美麻珈琲 ブログ

長野県大町市美麻にある美麻珈琲のブログ
自然豊かな中山高原からお届けする
日々の様子から、お店からのご案内など

鯛大漁

2010-11-29 12:47:23 | インポート

鯛大漁

鯛大漁

紗希店長は寒風の雪起こしの中、福井県で釣りでした。

地元の地区青年団と…祭りの慰労会。

組織当時が青年で50年の経過なので…それなりのお年に

遅れているレストラン棟の上棟は12月3日頃なりました!


「刻み」最終段階

2010-11-25 00:14:33 | インポート

刻み最終段階

刻み最終段階

≪レストラン棟の進捗≫

長男が大町市の大工さんの作業場で助手をして、

何とか雪前の上棟へと急いでいます。

きざみ
墨付け、された木材を墨にしたがって正確に仕口を作ること。

多くの手道具や電動工具を使ったりするが、技能と経験が重要である。

ヤフー知恵袋より

ベストアンサーに選ばれた回答

>工法が変化して、昔流の仕事がないという事ですか??

その通りです。
現在、筋交いやコンクリート基礎などを用いない伝統工法では

確認申請がおりません。

ですから、

住宅業界では伝統的な技術を持った大工を必要としていません。
文化財修復などの仕事以外に、

伝統工法の技術を求められる場面は皆無でしょう。

今は腕より価格の時代です。

現在建築業界が欲しいのは腕のいい大工ではなく、

単価の安い「建て込み屋」です。

大工としての技術や知識など二の次で、

とにかく安い労働力が最優先です。


北信州ヨーロッパ野菜プロジェクト

2010-11-25 00:07:50 | インポート

北信州ヨーロッパ野菜プロジェクト

北信州ヨーロッパ野菜プロジェクト

北信州ヨーロッパ野菜プロジェクト

北信州ヨーロッパ野菜プロジェクト

輸入に頼る洋野菜を気候の似る北信州でつくる。

22年度長野県農商工連携支援事業として

「美麻KITCHEN・GARDEN」児玉さんと

「グランジャ」三水さんで取り組んでいる。

『フードマイレージ』の短縮で環境に優しい野菜の提案を

都内レストラン等にしている。

栽培した野菜を『KIHACHI喜八流にアレンジ』したデモンストレーションでした。

北信州ヨーロッパ野菜プロジェクト


冬の準備《薪》

2010-11-24 09:19:07 | インポート

冬の準備《薪》

冬の準備《薪》

この秋は新設の薪小屋を1つ追加して計5にして、

満タンの薪を乾燥するため 霜、雪の前に完了しました。

あたりは野沢菜漬けの『お菜洗い』の最中です。

怪しい天気でしたが、またしても、『八重山ツーリズム』のメンバーが来店するや、

昨日はお天気に恵まれて、再会をよろこびました。

八戸のほんださんは遠いので欠席?


頒布会会員用『美麻珈琲だより』1月号より

2010-11-24 08:32:52 | インポート

思い立って栗林中将が眠る明徳寺の墓所

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信州百景  栗林忠道中将

栗林将軍が眠る長野市松代町の墓所。

境内には武田信玄の4名臣と謳われた高坂弾正の墓もある。

松代城(海津城)は真田幸村・信之や恩田木工を排出し、

幕末には佐久間象山が開国論を唱えるなど開国の先進地である。

その中将はクリント・イーストウッド監督「硫黄島からの手紙」で

渡辺謙が主演して、4年前に封切されたので記憶に新しい。

島の将兵は皆覚悟を決め、浮ついた笑い一つありません。

悲愴決死其のものです。私も勿論そうですが、矢張り人間の弱点か、
あきらめきれない点もあります。
・・・殊に又、妻のお前にはまだ余りよい目をさせず、
苦労ばかりさせ、これから先と云ふ所で此の運命になったので、
返すがえす残念に思ひます。
私は今はもう生きて居る一日一日が楽しみで、
今日会って明日ない命である事を覚悟してゐますが、
せめてお前達だけでも末長く幸福に暮らさせたい念願で一杯です・・。
私も米国のためにこんなところで一生涯の幕を閉じるのは残念ですが、
一刻も長くここを守り、東京が少しでも長く空襲を受けないやうに
祈っています。
地下からのゲリラ戦

ワシントンの日本大使館に武官として駐在し、
ハーバード大学に留学した中将は、
米国の巨大な工業力を知り尽くしていた。
攻めてくる米軍を水際で迎え撃とうにも、
空爆や艦砲射撃ですぐに殲滅されるだけである。
そこで全島に強固な地下壕陣地を設け、空爆・砲撃をしのぎつつ、
上陸してきた米軍を地下壕から自在に出没してゲリラ戦で
消耗を強いるという作戦をたてた。
しかし地下10mでは温度は49度にも達す。
兵たちはふんどし一つの姿で、ツルハシ、スコップで掘っていくのだが、
1回の作業は3分から5分、5人一組で一昼夜掘っても1m進むのが
やっとだった。さらに将兵を苦しめたのは水不足である。
時折の雨水だけでは、一日4人に水筒1個分の水の配給しかできなかった。
飯米は硫黄臭い地下水か海水で炊くが、ひどい下痢で悩まされた。
中将は自らの食事も水も特別扱いを厳禁とし、
全島を廻っては地下壕作りを陣頭指揮した。兵たちは中将の作った
「敢闘の誓い」を口ずさみながら、苦しい作業を進めた。
一、我等は各自敵十人を殪(たふ)さざれば死すとも死せず

一、我等は最後の一人となるとも「ゲリラ」に依って敵を悩まさん

こうして米軍が攻撃開始した20年2月では、総延長約18キロに
及ぶ地下洞が掘られ、島南部の擂鉢山には6キロの蜘蛛の
巣状の地下陣地が張りめぐらされた。
2月16日  ■Black death island! ■