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「ミッドナイト詩人、クレージーなエッセイをさわやかに綴る」

詩人、俳人、時遊人が、居眠りしながら真剣に書き綴る。
世の中の奇人・変人に警告する「直ちに悔いを改めよ!」

夢は「想像の翼」でつかめ

2008-05-12 13:00:00 | 青春の詩

 

夢は「想像の翼」でつかめ

 

昨年、青春の詩で紹介したこどもたちよ」のことが、秋田魁新報の

見聞録で紹介されていました。

当時作者はわかりませんと記述しましたが、作者がわかりました。

 

読書の大切さを伝えようと20年前に作られた詩を封筒に印刷し、客に渡し

続けている書店が秋田市にある。詩の作者は東京の出版マン、書店経営者は

出版マンのかつての後輩。封筒は捨てられてしまう運命にあっても、

詩に込めた2人の活字への思いは、静かに読者の胸に染み渡っている。

 

「こどもたちよ」と題したこの詩は、書籍流通大手のトーハンに勤める

茨田晃夫さんが1988年、読書推進キャンペーンに合わせて作った。

詩に登場する一行一行すばらしいひとことです。

 

「書棚の古びた本と、読書を苦痛に感じない習慣」

「読書を怠るな」

「想像の翼を持たない者は、いつまでも夢にとどかない」

「幸いにお前は、インクの染みのような活字の羅列から、物語を想像できる

 力を持っている」

 

「もう一度書けと言われても書けない」(茨田さん)という詩は、

出版業界誌の広告や、書店の店頭ポスターとなった。

同書店社長の加賀谷龍二さんは当時、3年ほど勤めたトーハンを辞め、

妻の実家である同書店に入って数年というころ。詩の作者が同じ部署の先輩

茨田さんと知って驚き、感心したそうです。

 

20年を経てなお色あせないメッセージは、いまも私の心に残っている。

 


「甲子園の詩」

2007-08-17 00:39:01 | 青春の詩

 

「青空と太陽に貸しがある」



8月14日、テレビで『阿久 悠』さんの話をしていました。

先日亡くなりましたが、阿久 悠さんは、本当にたくさんの歌詞を書かれて

いますが、そしていろんなジャンルの歌手にヒット曲を提供しています。

それだけじゃなく、多くの名言、言葉を残されています。

その中でも、彼が、大好きだった、高校野球の球児たちに送った言葉を、

番組では二つほど紹介していました。

 

その中で、心に残ったのは、岩手県の「高田高校」の野球部の選手に贈られた

言葉です。それは昭和63年8月10日。小雨模様の一回戦第三試合に登場し、

地元兵庫の滝川二との顔合わせ。ゲームは先攻の高田が初回、3点を先制し

郷土のファンを喜ばせた。しかし、強打を誇る滝川二にすぐ同点とされ、その

後も加点を許した。降り止まぬ雨の中で八回裏、滝川二が9点目を挙げた時点

で雨が激しくなり、11分の中断ののちコールドゲームが成立し終了した。

 


文字通り「晴れ」の舞台でプレーさせたかったとの思いが募った。

翌日阿久悠さんは、甲子園の詩で「コールドゲーム」というタイトルで、

高田高ナインに贈っていた。

その詩があまりにもすばらしかったが、最後の2行しか思い出せません。

 

高田高の諸君 

・・・・・・・・・・

きみたちは、甲子園に1イニングの貸しがある 

そして、青空と太陽の貸しもある

 

最後の二行は、脳裏に焼き付いている。

 

九回を残念ながら、戦えなかった無念さを胸に抱きながらも、潔くグラウンド

を去った高田ナインの健闘ぶりとルールに従うスポーツマンシップに最大限の

敬意を表しつつ、「また来いよ」という阿久さんのメッセージと甲子園球場の

ファンの思いが込められたものだ。

なんと思いやりに溢れた言葉だろう。

 
悲嘆にくれていた「高田高校」の選手達や関係者は、この言葉で、つらい経験

を乗り越え、必ず「貸し」を返しに、また甲子園にいくんだ。」と誓った。

すばらしい言葉です。

 

