ジュリー見〜つけた💕

沢田研二さんやザ・タイガースにかかわることを あれこれと・・・

HIT SONG MAKERS 栄光のJ-POP伝説

2018年05月31日 23時10分35秒 | 日記
milky4465です。
ジュリー見~つけた

5月26日のこと・・・
「井上さんの追悼番組があるわよ~。」
って、J友さんに教えていただいていました。

HIT SONG MAKER 栄光のJ–POP伝説



今日、やっと録画を見ました。



特に、興味深かったのは、番組終盤
ムッシュは、35年間、井上さんにどうしても言いたいことがありました
・・・というナレーションが入った後です。

話題は、PYG結成のこと



「堯之さんはさ、ずるいよ。
  俺に言わせりゃ。
  だってさ、スパイダース解散しました。
  そいで、正章さんとか順ちゃんはいいよ。」
「ハハハハ・・・沢田とやったこと?」
「俺たちさ、皆バンドって、悲惨なんだ。
  楽器やってるやつとかさ。
  ピンのフロントじゃないと通用しないんだ。
  解散した後、今のバンドでもそうだ
  と思うんだけど。やっぱりね。
  パーンと解散後、すぐPYGっていうバンド
  リードボーカル 誰?って。
  ショーケンとジュリーだって言うんだ。
「新幹線の中で『ムッシュ、こんな話がきてるんです。』
  相談に行ったの。
  『渡辺プロからこんな話が来ています。』
  ムッシュが『やれ、やれ。絶対やれ。』
  ムッシュ、忘れてんの?そんなこと。」



「その時にさ、ショックが大きかったよ。
  その前、タイガースのマネージャーやってた
  中井さんがさ、PYGつくるっていうことで
  俺に何となくさ・・・真意は言わないけど、
  空気みたいな話 持ち込んでくるから、
  俺が呼ばれていると思ってたんだよ。実は。
「そんなこと俺、知らないからね。」
「でも、あれはすごい励みになった。
  悔しかったから、本気で。」
「あ~、そう。」

   (・・・略・・・)

「俺やマチャアキ、何て言ってたか知ってる?
  スパテンタイガース!」


  
スパテンタイガースじゃなくて、
PYGの
デビューシングル花・太陽・雨大好き
セカンドシングル自由に歩いて愛して
大・大・大好き

50周年記念ライブで、
聴くことができてとても幸せだったわ。

最後になりましたが、
井上さん、かまやつさん
お二人のご冥福をお祈りしております。
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ザ・ベストテン 中継 〜カサブランカ・ダンディ〜

2018年05月26日 10時43分23秒 | 日記
milky4465です。
ジュリー見〜つけた

前回の続き・・・ザ・ベストテンつながり
TOKIOの中継から遡ること1年

1979年3月8日(木)は、
ジュリー念願の1等賞記念日です。
カサブランカ・ダンディ

ジュリー 「お陰様で1等賞でございます。」
徹子さん「1位になると、お衣装までもこんなに素晴らしく・・・」
ジュリー 「この日のために」



徹子さん「沢田さん、来週は、あの白いのが着られるかどうか楽しみ~
(徹子さんの「来週は」がポイント!「も」じゃないのよね~。)

それから3週間後の3月29日(木)
待ちに待ったスプリングツアーの日が
やってきました。
もちろん、友達と一緒です。



そして、2人で新聞の番組欄に目をやると、
思った通りジュリーの名前がありました。



「ザ・ベストテンの中継、絶対やるよね。」
「お出かけならばどこまでもだからね。」
「会場からだといいなぁ。」
「先々週と先週の2位から1等賞へ返り咲きだと最高だよね。」
「録画、忘れずに!」

この日のことで、心に残っていることは2つ。
1つは・・・コンサート会場のこと
「どこで歌っても、壁が目に入ってくる…」
「どこ見て歌えばいいの〜。」
(正確ではありませんが、このようなこと)
と、笑いながら╰(*´︶`*)╯♡言ってた
ジュリーのお茶目さんぶりです。
確かに、変わった形のホールでした。

もう1つは、
お庭のきれいな石橋文化センターから
中継があったことです。

いつものジーンズの衣装に着替え
帽子を斜にかぶって
ぷ~っ
って吹くジュリーが見えました。

ジュリー〜〜〜



ちなみに、この日のランキングは、
第1位 西城秀樹さんのYOUNG MAN
第2位 カサブランカ・ダンディでした。

翌週から2週連続、満点で1位を飾った西城さん
本日 告別式とのこと
謹んでご冥福をお祈りいたします。

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ザ・ベストテン 中継 ~TOKIO~

2018年05月19日 19時38分56秒 | 日記
milky4465です。
ジュリー見〜つけた

ジュリーが、全幅の信頼を寄せていた井上さん。
その井上さん率いる「井上堯之バンド」が、
バックを務めた最後の曲 TOKIO

ジュリー~~~





1980年1月1日の発売以来、
ヒットチャートの上位を走り続けていた
TOKIO
そして、3月27日(木)も、
新聞のテレビ欄にジュリーの名前がありました。



きっと、ザ・ベストテンの中継 あるよねっ。
コンサート会場からかなぁ~。
先週3位だったから、
たぶん、今週も番組後半に登場だよね。
(2月半ばから5週連続2位、1等賞迄もう一歩)
落下傘のセッティングもあるし、
別の場所からの中継じゃないかなぁ〜。

実は、この日、私は友達と一緒に、
スプリングコンサート
行くことになっていました。



もちろん、会場は満席
男性ファンも、結構多くて、
立ち見が出るほどの盛況ぶりでした。

アンコール曲は、私の記憶が正しければ・・・
新曲恋のバッド・チューニング
だったような・・・

歌い終わると、
これから、ザ・ベストテンの中継で~す。
手を振って会場を後にしたジュリーでした

さて、何処へ

何とか会場を出ると、我先にと急ぐタクシーが、
次々と列を成して発車して行きました。
もちろん、向かうは、ザ・ベストテンの中継場所
まあ、その数のすごいこと

ようやく私たちの順番が来て、
一番街(若者で賑わっていたアーケード)に
到着した時には・・・

今、終わりましたよ。
。・°°・(>_<)・°°・。
。・°°・(>_<)・°°・。

大きな落下傘
ジュリーの抜けがらをしっかりと目に焼き付けて
二人寂しく帰途に着いたのでした。

自宅に着くやいなや録画を再生してみると、
この日のランキングは、
第1位 海援隊 贈る言葉
第2位 クリスタルキング 大都会
第3位 渡辺真知子 唇よ、熱く君を語れ
第4位 TOKIO でした。



ちなみに、ザ・ベストテンの最高得点(満点)の
記録保持者は、西城秀樹さん
謹んでご冥福をお祈りいたします。
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井上さんとのステージ2004

2018年05月09日 07時00分00秒 | 日記
milky4465です。
ジュリー見~つけた

悲報は、あの日、突然にやってきました。

PYGやジュリーのアルバムを聴いていると、
井上さんのお髭のよく似合ったお顔や、
かっこよくギターを奏でる立ち姿などが、
次々と思い出されます。

年を重ねてきたせいでしょうか・・・
もともと緩かった私の涙腺は、
最近、ますます緩くなってしまって

J友さんからいただいた
「グッド!モーニング」で流れたという
2004年の映像(テレビ朝日)では、
ジュリーの涙、涙をふく姿、そして涙声に
胸が締め付けられ、私も涙、涙、涙 

もう一回 沢田とやる機会がないなら、
きっと後悔すると…
でもこの後悔だけは、
避けたいなとすごく思うんですよね。

沢田、来てるんだよ。どこにいるんだ。
沢田、どこ?

プライベートで来場していたジュリーを
ステージへといざなう井上さん



そんなこと、言っていただいて
僕、泣いちゃったよ。



あれ、ギター弾かせてよ。



井上さんとジュリーならではの
心を打つ即興ステージでした。

謹んでご冥福をお祈りいたします。
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週刊マーガレット その5

2018年05月05日 08時34分58秒 | 日記
milky4465です。
ジュリー見~つけた

ゴールデンウィーク 
あと、2日もお休み
お天気もよさそうだし、
朝からワクワクしています。

さて、前々回の続きを・・・

幼い頃、週刊マーガレットに連載されていた
タイガーズ物語
残念ながら、読字力も読解力もなかった私には、
ハードルが高すぎて(前述の通り)

大人になって読み返して、初めて知ったこと
それは、・・・




昭和42年11月5日
奈良市あやめ池野外劇場での事故(毎日新聞)



タイガース物語に、
この事故のことが書かれています。



その中から、
ジュリーにかかわる記述を抜粋してみます。

「ああ・・・」
研二は、ガックリと床に手をつきました。
(以前からあった悪い予感が、こんな恐ろしい事故となって現れるとは)
 
 午後3時半、2回のステージを終えたタイガースは、奈良県警の警備車に乗せられ、パトカーに守られながら、大阪へ向かいました。車の中で研二は、たまらなくなって警官に尋ねました。
「怪我した人達は、どうなったか教えて下さい」
「4人のファンは全身打撲で1ヶ月の重傷だよ」
「1ヶ月の重傷!」
 研二は呆然としました。今頃、病院のベッドで苦しんでいるに違いない重傷の少女たちと大勢の負傷者たち・・・それを思うと研二の胸は張り裂けそうに痛むのでした。
  
 研二は思い切って、みんなに声をかけました。
「いつまで考え込んでいてもしょうがない。僕達は、ほんのちょっと間のお見舞いでさえ、スケジュールの都合でできなかったんだ。だから、何とかして怪我をしたファンの人達を慰める方法を考えてみようよ」
「ジュリー、よく言ってくれた。僕も今それを考えていたんだよ」
岸辺があいづちを打ちました。



50周年記念ライブパシフィコ横浜でのこと
私の後方席の方でした。
ボルテージが上がって、少しずつ前へ前へ・・・
そして、私の斜め前方に陣取りされたその時、
席に戻って下さい
ジュリーが・・・
と、苦言を呈する声が聞こえたのです。
ファン歴の長そうな
素敵なお姉さんからの喝でした

ロックンツアー76での喝
席に戻れ〜では、
頭が真っ白になってしまった私ですが・・・
今になって、ジュリーの言葉の真意が
分かるような気がします。


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