†Incostanza†

移り気な私の日々のひとりごと

Tanti auguri!!

2009-04-29 23:33:51 | つれづれ

いやーびっくり。
まだまだ身を固めることはないと思ってたのに。
っていうより、ずっと独身を貫きそうなイメージを勝手に持ってたのに。
ビックリし過ぎて一瞬ワケ分からんかったよ。


でも、いつかきっとこんな日が来るんだと思っていたのも事実。
寂しいとかショックとか、そんな感情はこれっぽっちもなくて(いやホントに)
むしろ私まで嬉しくて幸せな気持ちを分けてもらったような気がしました。




だって、ねぇ。
十数年もずーっと、「世界一好き」とか言い切っちゃうほど好きなんだもん。
幸せを願わずにはいられません。





Jさんが入籍したということで。
本当にめでたい!!
これからも変わらずロックなJでいてください。
変に落ち着いちゃったら許さないよ、マジで。笑
いやJに限ってそんなことはありえんと思うけど(´`*)




Felicitazioni vivissime!
Vi auguro che possitate essere sempre felici.



いつまでもずっと、お幸せにv



♪:INCONVENIENT IDEAL


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ドキドキ

2009-04-24 00:28:02 | つれづれ

伸びた髪が手に追えなくなってどうしようもなかった今日このごろ。
思い立って会社の近くの美容院を口コミ検索&予約して行って来ました。



考えてみたら中学に入学してから今に至るまで。
いつも行ってる美容院以外をほぼ知らない私。
浮気したのは2回だけで、そのうちの1回は見事に事故りました。
なので今回も不安というか緊張というか…ね。
しかもオシャレさんが集う銀座です。
チキンな私は軽く挙動不審でした。
ほんとヘタレです。
慣れてるいつもの美容院とは勝手も違うしオドオドしまくったワケですが…。




結果。




大満足なり☆






担当してくれたスタイリストさんがとっても気さくな方で良かった。
矯正かける時もカットの時も、私の髪質を見ながらたくさんアドバイスをくれたり。
おかげでクセが目立ち始めてた髪もすっかり落ち着いたし大分スッキリv
今までずっと、雰囲気的に私には向かないと思ってた銀座エリアの美容院ですが、
思い切って行ってみて良かったです(´`*)
会社から歩いて10分もかからないし、また機会があったら行ってみよう♪






…まぁでも、Hさんの顔が浮かんだのも嘘じゃないけどな!笑
浮気してごめんなさいと軽く罪悪感。
そのうちカラーで行こうと思ってるからその時に癒しをいただこうと思います。笑



さて、明日も仕事だ。
眠いけどがんばろー、うんそうしよー。



♪:GUNS



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縁の地巡りの巻・その4

2009-04-13 22:44:24 | 縁の地巡りの巻

4.5 Sun
油小路~不動堂村。
あとちょっとだけ続きます。



・本光寺
壬生から歩いて戻って来て、西本願寺に面した大通りを入った細い道が油小路通り。
ここは伊東甲子太郎が暗殺される&伊東一派残党と新選組の乱闘「油小路の変」の舞台になった通りです。
新選組から離れて御陵衛士となった伊東が近藤暗殺を企てた(諸説あるみたいだけど)ものの、
その計画を知った近藤に先手を打たれたというのが通説。




本光寺は見つけられなくて大分ウロウロしました。
分からなくて、立ち止まって地図を見てたら声をかけてきた理容室のおじさん。


「どこ行きたいん?」


あ、えーっと。
この本光寺っていうのは…


「あぁ、それならあそこやな」


私たち、全く見落として通り過ぎていたようです。笑
一見すると普通の民家のような出で立ち…というか、扉が閉ってたからかな。
昔はこの角まで敷地があって門もそこまであったんやけどな、とおじさん。
斬られた伊東甲子太郎はこの寺に逃げ込もうとしながらも門前で絶命。
その時に寄りかかっていた石塔は、今は門の内側にあるのですが……。
「門の隙間から覗いたら見える」とおじさんが促してくれるので(笑)覗いてみたら、ほんとだ見える。
ていうか、きっとウチら2人だけだったらこんな大胆な事出来んかったと思うよ。笑

