インドで作家業

ベンガル湾と犀川をこよなく愛するプリー⇔金沢往還作家、李耶シャンカール(モハンティ三智江)の公式ブログ

現地日誌/二月の猛暑

2009-02-28 01:24:11 | 私・家族・我が安宿
<2月27日>
ここ五日ほど湿気のものすごい猛暑が続いていてうんざり。
ベンガル湾は低気圧気味で、どんより。
私の神経痛にも大敵のロープレッシャー、痛む腰を抑えつつ、乗り切る
毎日であったが、今日の新聞でなんとまだ二月下旬というのに、州都ブ
バネシュワールでは40度を越えたと知って、さもありなん、どおりで異
様な蒸し暑さだったと納得。砂漠のある西インドのラジャスタン州です
ら、気温はブバネシュワールより3、4度低いというのだから、驚きだ。
中層ビル乱立と車の急増で州都はここ数年、インドきっての高温都市と
化しつつあり、過去最高は46度。西部オリッサの内陸部では50度近くに
なったことも!

         

まだ北西季節風は吹いていないのにこの暑さ、三月初旬に西部砂漠から
の西風が吹き始めると、もっと暑くなるとか。
すでに昼間と夜三時間ずつ、冷房を作動させていたが、昨夜は長々とか
けてしまった。
しかし、夏本番は4月と5月である、今から冷房フル回転じゃ、どうなる
のかと空恐ろしい。

               

年を経るごとに、インドのミッドサマーがしんどくなってきており、4
月が近づくたび、今年は乗り切れるかと冷や冷や物なのに。そもそも、
今年は暖冬で、冬も毛布がほとんど不要なくらい暖かかったのだが。
98年の熱波では、当州で200名もの人々が命を落としている。

                               

当分州都、旧州都カタックでも、この暑さは続くとのこと。
今日改めて、当地プリーの気温計をチェックしたら、30度近かった。二
月中の室内温度が30度というのは、やはり異常だ。日中外は35度近くあ
るのではないかと思う。海風で緩和されマイルドとはいうものの、潮を
含んだ熱気の湿気はものすごく、実際よりずっと蒸し暑く感ぜられるの
である。

インドの炎暑よ、どうぞお手やわらかに!

                     

                   
コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

印度の玉手箱/ヒジュラの誘拐(掌編)

2009-02-28 01:10:40 | 印度の玉手箱(銀座新聞連載)
銀座新聞ニュースに最新掌編小説が五回連続で連載されました。
ヒジュラという特異芸能階級をテーマにしたユニークな物語です。
ぜひご一読のほどを!




「ヒジュラの誘拐」
http://www.ginzanews.com/report/1092/
http://www.ginzanews.com/report/1093/
http://www.ginzanews.com/report/1094/
http://www.ginzanews.com/report/1095/
http://www.ginzanews.com/report/1096/
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

オスカー賞に輝いたインドミュージシャン

2009-02-24 01:35:09 | ラッパー子息・音楽ほか芸能
ムンバイのスラムを舞台にした映画「スラムドッグミリオネア」がこの
たび、オスカー賞の八部門に輝いた。先の英アカデミー主宰のバフター
賞でも総なめ状態だったため、予想された結果ではあったが、主題曲を
担当したインドの天才ミュージシャン、ARレーマンさん(写真)は見
事、二分門受賞(ベスト・オリジナルソング、ベスト・オリジナルスコ
ア)。映画の主題歌・ジャイホ(ヒンディ語で勝利の掛け声)はインド
国内でも人気だが、インド人では初のオスカー賞受賞の快挙。
同映画には、本物のスラム街の子供二人も出演しており、父兄同伴で会
場に駆けつけ、向こうの報道陣の人気を呼んだそうだ。

                             

