世界景気の先行き不確実性が高まる中、日銀による政策金利の動向が注目されています。背景にあるのは、もちろんトランプ関税の影響です。方向性としては、実質GDP成長率、物価ともに下振れすることは(ほぼ)間違いないと思われますが、問題となるのはそのインパクトの大きさです。現時点で影響を定量的に把握するのは極めて難しいことから、日銀の関係者も頭を痛めていることでしょう。
金融関係者の中からは、政策金利に関する日銀の「次の一手」は(4度目となる利上げではなく)利下げではないかという声も聞かれる中、経団連の十倉雅和会長は4月7日の定例記者会見で景気の後退と日銀の利下げについての質問に答え、「利下げと大胆な財政出動が必要だという意見があることは承知しているが、総合的に判断すべき」「物価上昇が一層進む中、実質金利が依然としてマイナスであることも踏まえ、利下げによる景気刺激が有効かどうかよく吟味する必要がある」と話したと伝えられています。
一般的には、「利下げ」は景気や物価を上昇させる金融緩和策、「利上げ」は景気や物価を抑える金融引締め策と言われますが、昨今ではこうした金利政策の(教科書的な)有効性に疑問符(?)を付ける専門家も増えているところ。4月17日の日本経済新聞では、みずほリサーチ&テクノロジーズ、エグゼクティブエコノミストの門間一夫氏が、『巨額政府債務の下で利上げは効くか』と題する論考を寄せているので、参考までにその主張を残しておきたいと思います。
トランプ関税により日銀の利上げは遅れそうだが、賃金や物価の上昇が定着しつつある状況からみて、いずれ利上げ路線が復活する可能性は高い。そんな折、1月末の一橋大学政策フォーラムで日銀の氷見野副総裁から興味深い指摘があったと門間氏はこの論考に記しています。
それは、無借金経営の企業が増え、家計の金融資産も増えているのだから、利上げの効果は昔と同じではない…というもの。確かに近年の企業や家計のバランスシートを考えると、金利が上がっても企業の利払いは昔ほど増えず、一方で家計の利子所得は増えている。つまり、企業も家計もともに得る部分の方が大きく、下手をすれば、利上げがむしろ景気刺激的に働く可能性すらあるということです。
「民間の資産」が大きいということは、それと表裏をなす「政府の債務」が大きいということであり、そこに着目するとこの問題の本質が理解しやすいと氏は言います。金利が上昇すれば政府の利払いが増え、その分だけ財政赤字が拡大する。通常はそこから、財政の持続性を問う方向に議論が進みがちだが、まず確実に起きる現象は意図せざる景気刺激効果だというのが氏の見解です。
中身が「給付金」であれ「利払い」であれ、(こうして)政府から民間にお金が渡ればその分だけ人々の所得は増える。利上げには、それがもたらす自動的な財政拡張効果により、景気や物価を刺激する面があると氏は指摘しています。金融政策の波及経路には為替や株価などもあるため、全体として利上げは物価抑制効果を持つと考えられている。しかし、政府債務残高が巨額になった現在では、政府の利払い増による総需要押し上げ効果は、以前よりもはるかに大きいということです。
因みに、(氏によれば)米国では2000年代の利上げ時、対GDP比50%程度だった政府の純債務が、近年では100%近くに達している由。米国では22年から23年にかけて、ほぼゼロから5%超までの利上げをしたが、それでも経済が減速しなかった一因には、その政府の利払いにあった可能性があると氏は話しています。
一方、日本では、本格的な利上げの経験は1990年代初頭が最後とのこと。そのとき、政府の純債務はGDPのわずか20%程度だったが、今は150%を超えている。絶対値で見ても過去の利上げ局面からの変化で見ても、日本の政府債務は米国の比ではないというのが氏の感覚です。
この状態では、日銀が利上げを進め為替など他のチャネルが意図した方向に働いたとしても、全体として十分な物価抑制効果が得られるかどうかはわからない。利上げの効きが悪ければ、日銀はさらに利上げをしなければならなくなるといった悪循環のリスクも残るということです。
経済学の教科書では、「利上げはインフレを抑え、利下げはデフレを止める」と説明されるが、今の日本のような膨大な政府債務は前提にされていない。巨額の政府債務が当たり前となった現代において、金融政策だけで物価の安定を目指すことの困難さは増していると話す門間氏の指摘を、私も興味深く読んだところです。
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