さらにその方からいろんな話を聞かせていただく。
当時はこの油小路がいちばんの大通りだった事もそこで初めて知ったり。
そのおじさんのおじいさまから聞いたという新選組にまつわる話も。
写真に撮ったこの伊東さん殉死の石碑が建った時には伊東さんの子孫の方も来ていたとか。
大河ドラマの影響で数年前はこの近辺も人で溢れ返っていたとか。
おまけに新選組縁の地を網羅した観光用の冊子などもいただいてしまい、本当に良くしていただきましたv



おじさんにお礼を告げて油小路を後にして最後にここへ。



・不動堂村屯所跡
西本願寺の境内での剣術訓練や大砲訓練を連発などなど、半ば嫌がらせな行為(笑)を繰り返した新選組。
これに我慢出来なくなった西本願寺側は費用を全て負担して不動堂村に新たな屯所を建設。
莫大なお金を払ってでも新選組に出ていってほしかった…のかも?
この不動堂村の屯所は敷地1万平方メートル、幹部の個室はもちろん、お風呂は一度に30人が入れるほど。
更には使者の間や客間もあって台所も広く、大名屋敷のような屯所だったらしいです。
広さと快適さで言えばこの屯所がいちばんだったのかな。
そんな広大で豪華な屯所で彼らが過ごしたのはたった半年。
慶応3年12月に引き払い、新選組は伏見奉行所に布陣して翌年には鳥羽・伏見の戦いが勃発。


いわば、京においての新選組最後の屯所というわけです。


今ではこの場所にはリーガロイヤルホテルが建っていて、面影は何一つ残っていないんだけど。
このホテルの前に屯所跡の碑がありました。
ここから伏見へ移った時に彼らの胸に過ったのはどんな思いだったんだろう…。




ここでタイムアップ。
私の帰りの新幹線の時間まで30分。
これじゃやっぱり池田屋跡とかいろいろ見どころ満載な河原町界隈には行けないね、ってことで。
ある意味新選組縁の地を巡る中で絶対に外せないポイントを諦めるハメになってしまいました。
…このブログでもそうだったように(笑)壬生で時間を費やし過ぎたな。

でも仕方ない。
壬生には新選組の影が見え過ぎるから。
150年近く経った今でも、その場に立つと情景が目に浮かぶようなリアルな感覚。
確かに彼らがそこに生きた証がたくさん残ってる、そんな場所でした。
池田屋方面と伏見は次回リベンジ!ということで。
うん、また絶対巡りに行こうと心に決めました。



自分の足で歩いて廻って、自分の目で見て肌で感じて。
新選組にますます魅了された京都での縁の地巡り。
いつか必ず函館に行く!という想いは更に強くなったわけですが。。


確信したね。


一本木関門があった場所に立ったら私は間違いなく泣くよ。



…痛いと言われようが泣く自信があります。
それを壬生で確信しました。
どんな創作小説やドラマの中の彼よりも、史実の土方歳三が好きだから。


なんて、最後はどうでもいいお話でした。
しかしこんなマイナーな観光ブログ、読んでくれた奇特な方はいるんだろうか。笑



♪:ピンクキラー


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縁の地巡りの巻・その3

2009-04-12 23:51:32 | 縁の地巡りの巻

引き続き4.5 Sun.
壬生~油小路。


前川邸を出てすぐ。
距離にしたら50mもないくらいかな。


・八木邸
前川邸と共に屯所になった邸宅。
巻き添えを喰らうことを恐れたらしい家人が別宅へ避難した前川邸とは違って、
八木家の人たちは隊士達と一緒に生活していました。
八木邸は主に芹沢一派が生活していたもよう。

頭のキレる初代筆頭局長、芹沢鴨が暗殺されたのがここ八木邸の一室。
何しろ酒癖が悪かったらしいこの方。
素面でいる事の方が少なかった彼は多方面で粗暴な振る舞いを繰り返していたようで、
いい加減それに業を煮やした会津藩は近藤・土方らにその処置を命じます。
彼らは「酒を飲ませて酔わせ、寝込んだところを襲う」という方法で芹沢を殺めました。
酔わせるための酒宴を開いたのが島原の角屋。
その手はずを考えたのは土方。
そして1863年9月16日(18日説もあり)、雨の降る深夜。
計画の実行にあたった人物は土方・沖田・山南・原田の4人だと言われています。