私のブログを読んでるみなさんに、誤字脱字は「当たり前田のクラッカー」

なんていいながら、でたらめ記事を更新している私は、恥ずかしいです。

 

言葉を大切に使うことは、本当に素敵なことです。

 
そのためにも、みなさん、私のブログを読みましょう。

言葉の大きさ、広さ、深さを知り、人生を明るく、楽しく生きていこう。


青春は二度と帰ってこない、人生はやり直しができないのだ。

 

追記「甲子園の詩」はネットで探してみましたが、「阿久悠あんでぱんだん」で

1999年から昨年までは読むことが出来ます。

http://www.aqqq.co.jp/index.html

 


「栄冠は君に輝く」

2007-08-12 18:23:49 | 青春の詩

 

栄冠は君に輝く(作詞:加賀大介 作曲:古関裕而)


 雲はわき 光あふれて
 天たかく
 純白のたま きょうぞ飛ぶ
 若人よ いざ
 まなじりは 歓呼にこたえ
 いさぎよし ほほえむ希望
 ああ
 栄冠は 君に輝く

 

今から約60年前の夏、旧制中学から新制高校に学制がかわった機会に、

朝日新聞社が「全国高等学校野球大会の歌」を募集した。

当選した故・加賀大介さんの歌詞に、作曲家の故・古関裕而さんが誰も

いない甲子園球場のマウンドにたたずみ、この曲を作ったそうです。

 

作詞した加賀さんは、婚約者だった道子さんへのプレゼントとして、

作者を「加賀道子」として応募した。作詞者は長い間そのままになっていた。

20年後の第50回大会の際、加賀さんが事情を明らかにした。

 

いい話だ、婚約者にプレゼントなんて、私の若いときと同じだ。

 

「8回に決勝点許し金足農敗れる」 

秋田県代表に、甲子園球場で金足農は第2試合に登場、大垣日大(岐阜)に

で惜敗した。金足農は4回に重盗で11に追いついたが5回以降は打線が

つながらなかった。

詳しくはここを参照。
http://www.sakigake.jp/p/akita/news.jsp?kc=20070811n

 


こどもたちよ

2007-08-05 00:08:18 | 青春の詩

 

こどもたちよ

 

私がお前たちに遺してあげられるものは、あまりにも少ない。

兄弟けんかも起こらないほどの僅かな財産と、

正直だけが取柄の血筋、何枚かの写真。

そして、古びた本と、読書を苦痛に感じない習慣

伝えるものは、それですべてだ。

地位や名誉がほしければ、自分で手にすればいい。

愛もまた同じだ。

それは、私が遺していくべきものではない。

人生は自分で考えろ。自分で選べ。自分でいきろ。

そのために必要なことは教えてきた。

 

ただひとつだけ言っておこう。

 

読書を怠るな。

もちろん本からの知識がすべてだとは言わない。

多くに人と出会い、経験を重ねることによって、人は真に成長する。

時には書を忘れ酒杯をくみかわすのもいい。

しかし、読書は怠るな。

想像の翼を持たない者は、いつまでも夢にとどかない。

幸いお前には、インクの染みのような活字の羅列から

物語を想像できる力を持っている。

小さな頃、寝床で本を読んで聞かせると、お前は目を輝かせていた。

その頃の興奮を忘れないでほしい。



この詩は、私が秋田市の(株)加賀谷書店で建築の専門書を買ったときに、

紙袋に印刷されてあったものです。あまりにもすばらしく心に残ったので、

自分のノートに書き写しておいたものです。今から20年前です、現在では

ちょっと変わっているかも知れませんが、新聞の記事を読むとだいたい同じ

ように感じられます。


「熱き男」

2007-08-03 00:00:01 | 青春の詩

昨日は暑かった35度でした。

それでも私の体温より低いです。

それで私は「熱き男」と呼ばれています。

 

みんな、元気ですか? 元気があれば何でも出来る。

一年のうちで、一番楽しい夏祭りです。

秋田県は八月は夏祭りの真っ最中です。

今日からは、竿灯まつりが始まります。

 

竿灯は稲穂を表し、豊作を祝う祭りでしたが、

最近は観光行事になっている気がします。

 

まぁ、祭りと言うものは、百聞は一見にしかず。

みんな、来て見れば、なるほどと思うだろう。


の短い夏に、若人は思いっきり青春を楽しみます。

祭りが、いきいきと躍動する様は、喜びと祈りを表している。

祭り同様、心がときめき、心踊る恋が出来ますように。

 

若人に限らず、昔可愛かったカミさんも、

今もイケメンの私も、青春時代に戻って楽しみます。

 

秋田市の竿灯まつりは、弟子の修行時代は毎年いっていたが、

実家に帰ってきてからは2,3回しか行っていない。来年は行ってみよう。

 

なに、鬼が笑うって、鬼はいつも怒ってばかりだからたまに、

笑わせてやらないとストレスがたまるだろう。

 

今日の一言

原油高騰

飛行機もセルフにしたら?!


「木綿のハンカチーフ」 

2007-07-28 00:29:17 | 青春の詩

昨年福島県に出向していました、週末に秋田に帰ります。そのとき、ラジオからこの

曲を2回聴きました。そして、12月だったか1月だったか思い出せないが、NHKTV

で夜11時頃、この曲のエピソードを放送していました。私なりの感想を述べてみます。

 

「木綿のハンカチーフ」は1975年に太田裕美によってヒットした歌謡ポップスです。

現在40歳以上の人であれば、誰でも知っていると思います。私は漫39歳?ですが

よく知っています。(ン? 何かいいたいですか、無視して進めます)

出だしの「♪ 恋人よ~」で胸がキュンとなり、青春時代にいきなりタイムスリップする

とことでしょう。

ところで、なぜ 「木綿のハンカチーフ」 なのか?よく分からないのである。

なぜわざわざ、木綿とハンカチの布地を付け足すか? ハンカチーフと正式名称で

表現したのか理解に苦しむのだった。またその10年前に石原裕次郎が「赤いハンカチ」

で大ヒットしてる、だからハンカチでいいのではないかと思ったのは、私だけではない

だろう。まあ、それはそれとして、歌詞を見てみましょう。

 

「木綿のハンカチーフ」 作詞:松本隆 作曲:筒美京平 唄 大田裕美

 

恋人よ、ぼくは旅立つ

東へと向かう列車で

はなやいだ街で 君への贈りもの探す 

探すつもりだ

いいえ あなた 私は

欲しいものはないのよただ、

都会の絵の具に染まらないで

帰って染まらないで帰って

     恋人よ 半年が過ぎ     

     逢えないが泣かないでくれ

     都会で流行の 指輪を送るよ

     君に 君に似合うはずだ

     いいえ 星のダイヤも

     海に眠る真珠も

     きっと あなたのキスほど

     きらめくはずないもの

     きらめくはずないもの

           恋人よ いまも素顔で

           くち紅も つけないままか

          見間違うような スーツ着たぼくの

          写真 写真を見てくれ

          いいえ 草にねころぶ 

           あなたが好きだったの

          でも 木枯らしのビル街

          からだに気をつけてね

          からだに気をつけてね

               恋人よ 君を忘れて

               変わってゆく ぼくを許して

               毎日愉快に 過ごす街角

               ぼくは ぼくは帰れない

               あなた 最後のわがまま

               贈りものをねだるわ 

                ねえ 涙拭く 木綿の

               ハンカチーフ下さい

               ハンカチーフ下さい

 

「木綿のハンカチーフ」はアイドル太田裕美が歌った「名曲」だと思う。

「それまでの歌謡曲と言えば、直接的に心情を歌った歌詞が主流であったが、

この曲では感情を風景に託しながら、1曲のなかで田舎に残った女性と都会に出て

いった男性の気持ちをつづった歌詞は、いままでにない新しい試みだった。

各パートの前半を彼の気持ちがそのまま現れ、後半は田舎で彼の帰りを待つ

けなげな女の子を表している。表現としてはある意味新風を吹かせたと言っていいだろう。

 

現在ではこのような恋人は、北米でも秋田県でもありえない、携帯電話で

メールまた画像が瞬時に送れる時代には考えられない。非常に面白い

表現だと思う。

この曲は聞き出したら、最後の4番まで聞かないとだめな曲だ。すべて、文通によって、

ストーリーが校正されているため途中で切ることが出来ないのだ。

私も中学卒業後13年間出稼ぎをしていたので、この気持は良く分かる。

別に恋人はいなかったが、心にひっかかる女の子はいたのだ。

 

最近、椎名林檎が、これをデュエットという形で歌っているらしいが、

私はやはり「木綿のハンカチーフ」は大田裕美でありたい。

 

なぜ、今頃この記事を投稿するのかって? いいじゃないか「青春の詩」 だ。

 


夏まつり

2007-07-26 09:55:55 | 青春の詩

 

秋田県は、夏祭りの最中です。

半年のも雪の中から春が来て、一番楽しい夏祭りです。

この短い夏に、若人は思いっきり青春を楽しみます。

私の青春時代を、五七五に詠んでみました。

これを「あとの祭り」といいます。

 

青春時代

 

「デジカメで合わせるピント 瞳かな」          背景はじゃまだ

 

「カップルの 短い夏の ながい影」             青春ど真ん中

 

「君だけに 誓った若い祭りの夜」              青春だった

 

「肩を抱くするりと逃げて夏終わる」               秋近し

 

そして現在

 

「ドキドキもワクワクもない 倦怠期」           そりゃそうだ

 

「若かったかたく結んだ指と口 今もほどけぬ赤いロープか」 逃げられない

 

「熱帯夜エッチしたあと台風が 暴れるような妻の寝言か」   たすけて~


青春の詩

2007-06-08 01:59:27 | 青春の詩

 

青春とは人生のある時期ではなく、心の持ち方をいう


青春とは人生の或る期間を言うのではなく心の様相を言うのだ。


逞しき意思、優れた創造力、炎ゆる情熱、怯懦を却ける勇猛心、安易を振り捨てる

冒険心、こう言う様相を青春と言うのだ。


年を重ねただけで人は老いない。理想を失う時に初めて老いがくる。歳月は皮膚の

しわを増すが、情熱を失う時に精神はしぼむ。苦悶や猜疑や、不安、恐怖、失望、

こう言うものこそ恰も長年月の如く人を老いさせ、精気ある魂をも芥に帰せしめて

しまう。年は70であろうと、16であろうと、その胸中に抱き得るものは何か。


曰く、驚異への愛慕心、空にきらめく星辰、その輝きにも似たる事物や思想に対する

欽仰、事に処する剛毅な挑戦、小児の如く求めて止まぬ探究心、人生への歓喜と興味。


人は信念と共に若く、疑惑と共に老ゆる。


人は自信と共に若く、恐怖と共に老ゆる。


希望ある限り若く、 失望と共に老い朽ちる。


大地より、神より、人より、美と喜悦、勇気と壮大、そして威力の霊感を受ける限り

人の若さは失われない。これらの霊感が絶え、悲嘆の白雪が人の心の奥までも蔽い

つくし、皮肉の圧氷がこれを固くとざすに至ればこの時にこそ人は全くに老いて神の

憐れみを乞う他はなくなる。
                                      (松永安左ェ門 訳)

【サムエル ウルマン】(Samuel Ullman)


1840年4月13日、ドイツのヘヒンゲンでユダヤ人両親の長男として

生まれる。その後、両親とともにアメリカに移民し、後半生をアラバマ州

バーミングハムで過ごす。「青春の詩」は、ウルマンが70代で書いたとされる。

 

ネットで見つけた青春の詩です。気にいっていたので紹介しました。

私の下手な感想は似合いませんので遠慮いたします。