これまであまり耳にする機会がなかったのですが、経済協力開発機構(OECD)が提唱する指標のひとつに「社会エレベーター」というものがあるそうです。
「社会エレベーター」とは社会階層を登っていくための難易度、つまり階層・階級の流動性(ソーシャル・モビリティ)の状況を策す言葉です。具体的には、1世代を30年とし見て、平均所得に届くまで何世代かかるかを世代数であらわしたもの。エレベーターがうまく動いている国では、より容易に「成り上がる」チャンスが生まれるとされています。
1月5日の日本経済新聞の一面(成長の未来図④「めざす明日は見えますか」)に、現代社会における(各国の)社会エレベーターの動きぶりに関する興味深い記事が掲載されていたので、備忘の意味で小欄にその概要をとどめておきたいと思います。
OECDでは、格差を克服する難易度を表す「社会エレベーター」という指標を使って、2018年に各国の所得格差の大きさや教育・雇用を通じ階層が変わる確率を分析した。その結果、階級制度として名高い「カースト」が根強く残るインドでは、はい上がるのに7世代(210年)かかるという厳しい現実が示されたと記事はしています。
しかし、近年のインド経済の急速な発展は、数千年の歴史を持つそうしたインドのカースト社会に急速な変革を迫っているというのが記事の認識です。
グーグルの最高経営責任者(CEO)スンダー・ピチャイ氏は、インドの冷蔵庫もない質素な家庭から上り詰めたことで知られている。昨年11月にツイッター社の(CEO)に就任したパラグ・アグラワル氏(37歳)も、インドの地方の借家で育ち、インド工科大を経たのち米国に渡って飛躍を遂げたということです。
IT分野は「カースト」に規定がない職業分野。そのため(同制度による)職業選択の制約を受けず、低いカーストの子弟でも秀でていれば競えるのだと記事は説明しています。こうしたこともあって、インドのITユニコーン企業は昨年11月時点で48社と日本(6社)を圧倒しており、年5万人超の人材が米国へ羽ばたいているということです。
一方、変化を遂げつつあるインドとは対照的に、日本のエレベーターの動きは鈍いと記事はしています。平均所得への道のりは4世代と(もちろん)インドよりも短く、OECD平均(4.5世代)を上回るが、格差の大きさより全体的な落ち込みが懸念されている。低成長で賃金の上昇が望めない中、年収400万円未満の世帯が全体の約45%と直近の30年間で5ポイント近くも増えているということです。
実際、ユネスコが21カ国の15~24歳に尋ねた調査では、「大人になったとき親世代より経済状況がよくなっているか」との質問に対し、日本の「はい」の割合は28%で最低となり、ドイツ(54%)や米国(43%)を大きく下回っていると記事はしています。
何事にも悲観的なのは日本人の性分かもしれませんが、(それにしても)「親を超えられない」と感じている若者が7割以上を占める今の日本の現状には、確かに「残念」すぎるものがあると言えるでしょう。
こうした状況について、「日本の(最大の)問題は、平等主義がもたらす弊害だ」と記事はここで厳しく指摘しています。現在の日本は突出した能力を持つ人材を育てる機運に乏しく、一方で落ちこぼれる人たちを底上げする支援策も十分でない。自分が成長し暮らしが好転する希望が持てなければ格差を乗り越える意欲はしぼむということです。
私自身は、日本のソーシャル・モビリティの低さをもたらしているものが、若者の意欲のなさや社会の平等主義ばかりとは思いませんが、「親ガチャ」を所与のものとし、嘆くばかりでは前に進めないのも事実です。若い世代の「アニマルスピリッツ」を育み、またスタートラインに立った人の背中を押せるような環境を整えることが求められていると言えるでしょう。
記事によれば、エレベーターのスピードが速く、最貧層から2世代で平均所得に到達するデンマークでは、義務教育を延長して遅れている子どもを支える一方で、大学生の起業も促しているということです。一般に、北欧各国の国内総生産(GDP)に対する教育の財政支出は4%を超え、2.8%にとどまる日本との差は大きいと記事は指摘しています。
さらに、日本は能力を高めた人に報い、これを活かす発想にも乏しいというのが記事の見解です。米ブルッキングス研究所によると日本の大学院修了者の所得は高卒者より47%高いが、増加率は米国(72%)やドイツ(59%)を下回る。同研究所のマーティン・ベイリー氏らは「日本企業は採用を見直し高度人材を厚遇すべき」と話しているということです。
もとより、賃金格差を広げることが(ストレートに)社会の活性化につながるとは思いませんが、「努力が報われる社会」だと感じられることが「次の努力」を生むことを否定する人もまたいないでしょう。
世界は既に人材育成の大競争時代に入っていると記事は指摘しています。支援が必要な人たちを救って全体を底上げしながら、横並びを脱して新しい産業を牽引するトップ人材も増やしていかなければならない。
一人ひとりの能力を最大限に生かす仕組みをどうつくり上げるか。錆びついた社会エレベーターを動かす一歩がそこから始まると結ばれた記事の指摘を、私も興味深く読んだところです。
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