八木邸内に入るとちょうどガイドが始まっていたところでした。
本玄関から入って奥にある10畳間で八木家と新選組の関わりなどなど、お話を聞く。


「暗殺された夜、芹沢鴨はこの部屋のここに寝ていました」


わ、ちょうどウチらが今立ってる辺りだね。

こっちに足向けて寝てたのか…。


そしてガイドさんが説明を続けながら隣の部屋に案内してくれる。


「慌てて飛び起きて脇差で応戦して、この部屋に逃げ込んだんですが、…」


当時と全く同じ場所に置かれた、現存する文机。
この机に足をとられてつまづいたところをずた斬りにされて絶命。
その時に出来たであろう鴨居の刀傷が、その壮絶さを物語ってるみたいだった。
信念で同じ組織の人間を斬ろうとした刀の傷なのか。
それとも、必死に抗った刀の傷なのか。
…なんかね、上手く言葉に出来ない感情に捕われてしまいました。

引き続きガイドさんのお話は続く。
新選組の衰退を、自分の中に知識として持ってるはずなのに。
それを自分以外の人の言葉で聞くとまた新鮮?というか。。


あれ、ちょっと目頭熱いな。

やばい何か無性に泣きそうだ、堪えろワタシ。



って、必死に我慢してたら「ヤバい、めっちゃ泣きそう」とDさん。




……良かった、ちょっと安心。笑



ちなみに。
中庭は当時、今の倍ぐらいの広さがあったんだそうです。
昔は閑静な農村地帯で、この中庭からは二条城も見渡せたらしい。
そして別の方向には島原の灯りも見えたんだとか。






少し逆光気味ですが、八木邸に咲いてた桜。
浪士組結成~八月十八日の政変を経て新選組の名前を賜り、池田屋事件で全国に名を馳せて栄華を極めるまで。
おそらく最も充実した時期を過ごしたのがこの八木邸と前川邸だったのかな。
死と隣り合わせにあった彼らの日常の中にも、きっと。
こんな穏やかな春の日差しと咲き誇る桜という「非日常」が存在していたんだと思う。


と、そんな事を考えながら。
隣のお店で抹茶とお菓子をいただいてまったりした後、次の場所へ。


・壬生寺
八木邸から歩いて更に数分。
ここもまた、新選組とは縁深い場所です。





この壬生寺境内は新選組の兵法調練場に使われていて、大砲をぶっ放したりもしていたらしい。
寺にしてみたらこんな神聖な場所で迷惑な話だったのかもしれないよなぁ。笑
この無謀さというか奔放さは西本願寺に屯所を移転してからエスカレートしてるしね。
(これは新たな屯所移転に関わる資金を寺側から引き出すための土方さんの策略だったらしいけど)
他に、沖田総司が近所の子供達を集めて壬生寺の境内で鬼ごっこをして遊んだという逸話も有名です。


「この景色、見た事ある」

「私もある。あれだよね」

「そうそう、あれ!」


…Dさんとそんな会話も交わしつつ。笑
「あれ」ってのは、まぁアレだよ、あれ。何





境内の壬生塚にある近藤勇の胸像。
向かって左側には遺髪塔。
この壬生塚にはその他に暗殺された芹沢鴨、平山五郎のお墓。
勘定方、河合耆三郎のお墓。
池田屋事件で亡くなった隊士3人を含む計7人の合祀墓もあります。



一回りしたところでそろそろ時間が気になり始めました。
というわけで急ぎ足で次へ。



壬生エリアでの事をいろいろ書き過ぎたorz
その4へつづく。



♪:鬼眼 -kigan-



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縁の地巡りの巻・その2

2009-04-08 00:07:09 | 縁の地巡りの巻

引き続き観光の巻。
まさかの「京都でバサラ」のせいで2人揃って寝不足のまま巡りスタート。



4.5 Sun.
二条城~壬生エリア


・二条城
チェックアウト&雑用を済ませて、まず地下鉄に乗って二条城へ。
おそらく今回廻ったルートの中でいわゆる「観光名所」と呼ばれる場所はここぐらい。
前日の西本願寺もそうかな。
それもあってか(そしてちょうど桜の時期だったからか)二条城はもの凄い人でした。
二条城は幕末に大政奉還が行われた歴史的な場所。
二の丸御殿は国宝にも指定されてます。
とにかく豪華。そして一部屋の広さも桁違い。
ここでどんな生活を送っていたんだろうとか、
冬は寒かったんだろうなぁとか、そんな事を考えながらも人の多さに少し酔い気味の私。


御殿内を見たあとは庭園~桜の園をのんびり散策。





桜も大分咲いてました。
この時期、夜になるとライトアップされてるみたいです。
二条城の夜桜…うん、ぜーったい綺麗だと思う!



