<第2章>新聞販売所の叛乱
[第1回] 仕事としての新聞配達
夜遅く。ラジオの深夜放送を聞きながら机に向かっていると背後に、ドアを小さくノックする音。知らん顔して机に向かったまま。すると、そっとドアが開いてママが小声で「お紅茶、置いとくわね…」と言ってお盆を置く音がする。やがて小さくドアを閉める音がしてひとの気配が去りました。しばらくして振り向くと、ベッド脇の小さな台の上にお盆が。ティカップの横にケーキとカステラのお皿(ついでに「キンツバ」も書いとこ)…が置いてありました。さぁ~てと、一休みするか…。
――なぁ~んてことは、まったくの夢また夢。想像の物語でありまして、新聞販売所の2階和室の勉強部屋では襖一枚を隔てて隣の部屋では、夕食の時間が過ぎた頃から大学生店員の麻雀が始まり騒々しくパイをかけ混ぜる音が続いています。半荘がやがて夜通しへ、朝刊が届くころまで徹夜となる気配です。きゃつら、一体いつ勉強しているんだろう…なんて、たまに机に向かったからといって何も毒づくこともないのですがね。
でも、せっかく机に向かって明日からの中期試験の勉強しようと思っても、こんな環境じゃねぇ。と、自らの勉強不足を他人のせいに…しかし、この騒々しい音、何とかなりませんか!
住込みで新聞配達を始めて5年目となりました。定時制高校へ通い始めて3年目。早朝から新聞を配り朝食を摂って登校。夕刊を配って銭湯へ行って夕食。翌朝の新聞に折り込むチラシを束ねて準備完了、本日の業務は終わり。そして月末・月初の土日は配達先に集金業務…と淡々と連日の仕事は続いていきます。
【写真↓】朝刊を襷で担ぐとかなりの重量。これで走って配達だよなぁ。

私以外は大学生か予備校生が住み込みで働いています。私は学校が午前中で終わりますので、まともに帰店すれば?夕刊には充分間に合います。しかし大学や予備校に通う店員にとっては夕刊が4時から配達なので、仮に都心部に学校があると通学に1時間以上かかるわけで午後2時過ぎには学校を出なくてはならない。貧しい学生にとって、昼間に自由に勉学できる仕事というのはめったにありませんし夜勤労働か水商売では身体がもちません。またアパートを借りて食費を賄うだけで精一杯でしょう。そうすると住込みで牛乳配達か新聞配達しか働くところはありません。
作家・五木寛之は戦後間もない時期に単身上京し、寺の軒下に住みながら大学に通いバイトに明け暮れていた…と自伝に書いていますが、戦後20年を経ても若年労働者および地方出身の貧しい学生の置かれている根本的な課題は何ら解決されていません。
この当時の私の給与は手取りで月額1万数千円。入店以来、年千円程度は増えていたとは思うのですが、この金額が果たして住込み配達員の給与で適切、妥当なものかわかりようがありません。ましてや中卒の身では大きなことは言えないし…といった負い目もあります。確かに住込みで朝夕の賄い(食事)付ですから本来の給与から数千円が天引きされているので、額面で2万円くらいはあったのでしょう。仕送りはもとより他所からの金銭的援助もないのですが、まぁ家賃代はいらないし食事は昼食代さえ気にすればよいのかな…。
でも、手にしたお金は数千円を貯金に回し生活費、学費・通学定期代などで大半が消えてしまいます。生活費のなかには昼食代や銭湯、作業着・下着など身の回りの品々、学費には授業料にトレパン、文房具、バック・靴・ズックなどの学用品が含まれます。たまに学友とお昼を食べ映画へ行ったりしますので喫茶店・交通費など、どちらかといえば交際費に思わぬ出費が重なります。別に居酒屋で酒酌み交わす身分でもないので、時折、夕刊が終わって帰店途中の総菜屋で揚げたてのメンチカツをホクホク頬ばるのが唯一の贅沢という、至って生真面目な勤労青年を続けておりました…。
え?出費に何か申告漏れがあるのじゃないか…ですって? そうですねぇ~申告漏れといえば<両手に花>にお水を差し上げることですかねぇ。維持管理も大変だ――アナタ。よく気付きましたよねぇ~。そうなんですよ、クスン。お花を枯さないためにも…イヤ、ボクが枯らされていますよ~涙。
■週刊誌にみる今日の新聞販売所の実態
