MEMORANDUM 今日の視点(伊皿子坂社会経済研究所)

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#1954 医師でなければ人でなし(その2)

2021年09月03日 | 社会・経済


 「医師でなければ、医業をなしてはならない。」とある医師法の規定により、我が国では医師免許を持たない人間が医業を行うことは固く禁じられています。こと医療の世界にあっては、「医師の指示」がなければ、どんなに経験豊富な看護師や救急救命士、薬剤師であっても、医療現場で注射一本打つことも、薬を処方することもできないのが実態です。
 日本の医療界を巡るこうした状況を踏まえ、7月21日の日本経済新聞は、編集委員の柳瀬和央氏による「「医師代わり」不在の日本」と題する論考記事を掲載しています。

 米国やカナダでは薬局でのワクチン接種が一般的だが、ここ日本では薬剤師がワクチンを打つことが許されていない。新型コロナウイルス禍では、こうした国内外の薬剤師の役割の違いが浮き彫りになったと柳瀬氏はこの論考に記しています。
 実際、予防接種に限らず日本の薬剤師に任される仕事の範囲は海外と比べて狭い。これは看護職も同様で、「医師の代わり」を担う医療従事者の少なさはコロナ対応に限らず、少子高齢化を乗り切る上でも不安要因になっているというのが氏の認識です。

 米国やカナダでは、コロナの感染拡大前から薬剤師による予防接種は普通のこと。カナダではほぼすべての州でインフルエンザの予防接種を薬剤師が担当し、ブリティッシュコロンビア州では子宮頸がんや肝炎など、小児の定期接種を除くすべての予防接種を行うことができると氏は言います。慢性疾患の患者らに対しては、医師から最長1年分の処方箋が出され薬剤師が投薬を続けてよいと判断すれば、2カ月分などを続けて調剤することも可能だということです。

 さらに、日本では看護師の役割も限定されていると氏は指摘しています。北米やオーストラリア、シンガポールなどには、医師の指示がなくても自身の判断で一定レベルの診断や検査、処置、薬の処方などを行える「ナース・プラクティショナー」という高度な看護職が設けられている。これに対し、日本の看護師は医師の指示に基づく「診療の補助」しかでず、指示がなければ患者に湿布を貼るのも軟膏を塗るのも不可能だということです。

 こうした状況は、特に高齢化で在宅療養の患者が増えるにつれ、患者にタイムリーに対応できない事例を生んでいると氏は指摘しています。コロナで在宅療養の患者も増え、看護師の役割を広げる重要性は一段と高まっており、「ナース・プラクティショナー」のようなポジションの職を設けることは、勤務医の負担軽減にもつながる。しかし、それでも厚生労働省を中心とした政府の動きは鈍いと氏は指摘しています。

 薬剤師や看護師の役割拡大の壁になっているのが、医師法17条の「医師でなければ、医業をなしてはならない」という規定。日本医師会は医師の仕事を他職種に開放することに以前から強い抵抗感を示している。このため過去に他職種による医行為を認めた数少ないケースでも、(法改正には踏み込まず)「法益侵害を正当化するだけの事情があるので違法性が退けられる」との考え方で(あくまで)「特例として」容認してきたものだということです。

 一般市民による自動体外式除細動器(AED)の使用や、介護職員による高齢者のたんの吸引などがその代表例で、今回の歯科医師によるコロナワクチン接種も同様の考え方から、日医は「恒久的な措置でないこと」を厚労省に念押しした上で了承したと氏はしています。

 医師の負担を軽くするには、能力のある薬剤師や看護師らに役割の一部を担ってもらうのが合理的なはずだが、現在の超法規的措置のような手法では、本格的な改革には踏み込めない。政府・与党が医師法17条に正面から向き合えなければ、日本の薬剤師や看護師は国際的な流れからさらに取り残されてしまうというのがこの論考で柳瀬氏の懸念するところです。

 「医者でなければ人でなし」というのは、看護師をはじめとした医療現場で働く人々の口からよく聞く言葉です。
 診療科ごとの学会などで医療関係者が出会えば、まず職種を聞かれここで医師でなければそれだけで相手にされなくなる。次に医師であれば卒業年次(医師免許取得年次)を聞かれ先輩か後輩かが確かめられ、続いて大学名を聞かれ、国立か私立か、同窓かどうか、どのくらいのレベルの大学の出身者かを聞いて、ようやく挨拶が始まるということです。

 さて、もちろん私も、人格的にも尊敬できる素晴らしい医師の人たちをたくさん知っています。しかし、だからと言って、このように学歴やヒエラルキーのようなものでがんじがらめにされた医療の世界で、(医師以外への業務の開放による)医療の効率化が今後どれだけ進むかはわかりません。

 全国の医療従者の皆さんは、明治以来続いてきたこうした状況を一体どのように見ているのか。簡易な医療行為を他の職種に任せることが、病院の経営や医師業務軽減、働き方改革にもつながるのであれば、厚生労働省は医師会に対しさらに毅然とした態度で臨むべきではないかと思うのですが、果たしてどのようにお考えでしょうか。



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