ジュリー見〜つけた💕

沢田研二さんやザ・タイガースにかかわることを あれこれと・・・

♫危険なふたり by長さん&ジュリー

2022年04月25日 00時20分00秒 | 日記
milky4465です。
ジュリー見〜つけた

去る4月20日は、13年の長きに渡って、
J様をプロデュースなさった加瀬邦彦
さんの命日でした。

湘南boyらしい爽やかなマリンカラーの
ジャケットの下に、ボーダー柄のシャツ
をのぞかせ、愛用の12弦ギターを手に、
優しく微笑む加瀬さん。

明るく軽快な話し声が、私の頭の中で
リフレインしています。



そして、この日、CSファミリー劇場では、
「ドリフ大爆笑」に、J様がゲスト出演し
た回が放送されました。

何と偶然にも、加瀬さんによるJ様の
初プロデュース曲、
 危険なふたり のコントでした。

しかも、志村さんとのコンビではなく、
いかりや長介さんとの

J様が、ノリノリで歌います。

♫今日までふたりは 恋という名の



♫旅をしていたと 言えるあなたは




♫年上の女 美しすぎる(1回目)




♫年上の女 美しすぎる(2回目)




ジュリー お世辞はイヤ(と、長さん〕


長さんにドンと突き飛ばされ

ジュリーに覆い被さる変顔の長さん


この曲をいじって、笑いをとるなら、
やっぱり、J様が好きなこのフレーズ
 ♫年上の女 美しすぎる
しかないでしょう。

様の歌声と笑顔に癒され、そして、
長さんのへんてこダンスと決めゼリフ
に、大いに笑いつつ、加瀬邦彦さん
いかりや長介さんのありし日のお姿を
偲びました。

お二人のご冥福をお祈りいたします。
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週刊文春「ジュリーがいた」 〜歌謡曲の時代③「勝手にしやがれ」

2022年04月17日 06時14分00秒 | 日記
milky4465です。
ジュリー見〜つけた

週刊文春4月21日号が、4月13日(水)に
配信されました。

 ジュリーがいた 歌謡曲の時代3
 「勝手にしやがれ」



J様19枚目のシングル 勝手にしやがれ
(作詞:阿久悠、作曲:大野克夫、編曲:船山基紀)
が発売されたのは、1977年5月21日。

この年は、J様が 勝手にしやがれ で、
ースを総なめにした輝かしい年です。

第19回 日本レコード大賞・大賞
第8回   日本歌謡大賞・大賞
第10回 日本有線大賞・大賞
第10回 日本作詞大賞・大賞
77全日本歌謡音楽祭-ゴールデングランプリ
第6回 東京音楽祭
  国内大会・ゴールデンカナリー賞
  世界大会・銀賞
オリコン1位(5週)
オリコン年間4位



渡辺社長から「絶対1位にせよ」との命
下ったものの、コバルトの季節の中で
さよならをいう気もない は、惜しくも
届かず。次の曲こそ、何としても1位に

本号には、その楽曲が完成する迄の紆余曲
折と、楽曲完成後の加瀬邦彦さんや木﨑賢
さんによる戦略が綴られていました。

あざとくてダサい詞

新しい価値観を生み出せる人


素晴らしい歌唱力のおかげで

チームの一員として

衣装はこれで

(週刊文春4月21日号 P7〜11一部抜粋)



レモンイエローのスリーピースに、クラッ
シック柄のネクタイ、襟にマーガレットを
さし、ボルサリーノのパナマ帽を被るJ様。
この年、この姿をどれだけの数、TVの画面
を通して観たことでしょう。

その度に、J様が考えたと言う振り付けを
真似て踊り、帽子飛ばしに興じた私です。

近年のライブでは、1977年バージョンの
振り付けに、少々おまけも付いてます。
何と、一人で二役

このフレーズ〜
  悪いことばかりじゃないと
  想い出かき集め
  鞄につめこむ気配がしてる

両手で、想い出を自分の方に手繰り寄せ、
ポンポンポンと鞄にいれてしまいます。

「出て行こうとしているのであろう彼女」
の気配にだって振り付けちゃうJ様です。

ジュリー〜〜〜っ
コメント (2)
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週刊文春「ジュリーがいた」 〜歌謡曲の時代②「危険なふたり」