今年6月中旬発行の『週刊新潮』は、〔朝日新聞販売所のベトナム人に過酷な現場〕と題する、今日おかれている新聞販売所の実情をレポートしていました。
同誌の記事によると都内近郊の朝日新聞販売所で働くベトナム人Aさんは、昨年3月に来日し朝日の奨学金を受けながら日本語学校に通っています。午前2時起床し朝刊と夕刊の合間に日本語学校で授業を受け、「休みは月4日と新聞休刊日」だけとのこと。従来、「新聞奨学生」といえば地方出身の学生が大半を占めていたが、最近では過酷な労働が懸念されてか日本人学生が少なくなり外国人の配達員が増えているという。
【写真↓】新聞販売所の外国人雇用実態を明らかにした週刊誌

外国人の配達員は「衣食住付き新聞奨学生」というのは最大の魅力で、この条件を満たす仕事を他に探すのは容易ではないよう。また、雇用する販売店にとっては、日本人の奨学生を雇うことに比べ5万円は安く済むという。現在、都内で配達員を正式に雇うとアパート付で30万円、学生で約26万程度の負担。
ただ、同誌が問題にしているのは、建設現場や介護施設など仕事はあっても人手不足。この人手不足を補おうと外国人労働者への依存を高めているが、朝日新聞は常々、「人手不足が深刻なのに若者らは就職してくれないので、外国人に頼るしかない。しかし、定住してもらっては困る…政府の緊急対策は、場当たり的な対応だ」と批判しながらも、自らの新聞配達現場は「出稼ぎ労働者」然とした外国人だ――というものです。
今日、新聞社は全国紙の大手3紙をはじめ地方紙も購読者は減る傾向にあり発行部数は減り続け、新聞業界そのものが「斜陽」と呼ばれています。購読者が減ったことで配達区域が減り、そのぶん一人あたりの担当区域が広がって配達部数と労働時間が増えているそうです。だからといって配達手当てに反映されるわけではありません。
外国人労働者が様々な業種で、低賃金で長時間労働をさせられ暴力を受けるなどのトラブルが起きていることをマスメディアは報じます。しかし、その報道を行うお膝元の新聞社自らが外国人配達員を低賃金で重労働を課している現実。同誌は、「朝日新聞社員の平均年収は1280万円(13年)と高給であるのも、配達現場で奮闘するベトナム人奨学生らの貢献があるからだ」と指摘しています。
同誌の記事を一読して、40数年前に私が住込みで働いていた新聞店での環境と何ら変わっていない現実に驚きました。むしろ地方出身の学生からベトナム人などの外国人に労働者が代わっただけで、「新聞配達」という現場の労働条件はむしろ悪化しているようです。
――ところで、冒頭に現れた「ママ」って誰のこと?…とお尋ねでしょうか?
あのですね。『和服スナック楓』の美人ママですよ! お酒を注ぐときに、さりげなく着物の袖をズラして白肌の二の腕をチラッと見せるんだぁ…ん?違わい!ボクの母ちゃんだよ! 美人で●●な母ちゃんのことだ、よ――というのも想像の世界だよなぁ~。
[第1回] 仕事としての新聞配達
夜遅く。ラジオの深夜放送を聞きながら机に向かっていると背後に、ドアを小さくノックする音。知らん顔して机に向かったまま。すると、そっとドアが開いてママが小声で「お紅茶、置いとくわね…」と言ってお盆を置く音がする。やがて小さくドアを閉める音がしてひとの気配が去りました。しばらくして振り向くと、ベッド脇の小さな台の上にお盆が。ティカップの横にケーキとカステラのお皿(ついでに「キンツバ」も書いとこ)…が置いてありました。さぁ~てと、一休みするか…。
――なぁ~んてことは、まったくの夢また夢。想像の物語でありまして、新聞販売所の2階和室の勉強部屋では襖一枚を隔てて隣の部屋では、夕食の時間が過ぎた頃から大学生店員の麻雀が始まり騒々しくパイをかけ混ぜる音が続いています。半荘がやがて夜通しへ、朝刊が届くころまで徹夜となる気配です。きゃつら、一体いつ勉強しているんだろう…なんて、たまに机に向かったからといって何も毒づくこともないのですがね。
でも、せっかく机に向かって明日からの中期試験の勉強しようと思っても、こんな環境じゃねぇ。と、自らの勉強不足を他人のせいに…しかし、この騒々しい音、何とかなりませんか!