ダニー・ボイル英監督(ベスト・ディレクター賞)による出演陣をイン
ド役者で固めた同作はすでに国内でも封切られたが、主題歌と違って、
肝心の映画の人気は今ひとつ。
インドの貧困を売り物にしているとの批判もあり、出演者であったスラ
ム出身の二人の子供、ルビーナちゃん、イスマイル君も搾取されている
との非難も飛び出していた。
過去、オスカー賞を受賞したミラ・ナイル女監督の「サラーム・ボンベ
イ」も27人ものストリートチルドレンをにわか役者として雇用したが、
脚光を浴びて以降の子供たちの社会復帰は難しかったそうだ。
ルビーナちゃんとイスマイル君名のトラスト、積立金もすでに設けられ、
学業終了後支払われることになっているほか、このたびのオスカー快挙
で、家もプレゼントされることになったという。
これこそ、ほんとのラグズ・トゥ・リッチ、貧乏から金持ちへを地で行
くような映画裏話。           
カリフォルニアのコダックシアターで、華麗なハリウッドスターに混
じって、キュートなドレス姿と粋なタキシード姿の少年少女カップルが
ひときわ注目を集めたことはいうまでもなかった。

                       

インド人にとっては同作はあくまで西洋の観点から見たインドで、タイ
トルのスラムドッグにまでケチが付けられていたくらいなのだが。スラ
ムをドッグと結びつけるのが差別というのだが、ヒンディ映画トップ男
優のシャールク・カーンは、その代わりミリオネアも付いてるよと指摘
して、擁護する一幕も。

レーマンさんは凱旋帰国後、国内ミュージシャンを全員招いての盛大な
祝賀パーティーを打ち上げるそうだ。

                   

世界的に有名な映画賞総なめのレーマンさんは、まさしくインドの誇り。
おめでとう!!!

  


*   *   *

*一言/ちなみにこの映画の原作は知る人ぞ知る、インドの外交官、
ヴィカス・スワラップ氏。
映画用のシナリオは大幅に書き換えられたという。
スラム街で育った少年が、辛酸を嘗めた数々の人生体験で体得した知識
を生かし、億万長者クイズ番組で栄冠を射止め、スラム時代の幼馴染み
の少女と結ばれるというハッピーエンド・ストーリー。

*追記/村八分の憂き目を見ていた三口インド少女が手術で正常に戻り、
笑顔がよみがえる過程を描いたドキュメンタリー小品「スマイル・ピン
キー」(メガン・ミラン女監督)もオスカーのドキュメンタリー部門賞
に輝き、インド勢はまさに席巻したかの感があった。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

現地日誌/満員御礼

2009-02-21 01:32:12 | 私・家族・我が安宿
<2月20日>
二月も下旬に入り、急にホテル・ラブ&ライフは活気づいてきた。
欧米人旅行者がどっと詰めかけ、満室。韓国人、日本人もちらほら。
ムンバイテロから三ヶ月近くがたっていることもあって、悪印象は薄れ
つつあるのかもしれない。
今日久々に浜に出たが、やはり欧米人の姿が目立った。
3月からは、学生旅行者も多くなる。

              

というわけで、残念ながら、リシケシヨガ祭はキャンセルに。
私個人も頼まれた原稿をたくさん抱え、行けるかなあと危ぶんでいた折
でもあっただけに、夫から無理といわれたときは、その実ほっとした。
十日空けると、ルーティーンに戻すのが大変なのだ。
残念だけど、仕方ない。
なんとか出発までに一段落させようとものすごいプレッシャーがかかっ
ていたため、一挙に楽になった。といっても、実際仕事に入ってしまえ
ば、やはりペースは変わらず、ストレスがたまるのだけど。
とりあえず、久々に海に出れて、一息つけた。

          

なぎさにたどり着くころには、夕日はたなびく霞雲の下に飲まれてし
まったが、満潮の荒い海は、波打ち際を観光客用の白馬が闊歩したりし
て、のどか。
潮の気を胸いっぱい吸い込んだ。

3月8日には、ヒンドゥ大祭があるとかで、またしてもローカル観光客が
どっと押し寄せるらしい。

ヨガ祭りにもこの分では大勢の欧米旅行者が押し寄せ、おそらく部屋が
取れない混雑振りではないかと予想するので、残念だが、祭りは外した
ほうがいいかもしれない。

                       
コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

現地日誌/今頃ビーチ祭

2009-02-16 02:22:09 | 私・家族・我が安宿
<2月15日>
今日は恒例のビーチフェスティバルの最終日なので、多忙の合間を縫っ
て駆けつけた。
実は例年だと、このお祭りは11月に催されるのだが、ムンバイテロで急
遽中止になったいきさつがあったのだ。今年はもうないのだろうと思っ
ていたら、ひょっこり二月も半ばになってお目見えした。で、ラスト
デーにはせ参じたというわけ。

                

会場は、西の浜のホテル街。西端で行きづらかった過去二年と比べ、前
のにぎやかな通りに再び戻ったので、便利。

テントを張ったにわか露店でハンドクラフト製品を販売するのも恒例の
行事だが、特に見るべきものもなく、即催し会場へ。
ホテルをやってるせいで招待券をもらっていたため、私はフリーパス。
今日は日曜のせいか家族連れが多く混んでおり、砂の上に置いたプラス
チックの仮座席もびっしり。しょうがないので立ち見と決め込んだら、
前のVIP席に入ることを特別に許してもらえた。

                          

古典舞踏を期待していたのだが、モダンダンスや歌ばかり。ヒンディ映
画で人気のミュージカルシーンの歌や踊りで、女性は露出度の高い衣装
で腰を振り回し、まるで安っぽいキャバレーダンス。さすがにがっかり
したが、ま、たまには趣が変わっていいかと、四十分ほど観劇。ヒット
したさるヒンディ映画のラブミュージックはメロディアスで、伸びやか
な歌声に聞きほれた。へたくそなモダンダンスより、ずっといい。イン
ドの若い観客にとっては、古典舞踏なんて退屈するだけだろうから、こ
ういうダンスの方がのりがよくていいのだろうが、外国人には糞面白く
もなんともない。やはりインド色の濃い伝統舞踏を期待してしまう。

                                

若い男性観衆から口笛やはやし声。インドも時代の波には勝てず。

帰途、夜の浜に出てみた。
ひたひたのうしおで、ほんとうに穏やかな凪に似た海、闇の間隙をつい
て細かなフリルのような波がほの白く浮かび上がる。空にはたくさんの
星、濃紺の水平線にぽつぽつともるいさり火、会場のネオンが夜を華麗
に彩る。

       

オートリキシャをつかまえて戻ったが、途上、結婚シーズンの今は会場
となったホテル群が七彩の豆電飾で飾られ、きらびやかに輝くのが目を
惹いた。

                  
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ピンクパンティ革命

2009-02-16 01:40:48 | 政治・社会・経済
先にヒンドゥ右翼団体・ラムセナが、マンガロールのパブで若い女性た
ちを襲撃した事件は述べたが、怒り狂ったネット世代の女性たちが結
集、バレンタインデーにこの団体にピンクのパンティー(インド語で
チャディ)を贈ろうとさるウエブページで呼びかけた。
女性運動家からも賛同したこのキャンペーン、ふたを開けてみると。
意外や意外、大成功であった。

               

というわけで、南インドのバンガロールにあるラムセナ本部には、どっ
とピンクのパンティの小包が。報道陣に促されて、贈られたピンクのパ
ンティに書かれたメッセージを披露した若い団員たちはにやにや、まん
ざらでもなさそうな助べえ面。最初は、施設に寄付しようと思ったそう
だが、数があまりに多いのと、メッセージの内容があまりにどギツイの
で断念、処分することにしたそうだ。

                     

インドのバレンタイン事情だが、同上のラムセナは無論、シヴセナ、バ
ジラングダルなどいわゆるサフラン(ヒンドゥ教の聖色)右翼団体が、
いちゃついているカップルを見つけたら、額にヴァーミリオン(辰砂と
いわれる赤い粉で、女性にとっては既婚のシンボル)を塗りたくりにわ
か婚礼儀式を強要したり、ラキ(きょうだいのお祭)で姉妹が兄弟の手
首に結ぶひも付き腕飾りを付けさせ無理やり兄妹にしてしまったりと、
妨害が各地で相次いだ。カードショップ前では、たくさんのグリーティ
ングカードも燃やされた。

                                

要するに西洋の慣習を持ち込むのは、インドのカルチャーに反するとい
うのである。先のパブ内殴打事件も、女性の飲酒行為はインド文化に反
する悪徳との意図から発したものだった。
モラルポリスがあちこちで目を光らせていたが、インドの恋人たちは、
バレンタインデーを満喫した模様。赤いバラが飛ぶような勢いで売れ、
ギフトショップも若い女性たちの人いきれにあふれ返った。

                          

さて、私のバレンタインデーはメールやsmsで十人の男性にご挨拶。も
ちろん、色恋沙汰なし、日ごろお世話になってる人たちや、ヨガインス
トラクター、叔父上、息子らであった。海外でチョコを贈れないのが
ちょっと残念だったけど。ちなみに、どちらかといえば右寄りの夫は西
洋の慣習は受け入れないので、パス。
 
                 

それはさておき、ピンクのパンティは女性の自由解放の象徴?
保守的なインドではなかなか過激な抗議手段ともいえ、効果のほどは
抜群だったようだ。
ちなみに、パンティ世代はジーンズを穿いたりする都会の若い女性で、
サリー一辺倒の母親世代はいまだにノーパン腰巻である。

改めてバレンタインおめでとう!!!
あなたは、ラバーズ・デーを満喫しましたか。

                            

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ベンガル湾季節便り/紅月

2009-02-10 00:03:20 | 季節・自然
今日も昨日に引き続き、浜に出た。
日没後の海は濃い青磁色で、透明感があり、美しい。
白い波が海原に立っている。
昨日は美しい満月だったのが、月はどこにも見えなかった。
ほのかなばら色に染まった空には宵の明星が一粒きらめいていた。

                                  

ふと東の空を仰ぐと、薄ら白いまん丸の月がぽっと出現。
フルムーンのあとの月はなぜかいつも暗め。
海上の月は不思議な薄桃色をしており、思わず見とれる。
藤色の宵空に浮かぶピンクの月、である。

浜を後にしかけた私の背後を追いかけてきて、闇が沈むにつれ、月はオ
レンジがかった色合いを増し、暗い紅月に変わった。

                           

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

女優対決のクリケットオークション

2009-02-09 01:15:16 | ラッパー子息・音楽ほか芸能
昨年結成されたIPL、インド・プレミア・リーグ、クリケットのメジャー
リーグの選手オークションがゴアを会場に催された。
現地には、女優三人、若手の人気ヒロイン、プリーティー・ジンタ(写
真)はじめ、英国の「ビッグブラザー」というショー番組で栄冠を勝ち
とめ一躍有名になったシルパ・シェティ、リタイア同然のベテラン女優
ジュヒ・チャウラーが駆けつけ、華やかムード。とくに、若いプリー
ティーは真っ赤なミニワンピースで華を添えた。

                        

彼女たちはみな、れっきとしたオーナーで、目当ての選手を引き抜かん
と集まったのだ。見せ場は、カルカッタ・ナイトライダーズのジュヒ
と、キングズ11パンジャブ・フランチャイズのプリーティーの対決。
マシュラフ・モルタザ、バングラデッシュ人選手の引き抜き戦で、
5万ドルから始まった値がどんどん吊り上げられ、83度目の60万ドル
で、ジュヒがついに射止めた。

                

カルカッタ・ナイトライダーズのメインオーナー、ヒンディ映画界の
トップ男優、シャールク・カーンは肩の怪我で休場、代わりにパート
ナーでもあるジュヒがせりに参加したのだ。おそらく、お目当ての選手
はいくらになってもいいから射止めよとの指示が出ていたものと思われ
る。
プリーティーの予算は、55万ドルだったため、あえなく断念。キングズ
11のメインオーナーはプリーティーの恋人のリッチ実業家、ネス・ワイダ。
シルパは初の登場で、やはり英国ベースの実業家恋人と組んで、ラジャ
スタンローヤル・チームのシェアをいくらか買い上げたのである。

                                 

ユナイテッド・ブルアーズ酒販会社とキングズフィッシャー・エアライ
ンの所有主、バンガロール・ローヤルチャレンジャーチームのビジェ
イ・マルヤはさすがというか、ケビン・ピーターソン英国選手を155万
ドルで落とした。赤い花柄のアロハシャツで、白髪白ひげもものとせ
ず、相変わらず派手で華やかムード、いつも美しい女性をはべらせ、一
端プレーボーイ気取り、インドのヒュー・ヘフナーである。

クリケットはインドでは国民的スポーツで、男性はこぞって夢中。
開戦になると、テレビに釘付け。
だが、これまでは、他国との公式戦のみで、リーグ戦がなかったため、
TVでインド人選手同士の競合試合を目にすることはなかった。

露出度の高いフォーリン・チアガールズのファッションがひんしゅくを
買った昨年のデビュー戦、事後、Tシャツ・トレパンに変わったりした
のが笑えたが、今年はどうなることやら。

クリケット音痴の私も、メジャーリーグに付きまとう華やかさからは目
が離せない。

                     
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ベンガル湾季節便り/舟と満月

2009-02-09 00:45:28 | 季節・自然
久々に浜に出た。
すでに日は沈んでいたが、東寄りの波打ち際の中空にうっすら浮かんで
いる真ん丸い月を見て、今日は満月だと気づいた。
ということは、沈んでからが煌々と照って美しくなるということ、いつ
ものように早々と引き上げずに、しばらくとどまろうと考える。

                                

フルムーンで満潮、波も荒めで、風もやや冷ためだが、碧い海は透明感
があり、さわやか。汀に手漕ぎ舟が浮いていた。どうやら、浜につける
ところらしい。背後の砂浜に渦巻状の束になって置かれた青い投げ網や
白網、ナイロンロープ、荒綱、白縄はこのやせた老漁夫のものらしいと
知った。

     

舟が近づくにつれて、何人かの若衆が手助けし、竹ざおを船尾に渡して
綱でくくりつけ、かご担ぎのようにして引き上げて砂の上に引いてい
く。ある程度引き上げた後で、まだうしおに浸されている船首にもう一
本竹ざおを渡してくくりつけ、両端から担ぎ上げ、砂浜に座礁させよう
とした。
そこへ行き合わせた物売りの少年も、テルグー語で手伝えみたいなこと
を言われ、商売道具を下ろすと、すかさず協力。
東の端が漁村になっているのだが、漁師は南隣のアンドラプラデシュ州
からの移民で、当オリッサ母州語オリヤとは違う言語テルグーを話すの
だ。
無事、舟は引き上げられた。それにしても、漁船がいつもたどりつく東
端の浜からから少し西に行ったこの界隈で舟を見るのは珍しく、つい見
とれてしまった。ああいう風にして舟を引いていくんだなということも
実地に見てようくわかった。

                    


日中は蒸し暑いが、夕刻の浜は肌寒い。にもかかわらず、何人かのロー
カル旅行者が波打ち際で沐浴していた。
西の上空はあえかなローズに染まり、真下の海も残照を反映して薄ら明
るくきらめく。
夕闇に、満月が白く美しく浮かび上がる。
浜を後にし始めた私の後を追いかけるように、まん丸の月は煌々と行き
路を照らしてくれた。

            
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

印度の玉手箱/悠久のインド

2009-02-07 01:46:02 | 印度の玉手箱(銀座新聞連載)
銀座新聞に連載中の「印度の玉手箱」、エッセイ第五弾です。
写真も掲載された愉快なエッセイ、ぜひご一読のほどを!

                                
                   
「チョー悠久のインド」
http://www.ginzanews.com/report/1054/

*巻頭写真は手続きが超のろのインドのお役人(バクシーシーといわ
れる、わいろで買収するのが必要悪の慣習と化している)
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする