私事ですが、7月3日に母方の祖父が亡くなりました。
去年の秋に脳梗塞で倒れて1ヶ月半入院して、退院してからは順調に回復してちゃんと歩けるようになったし身の回りのことも全部自分で出来るようにまでなって。
つい3ヶ月前には車に乗って近所の桜を見に行って、お寺の階段もゆっくりながらしっかりした足取りで上っていて。
元気になってくれて本当に良かった!って思ってた。
でも、6月のあたまに旅行の予定を立てていたその数日前に再発、入院。
悪くなることはあっても良くなることはないと先生に言われていたから、今度はそれなりに覚悟をしていた。
それでも容態が安定して、別の病院に移るための打ち合わせをした次の日に。
突然容態が悪化してあっという間に逝ってしまった。
看護婦さんがほんの少し部屋を離れていた間に心停止したらしく、家族も誰も最期を看取ることが出来なかった。
私がそれを知ったのは亡くなった1時間半後。
仕事中に何気なく開いた携帯に届いていた母親からのメールと不在着信。
…あまりにも悲しい。
陸軍士官学校を卒業して、戦闘機のパイロットとして戦争に行って。
戦後は航空自衛隊。
そのせいもあるのかは分からないけど、厳格で寡黙。
母親曰く「恐いばっかりで何もやりたい事をやらせてくれなかった」と。
私や弟に対しても厳しかったし、だけどとっても優しいおじいちゃんだった。
お酒が大好きで、大晦日やお正月に酔っ払うといつも陽気に歌ってた。
私が飲んべえなのもそれなりに強くて顔に出ないのも、おじいちゃん→母親→と血を引いているから。笑
釣りも大好きで子供の頃はおばあちゃんの家に行くとよく海に連れて行ってくれたり。
趣味で10年以上やってた畑での野菜作り、おじいちゃんの畑の野菜は売り物に負けず劣らず立派で美味しかったなぁ。
でも、思い返してみると私は孝行らしいことを何も出来なかった。
もっともっと一緒に過ごしたかったし、話したいこともたくさんあったのに。
…なんてことを思うたびに涙腺が弛んでしまうし、いくら悔やんでも悔やみ切れない。
この数日間本当にたくさん泣いて今かなり放心状態だし抜け殻です。
昨日のお通夜と今日の告別式と、慌ただしく過ぎた今はなんだか心の中にぽっかり穴が空いたみたい。
生きている限り、いつか必ず訪れる最期の時。
いくらそれを覚悟していたって、やっぱり悲しいもの。
だけどいつまでも悲しんでるわけにはいかないから。
あと少しだけ泣いたら、ちゃんと前を向いて頑張ろうと思った。
それが今私が出来る何よりの孝行だと思うから。
今はただ、どうか安らかに。