DEIと言えば、ダイバーシティ(多様性)、エクイティ(公平性)、インクルージョン(包括性)をまとめた概念で、組織や社会において多様性を尊重し、すべての人々を包摂的な環境で受け入れる方針を意味しています。米バイデン政権下で、官庁や企業の「目標」となったDEIは、「Black Lives Matter」運動や性的少数者(LGBTQ)の保護とともに使われるようになった新しい用語と言えるでしょう。
一方、トランプ新大統領は今回の(2回目の)大統領就任式直後に、連邦政府のDEIプログラムを廃止する大統領令に署名。それに呼応し、これまでリベラル色が強かったシリコンバレーの大企業、Meta、Amazon、Google、zoomなどが、軒並み「反DEI」へと方針を変えることを表明し始めたと報じられています。
とはいえ、そもそも同一性の高い日本の社会に暮らしている私たちにとって、「DEI」の持つ意味自体がそんなに「ピンとくる」ものではなかったのもまた事実。足元を見れば、例えば街を歩いても、電車に乗っても、コンビニに入っても、外国人の姿を日常生活のあちこちに見かける毎日なのに、多様性や包括性という言葉を全然リアルに感じないのは何故なのか。
そうした漠然とした感覚に対し、英オックスフォード大学名誉教授の苅谷剛彦氏が、総合経済誌「週刊東洋経済」の3月22日号に『日本の「DE&I」はスローガンで終わりかねない 多様性を生かす日常的コミュニティーの欠如』と題する一文を寄せているので、指摘を小欄に残しておきたいと思います。
最近の「はやり言葉」に「DEI」というものがある。敢えてローマ字表記のまま「外来の言葉と思想」であることを明示しつつ、(欧米産の)普遍的価値として日本の企業や教育界(とくに大学)に導入され始めたこの標語。日本語では多様性、公平性、包摂性と訳されたりするが、このレベルの抽象さでは、それらが具体的に何を意味するかはわかりにくいと氏はこの論考に綴っています。
確かに日本の社会にとっても、多様な人々を包摂し、それによって多様性を許容し、さらには社会的な公平性を実現する…という理想は重要かつ意味のあること。もちろんその背景には、日本社会がグローバル化に取り込まれつつあることがあると氏は言います。
そこでDEIが前面に押し出されるのだが、外来語によるスローガンにはどうしても違和感を覚えてしまう。新しい言葉として目は引くものの、しっくりこないのは日常レベルとかけ離れた理念と受け止められるからだろうというのが氏の指摘するところです。
例えば多様性については、異なる背景を持った人々が協働することで豊かな視点やアイディア生まれ、イノベーションが促進されるという見方がある。それ自体もっともな理由であるが、それらが実効性を持つには、多様な背景を持った人々との間に十分なコミュニケーションが成立していなければならないと氏は話しています。
この日本でも、フォーマルな議論の場では(多様性の尊重は)実現できるだろう。しかしその(多様性の)効果が発揮されるのは、実はインフォーマルな場で行われるそれこそ自由闊達なコミュニケーションを通じてだ…というのが(国際人としての)氏の感覚です。
私(←刈谷氏)自身、英オックスフォード大学にいたころは、カレッジでのランチやディナーがそうした場であったと氏は振り返っています。偶然隣に座った人たちとの闊達な会話が豊かな視点やアイディアを与えてくれる機会となった。一言で言えば、そこには多様性に富んだコミュニティーが存在していたということです。
一方、今の日本の社会では、皆が忙しすぎて共有できる時間が限られており、何より(異なる背景を持つ人々との)コミュニケーションの機会があまりにも少ないと氏は指摘しています。これでは、(例えば街なかに)いくら多様な人々がいても、意図的に交流の場を作り出す努力をしない限り、多様な人々がまじりあう機会が閉ざされてしまうというのが氏の認識です。
さて、フォーマルなスローガンとしては、確かにDEIは立派に聞こえるが、それが十全に働く場としてのコミュニティーを欠いてはなかなか日常レベルに降りてこないし、人々の理解も及ばないと氏はこの論考を結んでいます。確かに、いくら「多様性」や「公平性」、「包括性」といった聞こえの良い言葉を並べても、言葉の壁を越えた一定レベル以上のコミュニケーションがなければ、その人の背景もヘチマもあったものではないでしょう。
やはり、基本に必要なのは「制度的に開かれた社会である」ことばかりでなく、そこに暮らす個々人がいかに(ある意味、異質なものに対して)「オープンマインドである」か…ということでしょうか。流行りの「DEI」をスローガンで終わらせないためにも、まずは多様性のある開かれたコミュニティーの形成が必要だと説く刈谷氏の指摘を、私も興味深く読みました。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます