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MEMORANDUM 今日の視点(伊皿子坂社会経済研究所)

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#1884 最低賃金の引上げにどこまで期待できるのか

2021年06月23日 | 社会・経済


 政府が2021年6月9日に示した「経済財政運営の基本方針」(いわゆる「骨太の方針」)の原案に、東京一極集中の是正と地方創世を実現に向け最低賃金の引き上げを目指すという文言が明記されたことが(特に経済誌などで)話題になりました。
 政府は「方針案」に、「最低賃金については地域間格差にも配慮しながら、より早期に全国加重平均1000円とすることを目指し、本年の引上げに取り組む」と記し、全国的な最低賃金の引き上げに早期に取り組む姿勢を見せています。

 最低賃金をめぐっては、労働界を中心に以前から引き上げの声が大きかったものの、積極的な引き上げで消費の起爆剤にすべきだという意見と無い袖は振れないという意見が対立し、結果として最小限の上昇幅にとどまってきました。
 新型コロナの影響で経済が混乱する中、賃上げを決断できるのは体力のある企業だけという現実もあり、一律の賃上げの発端となる最低賃金の引き上げ環境はまだまだ整ったとはいえなさそうです。

 実際、最低賃金をめぐる「賃金が先か」「景気が先か」といった議論は、まさにニワトリとタマゴの論争のようなものではっきりした結論は出ていません。
 実際問題として、様々な要素が複雑に絡み合った現実の経済社会において、最低賃金の大幅な引き上げは、経済全体にどのような影響を与えるものなのでしょうか。

 5月26日の日本経済新聞の紙面(コラム「経済教室」)では、西江大学教授の田賢培氏が「格差解消、過度な期待は禁物 最低賃金引き上げるべきか」と題する論考を掲載し、韓国における最低賃金引上げを引き合いにその効果と影響を分析しています。

 2017年に就任した韓国の文在寅大統領は、大統領選挙に当たり2020年までに最低賃金を時給1万ウォン(約1千円)に引き上げるとの公約を掲げた。就任時の最低賃金は6470ウォンだったので(公約実現には)年平均約16%引き上げなければならず、結果、最低賃金は18年に16.4%、19年には10.9%引き上げられ8350ウォンに達したと氏はこの論考に記しています。

 実は韓国の最低賃金は、大統領が就任した2017年時点で対中央値で52.8%に対しており、既にOECD平均(51%)を上回っていたと氏はしています。18~19年の引き上げによりこれが更に対中央値で60%を上回り、2019年にはフランスと並んでOECDの中で最低賃金が最も高い国になっているということです。

 文政権の主な狙いは、(もちろん政権奪還に向け左派政党として有権者にアピールすることもあったでしょうが)賃金労働者の世帯所得を押し上げることで消費を後押しし、ひいては経済成長に弾みをつけるというもの。これはいわゆる「所得主導型成長モデル」の典型と言えるが、実のところ所期の結果は得られていないというのが氏の見解です。

 一方、それどころか、自営業者は最低賃金の引き上げに不満を募らせている。しかも低所得世帯の所得は増えていないと氏はこの論考で指摘しています。
 なぜ、韓国、文在寅政権の最低賃金政策は上手く機能していないのか。

 韓国の労働市場と産業構造の重要な特徴の一つに、自営業者の比率が高いことがあると氏はここで指摘しています。2019年の自営業の比率は約25%で、OECD平均(15%)より大幅に高い。これは米国(6%)の4倍以上で、日本(10%)の2倍以上だということです。
 そして、こうした自営業者の大半は、主に小さな小売店や飲食店などを営む家族経営の事業主と労働者だと氏は説明しています。言われてもいれば、確かに韓国のどの街を歩いても、間口の開いた家族経営的な食堂や小規模店舗などが様々に目に付くところです。

 実は、韓国のこのような自営業者の約4分の1が、家族以外の人を雇っていると氏は言います。自営業者と自営業で働く賃金労働者を合計すると、雇用全体の約20%を占めている。自営業者が店じまいをすれば、自営業者自身のみならずそこで働いていた賃金労働者も失業してしまうということです。

 現に2018年に大統領によって最低賃金が引き上げられると、翌2019年には雇い人を抱える自営業者の廃業が急増したと氏は指摘しています。
 自営業者に雇われていた人(多くはパートタイムや臨時雇いの人々)も、彼らの廃業と同時に職を失うこととなった。かくして最低賃金の引き上げが雇用機会を減らすことになったというのが氏の認識です。

 こうした結果を生んだ原因を、氏は、政策当局が(若しくは大統領が公約検討段階で)非賃金労働者と賃金労働者の関係性を見落としていたことにあると見ています。重大なのは、賃金の上昇により自営業者が市場から退出し、低賃金の働き口自体がなくなるのを予測していなかったことだということです。

 また、たとえ廃業にまでは至らなくても、(最低賃金上昇による)労働コストを節約するため、既存の自営業者は自動販売機など省力化技術の導入を進めていると氏は話しています。そして、こうした動きの結果として低賃金労働者が失業に転落する可能性が高まり、世帯所得の格差拡大にもつながっているということです。

 こうした状況について、所得主導型の成長モデルでは「労働コストの上昇は生産性の向上で解決できる」ことを前提にしていると氏は言います。しかし、(大企業が圧倒的に多い韓国の製造業では確かにそうかもしれないが)規模の小さい事業者が中心のサービス業ではそうはいかないというのが氏の指摘するところです。 

 文大統領は、様々な理由や要因から最低賃金の大幅引き上げというインパクトのある公約を打ち出したのでしょうが、単一の政策を介してすべての産業で所得格差の解消をめざす、また経済飛躍の引き金にするというのは無理があるということでしょう。
 効果を上げるには、性格の異なる産業や地域別に異なる最低賃金を設定すべきだが、そうした方法に社会的なコンセンサス(合意)を得ることは難しいだろうと、氏もこの論考に記しています。

 そうした視点に立ち、「所得格差の問題は最低賃金で解決できるとの政治的スローガンは、単純明快で正しいようにみえる。だが現実の世界では、最低賃金は貧困と不平等を減らす社会政策の一つにすぎないのである。」とこの論考を結ぶ氏の指摘を、私も興味深く読んだところです。


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