住込みで新聞配達を始めて5年目となりました。定時制高校へ通い始めて3年目。早朝から新聞を配り朝食を摂って登校。夕刊を配って銭湯へ行って夕食。翌朝の新聞に折り込むチラシを束ねて準備完了、本日の業務は終わり。そして月末・月初の土日は配達先に集金業務…と淡々と連日の仕事は続いていきます。
【写真↓】朝刊を襷で担ぐとかなりの重量。これで走って配達だよなぁ。

私以外は大学生か予備校生が住み込みで働いています。私は学校が午前中で終わりますので、まともに帰店すれば?夕刊には充分間に合います。しかし大学や予備校に通う店員にとっては夕刊が4時から配達なので、仮に都心部に学校があると通学に1時間以上かかるわけで午後2時過ぎには学校を出なくてはならない。貧しい学生にとって、昼間に自由に勉学できる仕事というのはめったにありませんし夜勤労働か水商売では身体がもちません。またアパートを借りて食費を賄うだけで精一杯でしょう。そうすると住込みで牛乳配達か新聞配達しか働くところはありません。
作家・五木寛之は戦後間もない時期に単身上京し、寺の軒下に住みながら大学に通いバイトに明け暮れていた…と自伝に書いていますが、戦後20年を経ても若年労働者および地方出身の貧しい学生の置かれている根本的な課題は何ら解決されていません。
この当時の私の給与は手取りで月額1万数千円。入店以来、年千円程度は増えていたとは思うのですが、この金額が果たして住込み配達員の給与で適切、妥当なものかわかりようがありません。ましてや中卒の身では大きなことは言えないし…といった負い目もあります。確かに住込みで朝夕の賄い(食事)付ですから本来の給与から数千円が天引きされているので、額面で2万円くらいはあったのでしょう。仕送りはもとより他所からの金銭的援助もないのですが、まぁ家賃代はいらないし食事は昼食代さえ気にすればよいのかな…。
でも、手にしたお金は数千円を貯金に回し生活費、学費・通学定期代などで大半が消えてしまいます。生活費のなかには昼食代や銭湯、作業着・下着など身の回りの品々、学費には授業料にトレパン、文房具、バック・靴・ズックなどの学用品が含まれます。たまに学友とお昼を食べ映画へ行ったりしますので喫茶店・交通費など、どちらかといえば交際費に思わぬ出費が重なります。別に居酒屋で酒酌み交わす身分でもないので、時折、夕刊が終わって帰店途中の総菜屋で揚げたてのメンチカツをホクホク頬ばるのが唯一の贅沢という、至って生真面目な勤労青年を続けておりました…。
え?出費に何か申告漏れがあるのじゃないか…ですって? そうですねぇ~申告漏れといえば<両手に花>にお水を差し上げることですかねぇ。維持管理も大変だ――アナタ。よく気付きましたよねぇ~。そうなんですよ、クスン。お花を枯さないためにも…イヤ、ボクが枯らされていますよ~涙。
■週刊誌にみる今日の新聞販売所の実態
今年6月中旬発行の『週刊新潮』は、〔朝日新聞販売所のベトナム人に過酷な現場〕と題する、今日おかれている新聞販売所の実情をレポートしていました。
同誌の記事によると都内近郊の朝日新聞販売所で働くベトナム人Aさんは、昨年3月に来日し朝日の奨学金を受けながら日本語学校に通っています。午前2時起床し朝刊と夕刊の合間に日本語学校で授業を受け、「休みは月4日と新聞休刊日」だけとのこと。従来、「新聞奨学生」といえば地方出身の学生が大半を占めていたが、最近では過酷な労働が懸念されてか日本人学生が少なくなり外国人の配達員が増えているという。
【写真↓】新聞販売所の外国人雇用実態を明らかにした週刊誌

外国人の配達員は「衣食住付き新聞奨学生」というのは最大の魅力で、この条件を満たす仕事を他に探すのは容易ではないよう。また、雇用する販売店にとっては、日本人の奨学生を雇うことに比べ5万円は安く済むという。現在、都内で配達員を正式に雇うとアパート付で30万円、学生で約26万程度の負担。
ただ、同誌が問題にしているのは、建設現場や介護施設など仕事はあっても人手不足。この人手不足を補おうと外国人労働者への依存を高めているが、朝日新聞は常々、「人手不足が深刻なのに若者らは就職してくれないので、外国人に頼るしかない。しかし、定住してもらっては困る…政府の緊急対策は、場当たり的な対応だ」と批判しながらも、自らの新聞配達現場は「出稼ぎ労働者」然とした外国人だ――というものです。
今日、新聞社は全国紙の大手3紙をはじめ地方紙も購読者は減る傾向にあり発行部数は減り続け、新聞業界そのものが「斜陽」と呼ばれています。購読者が減ったことで配達区域が減り、そのぶん一人あたりの担当区域が広がって配達部数と労働時間が増えているそうです。だからといって配達手当てに反映されるわけではありません。
外国人労働者が様々な業種で、低賃金で長時間労働をさせられ暴力を受けるなどのトラブルが起きていることをマスメディアは報じます。しかし、その報道を行うお膝元の新聞社自らが外国人配達員を低賃金で重労働を課している現実。同誌は、「朝日新聞社員の平均年収は1280万円(13年)と高給であるのも、配達現場で奮闘するベトナム人奨学生らの貢献があるからだ」と指摘しています。
同誌の記事を一読して、40数年前に私が住込みで働いていた新聞店での環境と何ら変わっていない現実に驚きました。むしろ地方出身の学生からベトナム人などの外国人に労働者が代わっただけで、「新聞配達」という現場の労働条件はむしろ悪化しているようです。
――ところで、冒頭に現れた「ママ」って誰のこと?…とお尋ねでしょうか?
あのですね。『和服スナック楓』の美人ママですよ! お酒を注ぐときに、さりげなく着物の袖をズラして白肌の二の腕をチラッと見せるんだぁ…ん?違わい!ボクの母ちゃんだよ! 美人で●●な母ちゃんのことだ、よ――というのも想像の世界だよなぁ~。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます