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MEMORANDUM 今日の視点(伊皿子坂社会経済研究所)

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♯1774 経済学とリアリティ

2020年12月20日 | 社会・経済


 経済学は役に立たない…私も数十年前、大学の大教室で経済原論の講義を聴きながらそのように考えていました。ここで話されているのはあくまで教科書の中の話。需要曲線と供給曲線の交点で価格が決まると言われても、それが「なんぼ」のことかと。

 多くの人々の様々な思いが交錯して出来上がっている現実社会では、一口に「経済」と言っても彼ら一人一人の損得勘定を踏まえた極めて複雑な様相を呈するもの。学者たちはそれを単純な数理モデルに置き換えて(もっともらしく)分析し理屈づけているけれど、結局、それは結果論に過ぎない。

 レポートにまとめればそれなりに単位は取れるとしても、将来、実社会で役に立つとはとても思えないと考えていたのは私だけではなかったと思います。

 しかし、それから何十年もの歳月を経て、デジタル化やグローバル化によって経済の形は大きく変化しました。リアルタイムで世界の市場の動きが見えるようになってくると、これまで机上の空論と思われた様々な経済理論が、俄かに現実的な肌触りと輝きを取り戻してきているようにも感じます。

 ネット上に様々な情報が飛び交う中、投資家たちは社会の動きに敏感に反応し、アナリストたちはすぐさまこれを分析する。まるで生き物のように目まぐるしく姿を変える経済の姿に、学者たちはそれぞれ興味深い色を付けていきます。

 実際、(ここのところ)毎朝、経済紙を読んだりネットに寄稿された経済学者のコメントを追いかけたりするのが楽しくなってきたなと思っていたところ、10月30日の日経新聞(コラム「経済教室」)に慶応義塾大学教授の坂井豊貴(さかい・とよたか)氏が寄稿していた、「規範的な問い、一層重要に」と題する論考が目に留まりました。

 坂井氏はこの論考で、今から20年以上も前に経済学を学び始めたとき、この学問をあまり現実的だと思えなかったとこの論考で白状しています。

 (その時は)経済学が想定する人間行動や市場環境は、いささか単純すぎると感じていた。 ところが(最近では)、そうでもなくなってきたというのが氏の見解です。

 例えば、経済学では基本的に同じ商品が異なる価格で売られているとき、消費者は安価な店で買うと想定される。かつてはこの想定を非現実的だと感じていたと氏は言います。

 (なぜかと言えば)価格を比べるには多くの店舗を回らねばならないが、この行動には機会費用がかかるから。しかし、今ではやネットで価格比較サイトを見れば、すぐに価格を比べられる。売る側と買う側のあいだにあった情報の非対称性は大幅に解消され、現実の世界が教科書の世界に近づいてきたということです。

 こうして、様々な「あいだ」がなくなってきたことが、注目すべき近年の市場環境の大きな変化だと氏はここで説明しています。

 例えばネットで本を買えば次の日には自宅に届くが、これは入手時間という「あいだ」が少なくなったということ。自宅でリモートワークをすれば職場に行く必要はないが、これは通勤という「あいだ」がないということ。

 さらに、ビットコインなど暗号資産を用いれば四六時中スマホで国際送金ができるが、このとき銀行や郵便局という「あいだ」は必要ない。これらはいずれも、インターネットの普及が可能にしたことだというのが氏の認識です。

 メルカリやヤフオクのように、個人間で直接的に物品を売買するP2P(ピア・ツー・ピア)の市場も社会に普及した。ダイヤモンドから海岸で集めた貝殻まで、人々のニーズの多様性を反映した様々なものが、ネット空間では極めて自由な価格で取引されているということです。

 また、こうした状況を踏まえ、経済学自身も柔軟に変化を遂げてきた。例えば、経済学が示す「人間の行動」の見方も最近では随分変容したと氏は言います。

 かつては利己的で理性的な人間像が支配的だったが、今では行動経済学の知見を採り入れ、利他的だったり衝動的だったりする人間像を柔軟に設定する。それは、個別具体的な現実問題で役立つには、現実的な人間行動を扱わねばならないからだということです。

 一方、こうした環境を前提とすれば、「市場」はどうあるべきか。

 サイバー空間に無数の自由市場が存在する今日、この規範的な問いは一層重要になったと酒井氏は指摘しています。

 例えば、コロナ禍でのマスクの転売は禁止されるべきか、個別価格はアンフェアか、市場を運営する巨大プラットフォーマーをどう社会で制御するのかといった問いの数々。「市場倫理」という分野の重要性が増すと同時に、いたずらに素朴な感情論を投げ込むべきでない場が増えたということです。

 例えばマスクについては、転売によりエンドユーザーに届く時間が遅れその間に感染拡大という負の外部性(影響)が生じるのを非難することもできる。「負の外部性」という経済学用語を知らないとこうした非難は感情論に走ることになり、それが行きすぎると、ワイドショー的な空気が自由市場に介入することで転売そのものへの批判が起きると氏は言います。

 しかし、転売一般の否定は、証券や土地の売買も否定することになる。それは資本主義や私的所有権の否定に限りなく近いというのが氏の指摘するところです。

 人々がサイバー空間で多様なものを取引できるようになった。そこには業務改善のコンサルタントからロールス・ロイス、さらには工作用にラップの芯まで売られている。人間の個性や能力、趣味や嗜好、そして置かれた状況は多種多様であり、その多様性に応えられるだけの多様な市場が生まれているということです。

 テクノロジーが市場を進化させ、人間が潜在能力を発揮しやすくなった。時代の移り変わりは目まぐるしいが、その中で確実に起きている「善き変化」だと現状を説明する氏の言葉を、私も興味深く読んだところです。



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