都立代々木高校<三部制>物語

都立代々木高校三部制4年間の記録

[ カフェテラス B-1 ] マンガ的マンガの世界 (その2)

2017年08月24日 15時59分15秒 | 第8部 夏から秋へ
〔第2回〕 エンピツ削り(1)

――お盆もいつの間にか過ぎて紺碧の空に入道雲が孤高にそびえ立ちます。夏至からすでに二ヵ月が過ぎ、日の暮れるのも早くなりました。
夏の終り。夕暮れの海辺を彼女と二人でゆっくり歩くと入道雲に夕陽が映えて、「嗚呼~もう夏も終わるのか…」とつぶやいたのは――何年も何年も昔のことでしたねぇ。。。。。

え。彼女って誰かって?…それが思い出せないのサ。さては認知症かな、なんて心配ご無用です。何人もの<彼女>と海辺を歩いたので名前を思い出せない、のさ。ふふ。
「オマエは気が多い」だって?――それがね、「ミツマメ君。浜辺で夕陽みたいの~」とのご要望にひとりひとり応えてあげる、優しさで溢れているのさ。。。。。まぁね。結果的に、その<優しさ>が自分の首を絞めることになって、ね。…嗚呼<夏の終り>は寂寥感が漂うのサ。ねぇ~。

■羽生生純『恋の門』
職場の事務所をウロついておりましたら、ある社員の机の上に置いてある1本のエンピツに目がとまりました。そのエンピツの先が本来、円錐形に尖って芯の部分が細くなっているべきなのに、どう見ても歯でかじったか爪先でむしったような筆先です。思わず手に取って「どのように削ったらこのような形になるのか…」と思案していましたら、隣に人の気配が。
振向くとそこに立っていたのは、給湯室でボクに対してマンガ本の続きの巻を強要した、あのタメ口女子社員です。「…わたし鉛筆、削れないんですぅ~」とさ。むひ。この女子社員には、かつて椅子に座ったままクルリと回って楽しんでいたのが見つかって、「ちゃんと仕事して下さいよ!」と恫喝をうけたことがあります。そこで、ここぞと名誉回復?を頭に、「ああ~そうかね。少し預かるよ」と言って手にしたエンピツを持ったまま自分の机に戻り、ものの数分で削り再び女子社員の机に向かって「ハイ。削ったよ」と差し出しました。
すると彼女は尊敬の眼差しで、「まあ~ステキ!どうしてこんなに上手に削れるのですか~?」と聞いてきます。ボクは一瞬ためらって「そりゃ年季が入っているからさ」と答えるのが精一杯でした。――しかし何故、自分はエンピツが簡単に削れるのだろう…と考えるまでもなく、かつてのエンピツ削りの日々を思い出しては暗ら~い気持ちになってしまいます。そこには深い深~い訳があるのです。。。。。

――社内で女子社員とマンガ本の貸し借りをしていると、思わぬマンガに出会うことがあります。女子社員が貸してくれるのは主に少女マンガ系が多いのですが、その代表格は<恋愛>に関する人間模様を描いたものでしょうか。
羽生生純『恋の門』はそのうちの一冊です。このマンガを借りたのは数年前の暮れのことでしたが、その描かれている中身が思ったより重くて正月休みの幾日かを胃の中に石が詰まったような感触で過ごすことになったのです。



主人公・門は、石を素材とした漫画芸術を制作するのですが、周囲の理解が得られません。恋人の恋乃はマンガ同人誌に投稿しながらコスプレの世界では高い評価を得て、OLとして勤め先の給与以上に副収入も多いのです。そんな二人が出会って恋をするのですが、互いの負い目や打算、思いやりと慰め、その一方で疑心暗鬼と嫉妬。焦燥、怒りなどあらゆる感情がむき出しとなるなかで周囲の視線、嘲笑、経済状況など恋愛関係に絡む様々な状況が襲ってきます。
そこには、無意識のうちに潜む「主導権を握りたい」というエゴと自己欺瞞や迷いが痴話ゲンカとなるかと思うと、ぎこちなくも優しい歩み寄りがあるのですが――誰もが「激しい恋をしたいな」と思うのでしょうが、この『恋の門』には<激しい恋>ゆえの不器用な恋愛感情の総てが詰め込まれている、といっても過言ではないでしょう。

主人公・門が精神的に追い込まれ絶望感著しい心象を、重い石を抱いたまま落ち込んでいくコマ表現は、まさしくボク自身がオナゴに捨てられた時の<重い石を抱いた>状況と全く同じなので涙してしまいます…グスン。恋乃はマンガ同人誌に投稿しコスプレの世界を闊達に生きているのですが、この<コスプレ世界>の内情を知り得たことは喜ばしいものです。
コスプレとは「コスチューム・プレイ」を語源とする和製英語の略称ですが漫画やアニメ、ゲームなどの登場人物やキャラクターに扮することです。このジャンルの愛好者や同人サークルが集まるコミックマーケットや同人誌即売会を始めとする各種イベントが行われていますが、ボクは参加したことはありませんし参加したいともおもいません…かな。ん。

■つげ義春『ねじ式』
題材として主人公が<石>に固執する行為は、つげ義春の作品『無能の人』を連想してしまいます。『無能の人』の主人公・助川助三はかつて名前の知れた漫画家であったのですが、最近では仕事も減り執筆の依頼が入っても自ら「芸術漫画家」を自称し、プライドがあることから断り続けて貧乏な日々を送っています。やがて漫画以外の新たな道を模索し、川原で拾った石を掘っ立て小屋に並べて「石を売る」商売を始めるのですが、結局、石はひとつも売れず家族で絶望する、という物語です。1991年に映画化され、主人公に竹中直人、妻役に風吹ジュンが演じています。
なお、羽生生純が『恋の門』主人公・門が石を素材とした「漫画芸術」を制作するアイデアは、このつげ義春『無能の人』をヒントとしているようです。

