政権発足からまだ3カ月しかたっていないにもかかわらず、(突然の相互関税政策などにより)関係諸外国の間に大きな動揺や混乱を引き起こしている米トランプ政権。国内の製造業を再考させるというその目論見は分かるのですが、そもそもなぜトランプ大統領はここまで貿易赤字や関税にこだわるのか
その背景として、トランプ氏の個人的な信念や経歴が影響しているのは(おそらく)間違いないでしょう。実業界に身を置き、不動産開発やビジネスで成功を収めたトランプ氏。そうした経験から、経済を「ゼロサムゲーム」と捉える傾向が強いと考える識者は多いようです。
ゼロサムゲームとは、いわゆる「パイの奪い合い」、一方が得をすれば他方が損をするという考え方のこと。そうした感覚で、国家間のやり取りを(勝ち負けを決する)「駆け引き」の場としてとらえ、ディールによって相手を打ち負かすことだけを目的としているのではないか。そして、そんな彼の論理によれば、貿易赤字は「負け」で、それが黒字になれば単純に「勝った」ということになるのでしょう。
米国が長年抱える巨額の貿易赤字を特に問題視して、貿易不均衡を是正しようと躍起になっているトランプ大統領。彼の主張では、これらの国々が米国に対して不公平な貿易条件を押し付け、米国の経済的優位性を損なっているということになるようですが、「赤字になったのはすべて相手が悪いから」というのでは、随分と一方的な言い分のような気もします。
実際のところ、高関税による保護主義的な経済政策は、(これだけグローバル化した経済の下では)「win-win(ウィンウィン)」どころか「lose-lose(ルーズルーズ)」になってしまう可能性も高いわけですが、それでも相互関税に突き進むトランプ政権の思惑はどこにあるのか。
4月16日の総合情報サイト「Newsweek日本版」に、経済評論家の加谷珪一(かや・けいいち)氏が『米経済への悪影響も大きい「トランプ関税」...なぜ、アメリカ国内では批判が盛り上がらないのか?』と題する論考を寄せているので、参考までに指摘の一部を残しておきたいと思います。
トランプ政権が、世界各国に対する包括的な相互関税を発表した。これだけの保護貿易を行えばアメリカ経済にもインフレや景気後退など逆風が吹くことになるだろうと、加谷氏はこの論考の冒頭に記しています。
「保護貿易」とはある種の近隣窮乏策であり、自身にデメリットがあっても相手国のデメリットがそれ以上に大きければ勝ちというゲームだと氏は言います。これなどはまさに「勝ち負け」を競っているだけであり、(勝つことで少しくらいは気分が良くなるとしても)パイの拡大には何ら貢献しないのは明白です。
今回の相互関税は、各国に対して一律10%の関税をかけた上で、非関税障壁などを考慮した個別の税率を上乗せするというもの。税率の根拠についてトランプ政権は明確に示していないが、貿易赤字額や貿易の絶対額などから単純計算して割り出した数字である可能性が高く、明確な根拠があるとは言えなさそうだと氏はしています。
氏によれば、これにより各国の市場では既に株価の下落が始まり、世界同時株安の様相も呈しているので、しばらくは混乱が予想されるとのこと。中国やEUはアメリカの方針に強く反発しており、日本国内でもアメリカに対して報復関税も含め強気の交渉を行うべきだとの声も聞かれるということです。
相互関税の発動はアメリカ経済にもインフレなどの悪影響を与えるため、関税はすぐに撤回されるとの見立てもある。しかし、今回の相互関税が極めて政治色の強いスローガンであるという現実を考えると、トランプ氏も簡単には引き下がらないだろうというのが氏の予想するところです。
関税の発動によって今後アメリカの物価は確実に上昇するが、海外に移転していた生産の一部が国内に戻るので雇用は拡大する。アメリカ政府は関税によって巨額の税収を得られるので、減税など景気刺激策を実施することで2026年に実施予定の中間選挙までは何とか景気を持たせることも可能だろう氏は話しています。
加えて、トランプ政権が今後、矢継ぎ早に「外国に富を奪われていた労働者が仕事を取り戻した」という一大政治キャンペーンを展開するのはほぼ確実。物価高の影響でいずれ反発の声が高まってくるとしても、ある種「正論」とも言えるトランプ政権のスローガンに対して、現時点では否定的な意見を述べられる雰囲気にないというのが実情だということです。
米国の歴史をさかのぼれば、自由貿易を主張した南部と、強固な保護貿易を主張した北部が関税をめぐって内戦(南北戦争)を行い、北部が勝利したことで、長く保護主義と高関税の時代が続いたと氏は振り返っています。
自由貿易だったのは戦後80年間のみであり、今回のトランプ政権の政策は過激で身勝手ではあるものの、アメリカの伝統的スタイルに戻ったとも言えるというのが氏の指摘するところ。この流れが本物だった場合、戦後、世界経済の基軸となっていたアメリカ中心の自由貿易体制が終焉に向かって動き出した可能性も出てくるだろうと話す加谷氏の指摘を、私も興味深く読んだところです。
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