2022年04月10日 05時57分00秒 | 日記
milky4465です。
ジュリー見〜つけた

週刊文春4月14日号が、4月6日(水)に
配信されました。

 ジュリーがいた 歌謡曲の時代2
 「危険なふたり」


J様6枚目のシングル 危険なふたり 
が発売されたのは、1973年4月21日。
もうすぐ、49歳の発売誕生日を迎えます。

作詞:安井かずみさん、作曲:加瀬邦彦さん
歌唱:J様 によって紡ぎ出されたこの曲
には、数々の輝かしい受賞歴があります。

第4回 日本歌謡大賞・大賞
第15回 日本レコード大賞・大衆賞
第6回 日本有線大賞・歌唱賞
オリコン1位(3週)
    6月18日付で、J様ソロ初の1位獲得
オリコン年間5位(31週チャートイン)

本号には、初のオリコン1位を目指して、
曲づくりにこだわり、曲名にこだわり抜い
たこと。レコードA・B面の入替を社長へ
談判したこと。自らリクエスト葉書を書き
ポスト回りをしたことなどが、熱く綴られ
ていました。

プロデューサー 加瀬邦彦さん「僕の分身」

パッとひらめいたイカしたメロディ

絶対オリコン1位にする


「危険だよ」発言が曲名のヒントに

 (週刊文春電子版4月7日号P4〜10一部抜粋)



近年のライブでは、
年上の人 美しすぎるぅ と歌いながら
会場をキョロキョロキョロと見渡した後、
「残念ながら、ここにはそんな人いな〜い」
って、変顔をしてみせるJ様。

このお茶目な表情や仕草が、ファンには、
たまらないんです。ウケるんです。

長い年月が流れ、ぱっと見は変わり果てて
しまいましたが、ハートは永遠。
乙女チックなままの私です。

ジュリー〜〜〜っ
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週刊文春「ジュリーがいた」 〜歌謡曲の時代①「君をのせて」〜

2022年04月03日 13時14分00秒 | 日記
milky4465です。
ジュリー見〜つけた

お久しぶり〜
島﨑今日子さんの短期集中連載が、また、
始まりました。

週刊文春4月7日号が、3月30日(水)に
配信されました。
 ジュリーがいた 歌謡曲の時代 I     
 「君をのせて」 



J様のソロデビュー曲 君をのせて が
発売された1971年、まだ小学生だった私。

レコードで、J様の声が聴ける〜
テレビで、J様の姿が見られる〜

嬉しくてたまらず、家中にアナウンスして
ったことが、昨日のことのように思い出
されます。

今になって、(この記事で)当時のことを
知ると、ふ〜ん っていう感じです。
何も知らない、知る術もない子供でした。

合歓ポピュラー・フェスティバル ‘71へ参加
 
J様が、合歓ポピュラー・フェスティバルの
ステージに、立った時の後日談。
「足はガクガク、喉はカラカラだった」と、
TVで話しているのを聞いた事があります。

作曲家 宮川泰さん「自分の最高傑作」

作詞家 岩谷時子さん「この曲が好き」

名曲「君をのせて」が直面した壁



(週刊文春電子版 4月7日号 P6〜14一部抜粋)

いつ、どこのライブでのMCだったのか、
記憶が定かではありませんが・・・
僕にとって、とても大切な曲。
 でも、当時は、嫌で仕方なかった。
布施さんが歌えばいいのにと思ってた。
若いのに、こんなに難しい歌をよく歌っ
 ていたなあと思う。 って。

合歓ポピュラー・フェスティバル’71では、
たとえ無冠に終わった曲であろうとも、
名曲であることに違いありません

ライブで、J様が
風に向かいながら〜 と、甘い声で歌い
始めると、必ず拍手が起こります。
間奏でも、またまた拍手
後奏では、更に大きな拍手が

J様自身にとっても、J様ファンにとっても
大切で大好きな曲なのです。
君をのせて は。

ジュリー〜〜〜っ
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