MEMORANDUM 今日の視点(伊皿子坂社会経済研究所)

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♯1778 電気自動車はカーボンニュートラルの救世主か?

2020年12月28日 | 科学技術


 12月3日の毎日新聞は、政府が2030年代半ばに国内の新車販売を全てハイブリッド車や電気自動車などの電動車に切り替え、ガソリン車の販売を事実上禁止する方針を固めたと報じています。

 2050年までに二酸化炭素(CO2)など温室効果ガスの排出を実質ゼロとする政府目標の実現にはもちろん化石燃料で走る自動車を何とかせねばならず、少なくとも「ガソリン車販売ゼロ」はいずれ必要となる措置でしょう。

 実際、ガソリン車の販売を禁止する動きは既に先進各国に広がっており、(同記事によれば)英国は11月、ガソリン車の新車販売を禁止する時期を35年から30年に前倒しすると決定、米国ではカリフォルニア州が35年までに販売を禁止する方針を打ち出しているということです。

 中でも世界を驚かせたのは、中国の自動車販売団体が2035年までにEVなど「新エネルギー車」の販売を現在の5%弱から50%に高めて、ガソリン車の販売を終わらせる工程表を発表したこと。CO2排出量断トツ世界一の中国までもが大きく舵を切るというのですから、(日本経済引っ張る自動車産業の将来を占ううえでも)しばらくはその動きから目が離せません。

 しかし、ちょっと待って。先進国の(インテリの方々は)皆が皆、もろ手を挙げて「電気自動車(EV)は素晴らしい」みたいなことを言っているけれど、それは本当のことなのか?(少数ではありますが)一方には、そう疑いの声を挙げている人もいるようです。

 テレビや雑誌などで活躍するモータージャーナリストの岡崎五朗(おかざき・ごろう)氏は、12月6日のYahoo newsに「排他的EV推進論が日本を滅ぼす」と題する興味深い論用を寄せています。

 日本国内でも「世界に遅れるな」とばかりにEVシフトを後押しする声が高まっているが、性急なEVシフトは誰も幸せにしない。ユーザーの経済的負担は増し、利便性は低下し、その上、関連就業人口542万人に上る日本の基幹産業を衰退させることにすらつながる可能性があるというのが、この論考における岡崎氏の見解です。

 菅政権は、成立して間もなく「2050年のカーボンニュートラル」の実現を政策目標に掲げたが、EVは確かに「走行段階」では二酸化炭素を出さない。だからEVは(目標達成のたまには欠かせない)というのが一般的な主張だが、それは走行段階の二酸化炭素に限定した話に過ぎないと氏は言います。

 EVを走らせるためには、当然、何らかの方法で「電力」を確保しなければ話にならない。環境への負荷は、EVの動力源となる電力をどう作っているかによって大きく変わってくるのは自明と言えるでしょう。

 氏によれば、例えば中国では発電量あたりの二酸化炭素排出量がもっとも多い石炭発電(石炭を100とすると石油は80、天然ガスは60)が主力で、カナダは水力発電が半分以上を占め、フランスは70%以上が原子力発電だということです。

 一方のわが日本は、(原発の再稼働が遅れていることもあって)約80%を石油、石炭、天然ガスといった化石燃料由来の火力発電が占めている。つまり、カナダでEVに乗るのは間違いなくエコだが、フランスでは原子力の問題(つまり放射能の環境への影響の問題)などが残り、中国や日本では必ずしもエコとは言い切れないというのが岡崎氏の認識です。

 氏はここで、そういった事柄を詳細分析するLCA(ライフ・サイクル・アセスメント)の考え方(手法)を紹介しています。

 車両製造時、走行時、廃棄時をあわせたトータルの二酸化炭素排出量はどうなるのか?この点については未だ手法やルールが確立していないので、EV寄りの結果やガソリン寄りの結果などポジショントークが横行しているのが現状だと氏は言います。

 しかし、そんな中、ドイツのフォルクスワーゲン(VW)社が5月に発表したLCA分析結果が内外で大きな話題となったということです。

 同社は、ベストセラーの小型車「GOLF(ゴルフ)」のEV版であるeゴルフとディーゼルエンジンを積んだゴルフを20万キロ使ったときの総二酸化炭素排出量の比較資料を公開しました。ドイツ人は元来生真面目だし、EVにも巨額の投資をしているので、原料の調達から製造工程まで(その辺は)きっちり計算したことでしょう。

 結果として、まずディーゼル車では、平均すると1km走行あたりの(総合計で)140グラムの二酸化炭素を排出することが判った。一方のEV車を100%風力発電の電力で走らせると59グラムと約6割減と試算されていることから、比較すればかなりエコなことが判ると氏はしています。

 これを、EUの平均電源構成に直して計算すると119グラムで、確かにEVの方がCO2の排出量が少ない。しかし、火力発電が多いドイツとアメリカではこれが142グラムまで増え、今度はディーゼル車の方がわずかにエコになるということです。

 さらに、石炭発電の多い中国では183グラムとCO2排出量が(ディーゼル車よりも)30%も増えてしまい、(今回試算の無い)日本でも恐らくドイツやアメリカより多くなるというのがVW社の資料の示すところです。

 こうした試算からも分かるように、少なくとも現時点ではEVが必ずしも圧倒的にエコなわけではないと岡崎氏はこの論考で説明しています。

 もちろん、発電構成が風力、太陽光、水力、地熱といった再生可能エネルギー中心に変わっていけばEVのエコ度は向上していくわけなので、2050年のカーボンニュートラルを実現するためにはそうしていかなければならない。EVは間違いなくカーボンニュートラル社会実現のキーテクノロジーになるだろうと氏は言います。

 しかし電源構成の見直しは一朝一夕ではできないことであり、EVシフトはそれに歩調を合わせて進めていかなくてはならないもの。(裏を返せば)性急なEVシフトは必ずしもエコにつながらないし、高い車両価格や航続距離の問題、長い充電時間といったデメリットを自動車ユーザーに押しつけることになるというのが氏の見解です。

 「カーボンニュートラルを実現するためにEV社会を目指しましょう!」「子どもや孫により良い世の中を残さなければなりません。皆さん、排ガスを撒き散らすエンジンなどもうやっている場合ではありません!」といった誰もが反対しにくいキャッチフレーズに皆が巻き込まれ、その結果国が誤った選択をしてしまったら取り返しの付かないことになると、氏はこの論考に記しています。

 そうした観点に立ち、ミスリードを展開している大手マスコミには自動車やエネルギーのことをもう一度勉強し直せと言いたいし、読者の方々には誤った報道を鵜呑みにせず、冷静な判断をしていただきたいとこの論考を結ぶ岡崎氏の指摘を、私も興味深く読んだところです。



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