン政権は今、欧州とアジア、そして中東でそれぞれ軍事的危機に直面している。3つもの危機を同時に抱えるという事態は、米国の覇権にとって冷戦終結以来の最大の試練を意味すると、ラックマン氏はこの論考に綴っています。
米情報当局は既に、ロシアが「早ければ2022年早々」にもウクライナに侵攻する計画だと明らかにし、オースティン国防長官は12月4日、中国軍の台湾周辺での動きは、台湾侵攻の予行演習のようにみえると警告した。一方のイランは、数週間後には核兵器製造に必要な濃縮度(編集注、90%)のウランを保有するとされており、これは米国が何十年も阻止しようとしてきた事態だということです。
こうした事態に一部のアナリストは、今の世界秩序を変えようとしている勢力が互いに協力し、世界に影響を及ぼすような挑戦を米国に同時に仕掛けることへの懸念を表明していると氏はしています。
スウェーデンの元首相のカール・ビルト氏は11月に発表した論評の中で、各国の政策立案者は台湾とウクライナへの侵攻が同時に起きる可能性を指摘した。「この2つの侵略行為が同時に起きれば、世界の勢力バランスは根本から変わるだろう」とし、そのことは「これまで数十年にわたり平和を維持してきた」世界秩序の崩壊を意味すると警鐘を鳴らしたということです。
とはいえ、中国の習近平国家主席とロシアのプーチン大統領が、同時に軍事行動を起こそうと直接、話しているとは考えにくく、いわんや2人にイランのライシ大統領を加えた3首脳が電話会議をしているなどいうのはあり得ない話だとラックマン氏は言います。
しかし、中ロ、イランの指導者の野心を結びつける共通の計画がないにしても、3者の情勢分析と注意を払っている内容には共通要素がある。中ロ、イランの政府は3カ国ともが、米政府に対し「世界秩序を変えようとしている」と批判されてきたと不満を述べており、なおかつ3カ国ともおのおのの地域を支配する野望から、「その地域にいる人々とは民族的つながりがある」として、その野心を正当化しているというのが氏の認識です。
習政権は台湾との「再統一」は中国の国家的目標だと主張し、プーチン氏はウクライナに住むロシア語を話す住民には(ウクライナ政府による)「ジェノサイド(集団虐殺)」が起きていると主張している。イラン政府は世界中のイスラム主義の守護者を自任し、国外にいるシーア派のイスラム教徒を自国の兵士のように利用しているということです。
こうした勢力の(現状変更への)動きに対抗するため、米国はどのように行動するべきなのか。欧州、アジア、中東で現状変革をもくろむ3カ国は(前述のように)互いの情勢に目を光らせている。ウクライナや台湾への侵攻に他国が反対しなければ、世界の勢力バランスは根本的に変化することになるだろうとラックマン氏は見ています。
米国が、戦争という形をとらずに弱腰な譲歩や合意を重ねれば、それは全体として米国の影響力と信頼性の低下を招くことになる。ロシアのウクライナへの脅しに対し米国が強い姿勢を示さなければ、中国は台湾への威嚇を一段と強め、イランは核兵器開発のスピードをさらに高める可能性があるということです。
一方、米政府もこのような危険性を十分認識しているし、その対応には優先順位をつけなければならないことを理解していると氏は話しています。優先順位をつけずに全てに対応すれば、自国の力を超えた事態を背負い込むことになる危険もわかっている。欧州、アジア、中東のどこかで強い姿勢を示せば、世界における米国という抑止力を復活できるかもしれないが、(米国にとっての戦略上の)問題は、「軍事力を見せつけるとすればその相手国はどこか」だというのが氏の指摘するところです。
脅威の規模で考えれば中国だが、挑発の激しさで考えればロシアとなる。リスクがより小さいという点では(現段階では)非核保有国のイランかもしれないと氏は言います。そうした中、バイデン政権は、超大国という米国の地位を脅かす可能性がある唯一の存在、中国にまず戦略を集中させるべきだと考えるのではないかというのが、この論考におけるラックマン氏の見解です。
だからこそ同氏は台湾が中国に攻撃されれば米国は台湾を防衛すると発言するが、ウクライナについては同様の発言をしていない。米国にとって、核武装したロシア軍と(ウクライナの大平原で)直接抗戦する選択肢はほぼあり得ないと氏はしています。
実際、バイデン政権は現在、ロシアが侵攻すれば大規模な追加的経済制裁とウクライナへの軍事支援の可能性をにおわせている。イランについては、核施設を空爆してもロシアや中国と戦火を交えるよりは危険は小さく見えるが、やはり中東で新たな戦争は起こしたくないと考えているだろうということです。
いずれにしても、バイデン政権はこの3つのどの危機についても軍事行動に出るという選択肢を交渉のテーブルから明確に外すことはしないだろうと、氏はこの論考に記しています。しかし、現実には(自由主義諸国が協調して)経済制裁や外交的措置を選択する可能性が高いだろう。ウクライナか台湾が攻撃されれば、現在のイランに科しているような厳しい経済制裁をロシアや中国に科すことは考えられるということです。
さて、それぞれの地域で生活を営む(普通の)人々への影響とか、国際社会の未来、人類の未来とかを抜きにすれば、リスクに対する米国の「戦略」としては確かにそういうことなのかもしれません。しかし、(それが例え「民主主義」「自由主義」の名のもとでの判断だったとしても)米国の利害と国際社会の利害とが必ずしも一致するとは限りません。
もちろん(米国が今回どのような選択をしても)それが直ちに第3次世界大戦につながるわけではないだろうと、ラックマン氏はこの論考に綴っています。しかし、(もしも対応を誤れば)その決断が東西冷戦の終結以来続いてきたグローバル化時代の終焉を意味するものになるかもしれないと考える氏の指摘を、私も重く受け止めたところです。
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