二条城を出て一服しながらしばし作戦会議。笑
ここから壬生までの移動手段を考える→時間短縮でタクシーに乗ろう。
…だがしかしタクシーがつかまらない。
路肩にたくさん止まってるのは回送車ばっかり。



「「……歩こうか…(疲)」」


仕方なく歩いて壬生を目指す事にしたんだけど、歩いてみたらそんなに遠くない。
いろいろ喋りながら歩いてたからかしら。
あとはやっぱり、天気が良かったからかな。
前日は雨で大変だったし。


そんなこんなで、大通りから細い路地に入る。


「地図ではこの辺のはずなんだよね…」

「…あ、ここだよここ」


目の前に見つけました。


・旧前川邸
新選組が京に来た時、最初に屯所としたのがここと八木邸。
隊士達の生活の場になった場所で、初期の頃は近藤・土方などなど幹部も平隊士と一緒に雑魚寝していたんだそう。
書き置きを残して脱走を図って連れ戻された山南敬助が切腹をしたのが前川邸の一室。
長州派の勤王志士、桝屋喜右衛門こと古高俊太郎が壮絶な拷問を受けたのも、前川邸の土蔵。
この自白からあの池田屋事件が起きたのは有名なお話です。


今は田野製袋所+個人のお宅になっているために邸内は公開されていません。
土日祝日だけ、門を入ったところと土間で新選組グッズの販売を行っているとのことで。
いろいろと見てテンションも上がる上がる。笑
観賞用の模造刀なんかも売ってました。





隊服・愛刀・鉢金のミニチュアセット。
刀置きも入っててちゃんと飾れます。
ディスプレイに並んでたのが可愛くて、よし買おう!
商品はレジで言って出してもらうみたいだったのでショップの方に聞いてみる。


「ごめんなさい、土方さんのは売り切れなんですよ~」


……(T T)
他の2人はありますと言われたのでお買い上げ。
沖田総司セットは職場のTさんへのお土産にしてみました。
(喜んでいただけて良かったv)
うー…でもやっぱり土方さんセット欲しかったなぁ…。




同じく物色してお買い物をしたDさんと満足しながら旧前川邸を後にして、次に向かうは八木邸。



…って思ったんだけど。
思いの外長くなり過ぎたのでひとまずここで終わります。
八木邸以降は次へ続く(多分)



♪:Berry


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縁の地巡りの巻・その1

2009-04-06 00:33:47 | 縁の地巡りの巻

今回京都行きを決めた理由がライブ以外にもうひとつ。
新選組の縁の地を巡る」と、まぁ趣味丸出しな感じで。笑
Dさんが見つけてくれたガイドブックを頼りに計画を立てて、その目的を果たしてきました。
それをちょっとだけ書き留めておこうかと。


4.4 Sat.
西本願寺~島原

名古屋でDさんと合流してお昼過ぎに京都に到着。
やっぱり京都は雨でした(T T)
ホテルにチェックインしてご飯を食べてからいざ出発。
この日はライブまでの時間で廻れる場所をと、駅から比較的近いエリアを選びました。


・西本願寺
新選組の2つ目の屯所。
北集会所と太鼓楼(こちらは現存)という建物が使われていたらしいです。
ここは中をサラッと観ただけで終了。


雨の中、次は島原方面へ。


・島田魁家跡
箱館まで土方歳三に付き従って戦い抜いた人。
彼は箱館戦争が終わってから、土方さんの戒名を書いた布をいつも懐に携えていたらしい。
そんな島田さんの家跡があるという細い路地を目指して歩きながら「…どこか分からん」と2人でしばし彷徨う。
ガイドブックに載ってた写真と目の前の路地を見比べてみる。
うん、多分ここだ。
島田さんは西本願寺で警備員として働いて、亡くなったのも西本願寺だったとか。
どんな運命の巡り合わせなのか、新選組が屯所として使っていた場所で最期を迎えたというわけですな。
感慨深いものがあります…。


・島原大門
少しだけ思いに耽りながら島原大門を目指す。
華やかな花街へ足を運ぶ人たちがくぐったであろう門。
存在感たっぷりです。
ちなみに島原西門は今では跡しか残っておりません。
新選組の面々も足しげく島原に通ったようですが、壬生方面からだと西門をくぐったのかなぁ。
方向的に大門より西門のが近いだろうし。
残ってないのが残念。


・角屋
その大門をくぐって歩くこと数分、角屋を発見。
日本に唯一残っている揚屋建築。
揚屋とは現代の料亭みたいなもので、ここに置屋から芸姑さんや太夫を呼んで宴会を開いたんだそうな。
芹沢鴨が暗殺された夜、最後の酒宴が行われたのも角屋・松の間。
彼はそれ以前にも角屋に出入りしてお酒を飲んで暴れたことがあったようで…
その時の刀傷が今でも残ってました。


入場券を買って中に入ったら、ちょうどあと10分くらいで説明会が始まるとのこと。
それまで展示物を眺めたり部屋の広さと装飾に感動したり。
そんなこんなで松の間にて説明会スタート。
興味深い話をいろいろ聞けました。
松の間だけは火事で焼けて建て直したために国の重要文化財には指定されていないんだって。
「だからこのお部屋だけ空調が取り付けてあるんです」と、説明して下さった方。
なるほど、確かに他の部屋は寒かったもんな。。
でもこの角屋、襖絵も細かい装飾も本当に美しくてDさんとキラキラしてしまったー。
2階の見学に予約が必要な事を知らなかったから、今度は予約してぜひ2階のお座敷も見たいなぁ。



角屋をめいっぱい堪能したところでいい時間。
最寄り駅まで歩いて、そこから電車で隣の京都駅まで戻りホテルへ帰って来ました。
夜はディルのライブ。
この激しいギャップも面白いなーと思いつつ。笑
1日目終了~。
そういやこの日は雨降りやら何やらで写真を一枚も撮れなかった…。





観光とは何も関係の無いお話ですが。
夜中、明日に備えてそろそろ寝ようと話していたらテレビから何やら知ってる声が。



画面に目を向ける2人。



一瞬固まる2人。




「「バサラ――――っ!!!!」」



思わず叫ぶ2人。



そうか京都ではアニメ版BASARAは土曜日の夜中なのか。
結局最後まで見ちゃったじゃないか。
いろいろツッコミ入れながら、明日の朝が早い事も忘れてテレビに釘付けになる女が2人。
行きの新幹線の中で「第1話を見逃した」と話していたDさん。
無事に見れて良かったね。笑



…と、余談でございました。
2日目の観光レポ?は次に続く(はず)



♪:FILTH


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ライブの巻

2009-04-05 23:48:57 | Dir en grey

痛みから生まれる優しさ。



4.4 Sat.
ディル@京都KBSホール



私にとっては約4ヶ月ぶりのディル。
ヘドバンしたら最初の一振りで軽い目眩。
たった4ヶ月でここまで鈍ってしまった自分の首に少しせつなくなりました。
いやきっととしのせi(ry
それでも構わず振ってやりましたが。
次の日の首の痛みが懐かしい。
でも、しんどいけどその激痛は嫌いじゃない。
そう思うのは昔から変わりません。



…ドMですから。笑




どんなに他にかまけてたって、好きな気持ちは変わらない。
むしろ出会った頃よりもその感情は大きくなってるから。
じゃなきゃ泣いたりしないよ。
ツアーにほとんど行かなくなった本当の理由は、それを理解してくれる人だけが知っててくれたらそれでいい。
こんなところに書くようなことでもないし書くつもりもないけど。




でも。




冷めたから行かなくなったワケじゃないんだ。
今だって大好きだもの。
彼らの奏でる音と声を求める気持ちは何ひとつ変わらないんだよ。





そんな事を考えた京都での夜。


京くんが煽りまくってたくさん喋ってくれて。
その度にテンション上がりまくってそのまま昇天してしまいそうでした(´`*)笑
本当に楽しかった!



♪:蜷局


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