ところで、つげ義春の代表作に『月刊漫画ガロ』(1968年6月増刊号)に発表された作品『ねじ式』があります。
海岸でメメクラゲに左腕を噛まれて静脈を切断された主人公の少年が、「ボクは出血多量で死ぬかもしれない」と死の恐怖に苛まれながら医者を必死に探しながら漁村らしき奇怪な村を放浪し、不条理な世界に迷い込んで産婦人科女医に出会い「シリツ」(手術)を受けることで事なきを得るという話です。
標題の『ねじ式』というのは、切断された左腕の静脈を手術で縫合し、そこに「ねじ」を埋め込んでいることから付けられたものでしょう。最終コマで主人公の少年が「…このねじを締めるとボクの左腕はしびれるようになったのです」というオチがついてます。



つげ義春は若い頃、「ゲゲの鬼太郎」など妖怪漫画の第一人者・水木しげるの仕事を手伝っていました。『ねじ式』は、つげが自ら見た夢をベースに「シュールなものを描きたい」という構想に基づいて創作されたといわれていますが、作品が発表された当時は従来の漫画界では斬新で「マンガ手法の革命」と言われたほどです。つげ義春のなかで好きな作品は『紅い花』や『山椒魚』、『もっきり屋の少女』などがあります。

『紅い花』は山村で生活する少年少女の物語です。少女サヨコはひとり峠の小さな茶屋の留守番を任されているのですが、少年チヨジはサヨコに会うとからかってばかりいます。ある夏の日の昼下がり、サヨコは茶屋で体調が悪く「腹がつっぱって…」とつぶやきます。そんなサヨコが着物をはしょって川のなかにしゃがみこむと、そこに紅い花が散らばるように流れ渦巻いていくのです。
その光景を見詰めていたチヨジは驚き川辺に倒れているサヨコに近寄ろうとするのですが、「寄るな!腹がつっぱる」と怒鳴られ退散します。やがて茶屋で寝そべるサヨコに少年は優しく声をかけ背負って山を下っていく――思春期の少年少女の機微を描いた名作だと思います。



『山椒魚』は、井伏鱒二の短編小説『山椒魚』をヒントにした作品です。井伏の小説では、成長しすぎて自分の棲家である岩屋から出られなくなってしまった山椒魚の悲嘆をユーモラスに描いていましたが、つげ義春の山椒魚は冒頭「俺がどうしてこんな処に棲むようになったのか分からないんだ。気がついたら、この悪臭と汚物によどんだ穴の中にいたのさ」と呟くところから始まります。
そんな「悪臭と汚物によどんだ穴の中」には自転車や空き缶、空きビン、看板、ときに猫の死体などが流れ込んでくるのですが、「俺はいつのまにか俺でなく、まったく別の生き物になってしまったのだ」と、この環境に慣れ親しんでいきます。ある日、山椒魚が昼寝をしていると妙なものが頭にぶつかります。それは初めて触れる物体で「さっぱり正体がつかめず俺は三日も考えたものさ」。結局、腹を立てて頭突きをして下流に流してしまうのですが、それは嬰児の遺体でした。

つげ義春の作品が掲載された『月刊漫画ガロ』(青林堂)は、編集者の長井勝一と漫画家の白土三平によって1964年7月に日本初の「青年漫画雑誌」として創刊され、『カムイ伝』の白土三平や水木しげる、滝田ゆう、永島慎二などがレギュラーとして作品を発表していました。
『ガロ』は商業性よりもオリジナリティあふれる作品を重視しており、編集者の干渉が比較的少なく作家側にすれば自由に作品を発表出来たため、新人発掘の場として独創的な作品を積極的に掲載していました。それまで「漫画」という表現を選択することのなかったアーティストたちにも門戸を開放する結果となり、ユニークな新人が続々と輩出されるようになって新たな<マンガ文化>の登場が図られ60年代末の全共闘世代の学生達に強く支持されていました。


――そんな<マンガ的マンガの世界>をボンヤリ考えながら、パソコンの画面を眺めていましたら右脇腹を尖ったもので突かれました。「嗚呼ダメ~。ボク、脇腹が弱いの~感じやすいの…イヤ~♪」と思わず口に出そうになって振り向くと、あのタメ口女子社員がエンピツをかざしてニッコリ笑って立っています。その後ろには何と二人の女子社員が数本のエンピツを手に手に、こちらもニッコリ笑顔で。つまり三人の女子社員が揃ってニッコリ顔…これほど恐怖を感じるものはありません。

タメ口女子社員が代表して「部ちょ~う。エンピツ削って下さ~い♪」とな。そして「お仕事終わったら、わたし達にカキ氷奢って下さ~い♪」だって。「オイ。エンピツ削りを頼んだのはキミらじゃないか。お礼にカキ氷奢るのは…」と言おうとしたのですが、先を征されて「部ちょ~う。エンピツ削るの楽しみでしょう?ですから、わたし達がエンピツ持ってきました~。もうすぐ夏も終わっちゃいますよ。うふ」だって。

なにが「夏も終わっちゃいますよ」だ。本末転倒の理屈じゃないか!――と言おうとしたのですが、理由は何でもよかったのですね、彼女たちは。結局、四人でカキ氷食べることになりました。何しろボク達四人は、いつもマンガ本を貸し借りする仲ですもの。ん。
コメント
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