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Sparkring Life

旧・京都Sparkring Life
通って住んだ足掛け10年の京都生活を終え、横浜に住まい中。
書く人:maiky

宵闇コンチキチン♪

2007年07月15日 | 【京都】祗園祭

宵の頃、山鉾の駒形提灯が徐々にその光を強く放ち始めます・・・



函谷鉾



そして、雨の音をかきけすほどのコンチキチン♪が鳴り響きます。


 





月鉾

私、ここのお囃子が一番好きです
何だか鉦の音がすごく丸いというか、乾いた音に聞こえないんですよね。




「チントンシャントン どっこいしょー」・・・って聞こえる(笑)




ちなみに、演奏中でも一般の人が櫓の内部に上がってました。
目の前で鉦や笛の奏でられる様を見るのは最高の気分かもしれないですね♪
でも、当然のごとく大行列です。写真撮影も禁止です。
昼間に行っておいて良かった~



外から見ていると、お囃子の子供たちは実に楽しそう!
揃いの浴衣を着て、夜に友達と鉾に乗るというのが特別で嬉しいんでしょうね。



菊水鉾

こちらは降り続く雨と台風対策の為か、提灯はつけず。
でも、これはこれで何だか綺麗でした!
月鉾のように会所に繋げられた橋ではなく、長い梯子を登って櫓に上がります。



長刀鉾

ここの駒形提灯には「長」の印字がなく、スポンサーの「大丸」ばかり目立ちます。

まるで「大丸鉾」(笑)




絢爛豪華な装飾が見事です。



屋根裏にある人形は小鍛冶宗近が神剣を鋳造する姿。持つ長刀は文政13年の作!
孔雀の絵「金地彩色孔雀図」は、花鳥写生画の名人といわれた松村景文(1779~1843)の筆。



正面にも同様の彫刻に、鳥画。

この彫刻『厭舞(えんぶ)』は、悪魔調伏して災消除の舞楽を表すもの。
「厭舞」とは、舞楽で最初に奉する、2人の舞人が矛をとって舞う曲だそうです。

双丹頂鶴の絵も後方の孔雀同様、松村景文によるもの。



両側には郡鳥飛翔図が区画ごとに描かれています。右側は水鳥、左側は山鳥。
松村景文、文政12年(1829)の筆。

櫓の内部、天井部分にご注目ください。
格天井の各区画は28あり、星辰28宿を銀鋲で打って表現してあります。



こうしてじっくり見ていくと、山鉾巡行はテーマパークのそれとはまるで違う。
偉大な先人がひとつひとつを作り上げ、鉾町の人たちが大事に守ってきた美術品。

私たちにはそれをこんな間近で「知る」「見られる」喜びがあるんですね。




maiky、あるものに興味を惹かれつつ撮影に励んでおります(笑)
長刀鉾の櫓には、男性しか上がることが許されません。
仕事帰りのサラリーマンが楽しそうなのにもご注目くださいね♪




四条通のアーケード下にも提灯が灯り、お囃子の音色が響きます。


7/13 月鉾拝観

2007年07月14日 | 【京都】祗園祭

7/12は14時から約1時間の「久世稚児社参神事」を見学しました。
神事の終了と共に祗園からバスに乗り、今度は15時~の舁山の舁初めを目指します!

職場から祗園さんまで歩いて行った事&長い間立ちっ放しだったので怪我した足が痛く、
バスで向かったのはいいものの、そこは天下の四条通・・・大混雑、大渋滞。

それも予測していたし、雨脚も強くなってきたので舁初めはあきらめました。

そこで、囃子の鉦の音がことさら綺麗でお気に入りの月鉾へ粽を買いに予定変更。

月鉾では厄除けの粽を買うと、鉾の内部を拝観できるのです!



きゃぁ~~~

ごらんの通り、ビルの2階に及ぶ高さです。



奈落・・・(笑)

車輪をつないでいる、縦位置の色違いの角材が2本ありますよね。
あれは「石持(いしもち)」といって、本体の重心を下げる役割をするそうです。
松を使った月鉾の石持は、全ての鉾・舁山のなかで最大のものだそうですよ!

色が違うのは、今年と来年で新調するからだそうです。
ということは、左側の古い石持は来年変えられるということですね~。

ちなみに昭和26年、月鉾鉾建ての際にこの石持ちの縄がらみが不十分で、
北に向かって横倒しになり、巡行できなかったそうです。

これには「女人禁制のタブーが破られたからだ」という声があがったそう。

でも今は、月鉾は曳き初めと拝観のみ女性が参加しても大丈夫です。



内部の写真は、人が多くなると禁止されるそうです。
私が行った時はすいていたので快く撮らせてくれました~

しかし・・・本当に見事な美術品が至るところに点在していたのです!!



【源氏五十四帖扇面散図】天保6年(1835) 岩城九右衛門筆

170年も前に描かれたものです!それが手の届きそうな位置に…。
これを描いた「岩城九右衛門」さんは、町内の富豪で月鉾改造に尽力されたそうです。



これは大河ドラマ「義経」のオープニングにも出てきた~と思って撮影♪



【金地彩色草木図】天明4年(1784) 円山応挙筆

お次は軒回りに円山応挙の筆がぐるりと走ります!! こっちは200年以上も前。
えぇ~もう凄い! 描かれているのは夏の草木ですって。



さらに梁と桁の表面は、精巧な貝尽くし!
二枚貝、巻貝、ウニなど・・・大錺屋勘右衛門の腕によるものだそうです。


ひたすら「ほぇ~」と感心していると、会所のおじちゃんが教えてくれたのは…




伝・左甚五郎作の白兎!

ひっ、左甚五郎といえば知恩院の忘れ傘で有名なあのお方。
私とおっちゃんの会話をききつけた寄ってきたお姉さんも興奮してました。

これは正面の白兎で、亀が兎を見上げているユニークなデザイン。



そしてこちらが後ろ側。今度は麒麟が飾られています。

この2枚の写真は本当に苦労して撮影しました。
櫓の真上にあるので、櫓から上半身を乗り出して撮らなきゃならんくて…。


ていうか、この白兎以外は知識なく、ただ綺麗だと思って撮影したものなんです。
記事を書くときに、本やネットで鉾のことを調べて改めて写真を見返すと、
いたるところに文化財や貴重なものが写っていてビックリ。
無知の私でも気を惹かれるほど、これらの持つ魅力の凄さがよく分かりますね。

上の「奈落」の写真もそう。
ただその高さと景色を撮って後で見返したら石持の色が違うんで調べてみたら、
新調されることや、昭和26年の事故を知ることが出来たのです。

勉強ってこういうことだ~って楽しくなりました。




これも何気なく撮った1枚。鉾の内部から外を見た感じ~というテーマで撮影。
でも、ここにも凄いものが写りこんでいます。



【風車文柱飾金具】天保6年(1835)作 松村景文:下絵

分かりやすいように背景をぼかし、拡大してみました。
これ・・・普通に触りましたけど・・・。もう歴史が身近すぎる!困る!

鉾は「動く美術館」だと思い知らされました。参った・・・お手上げ。




でも。小学生のわんぱくボーイにはそんなの関係ないっ♪

「たけー」「すげー」「こえー」だけで充分です(笑)

そんな彼らのハイテンションを動画でバッチリ撮らせてもらいましたよ。





【みどころ】
・その出てくる早さ。
・頭をぶつけた少年が、最後私に「ヘーイ」と呼びかける打たれ強さ。
・横にいたおばちゃんに「あそこに、やたがらすがいるよ」と教えられて、
 「あーあーあー」と声を出してズームインするmaiky。
・上で紹介した各装飾品の位置関係


7/13 久世稚児社参

2007年07月14日 | 【京都】祗園祭


13時でバイトが終わって、お昼も食べずに八坂神社へ急行っ

本日もタイムテーブルを書いたメモを片手に動き回りました。

まずは、14:00 八坂神社「久世稚児社参」!



13日は鉾に供奉する「鉾稚児」と、南区久世の「綾戸国中神社」の神使いである、

「久世稚児」
が八坂神社宮司から「お位」を授かる日。


久世稚児さんて?

17日に行われる神幸祭と、24日の還幸祭で馬に乗って神輿を先導する役。

これがただのご案内役ではなく、その存在はまさに「神の化身」。
長刀鉾稚児や皇族も下馬を要求される八坂神社の境内に、
騎馬のまま乗り入れられる破格の扱いを受けるのだそうです。


境内で待つこと30分・・・降りしきる雨の中、お稚児さんを待ちわびました。




神事は厳かに粛々と行われていきます。


位を授かった以後は「神の使者」となり、そのいっさいの世話を父親がするそうです。

「女人禁制」の旧習がこんなところにも表れているんですね。




儀式が終わった模様です。禰宜さん達がまず出てこられました。



そして、宮司さんに関係者御一同で記念撮影。 裃の青が鮮やかですねぇ~。



17日・神幸祭では、まだ8歳の堀川大輔君が、神輿を四条寺町の御旅所まで先導。

24日還幸祭は、10歳の永守将輝君が神輿のうちの中御座を先導します。

(この2つの祭事の詳細は当日の記事で書くことにします)


でもね・・・


 
 

やっぱりまだ8歳! 傘が気になって仕方ないようです かわいい~。



祭事の全てが終わり、境内を後にするお稚児さん。

ひゃぁ~~~目の前にぃ~~~!!!



ピリッとした雰囲気を持つ10歳の永守将輝くんはさすがの所作。

愛らしい雰囲気が魅力的な8歳の堀川大輔くん、とても良い表情です!



まだ幼さの残る両手の表情にも注目です。

がんばれ・・・





偶然祭事に遭遇した観光客やカメラマンで賑わいましたが、割と見やすかったです。

ただ、マナーを守れないカメラマンさんが多くて…。関係者さんも困り果てていました。

その目を盗み、立入禁止のエリアに駆け込んで写真を撮った方まで・・・

もちろん、かなり強烈なお叱りを受けていましたけどね。当然です。

私も、後ろから強引に押され、耳元でシャッターを切られるなど不愉快な思いをしました。

祭とはいえ、神事。マナーは守って・・・私も気をつけなければ。


今回は動画がありません。京都新聞のサイトに詳しいのでご覧下さい♪

http://www.kyoto-np.co.jp/kp/movie/player.php?id=20070713gion-kuzechigo


【曳初め】15:30 長刀鉾

2007年07月13日 | 【京都】祗園祭

14時 函谷鉾~、15時 菊水鉾~と来て・・・あぁ次は長刀だ~!

と、四条烏丸を東方西走していた私

好きなことならどこまでもフットワークが軽いっつーのがチャームポインツです(笑)

しかし、前日に鉾がどっこらせーって起き上がったばかりなのに・・・。

午前中には装飾も済ませ、お囃子のおじさん達もリラックスです

函谷鉾のトップ写真と対照的な、長刀鉾のトップ写真にご注目(笑)




会所の前に到着してすぐに鉾が東へ向けて動き出しました。
鉾は富小路通まで行くので、そこから引き返してくるまでしばし待機・・・。



長長長長長長長長長長長・・・の腰帯。浴衣の色が鮮やかですね~。
でも、アレが透けてる人もいましたよ。襦袢は着ていない模様。

え?そんなん見なくていいって? 見えてしまうんですってばっ、奥さん♪(誰)
ていうかわざわざ書かんでもよろし。


長刀鉾が帰ってくるのを待っている間の文章として、しばし余談をば。


実は昨日、おたんこなーすな事をしまして。
うち、姿鏡が玄関についてるんですけど服を着替えて鏡見に行ったとき、
いつもの調子で裸足のまま玄関に降りたんですね。

そしたら。


ドブスッ・・・!


その「ブス」じゃなくて(笑)

サンダルのほっそい金具が直立していて、それを激しく真上から踏んづけた!!
昨日の鉾建てを見に行く直前で、血は溢れ~の止まらない~の痛い~ので悶絶。

だけど鉾建ては待ってくれない。職人さんの素早さは並じゃない。

で、絆創膏ばんばん貼って家を出たんですけどね…未だに血が出てきます。
どうやら穴が開いた模様です(笑) お~痛ぇ。


そんでもって、本日もオッペケペーな出来事が。

バイト先が長刀鉾に近いので、休憩時間にカメラ持って撮影に向かったら。

メモリ入ってないでやんの。仕方なく携帯でパチッ。・・・しょぼ。

曳き初めが14時~とかで本当に良かったです。



あっ!そんなおたんちーんな余談をしていたら長刀鉾が帰ってきましたよっ!!!




ん???


あっ・・・


お稚児さんと禿さんが乗ってる~~~!

というかまず他のあるものに気がついてお稚児さんに気づくの遅かったです(笑)




今年のお稚児さんは8歳の男の子。お兄ちゃんも過去にお稚児さんだったそうです。
凛として・・・何だか神々しい雰囲気・・・。
生きた稚児を乗せるのは長刀鉾のみ。

このお稚児さんが17日の巡行の際、斎竹に貼られた注連縄をバスーンッと切るのです。
そして町名が変わるごとに舞を舞い、公式には地上を歩かず肩に乗せられて移動します。

祭の期間中は清浄に配慮して起居しなければならず、とても重要なお役目のようです。

そんな重責が小さな両肩に乗っているのを微塵にも感じさせず、堂々としていました。


んで。

私がこんなに偉~いお稚児さんより先に気がついたこととは・・・。




このお兄さんっ

鉾建ての際に一目ぼれしたステキなお兄さん、何と音頭取さんだったとは!!

動画では、このときの私の動揺が手に取るように分かります(笑)


辛抱強く戻りを待っていたため、また最前列を確保できた私の目の前で鉾は停止。

櫓から会所に渡された廊下を通るため囃子方が降りてきます。




禿さん。 無我夢中で撮った割りにバッチリ撮れた♪




お稚児さん。

下から見上げると、まだ幼さが感じてとれますね~。何か泣ける。




櫓が空になるまで待機中の皆さん。鉾を正常の位置に戻す作業が残ってます。
その様子は動画で捉えましたのでぜひ見てくださいね。

では、長刀鉾の曳き初めの様子をとくとご覧下さ~い。

長刀鉾曳き初め



【鉾が到着してからも続くお囃子】


<再生時間 3分35秒>

囃子が終わると拍手が沸き起こります!



【車輪を動かして位置を正す作業】


<再生時間 1分6秒>


【曳初め】15:00 菊水鉾

2007年07月12日 | 【京都】祗園祭

14:00の「函谷鉾」曳き初めを見学したあと、四条新町を上がって次は菊水鉾です!

こちらでは、細い道ならではの迫力と切迫感を堪能できます。



榊の先は電柱やビルの窓に届かんばかりにせり出しています。
注目すべきは、長刀鉾との榊の違い。こちらは他の鉾同様、多くの白幣を付けています。



そして、鉾の中では唯一唐破風屋根を持ちます。
ここからは見えませんが、頂きには「夷像」が置かれているようです。

「菊水鉾町」が古く「夷三郎町」といい、町内に夷像が祀られていたことに縁を持ちます。

屋根の上には、送電線や電柱を避けるために人が乗ります。
万が一ぶつかりそうになると足で蹴る事で、鉾が反対側にしなるそうです!
縄で絞めることで柔軟性に富んでいる、まさに職人の技が生きる瞬間。




祗園囃子は同じようでも各鉾ごとに違います。
(月鉾の鉦の音がとても柔らかでウットリしました~^^)

本来なら、櫓の中央に「菊丸」という稚児人形が座りますが今日は欠席の様子。
能の舞姿で童子の素顔をした昭和31年の作だそうです。

鶴の飛翔姿が美しい前懸は、昭和30年の新作で絢爛豪華な刺繍です!
あー立派・・・



さぁこちらも動きます!!



おじ様2人の「エンヤラヤー」!

菊水鉾の音頭取は、菊葉型の団扇を用いるそうですが今日は扇子で代用した模様。
特にこのとき、雨が本格的に降り出したのです!



めめめ・・・目の前に胴懸の「獅子図」が迫り来る!!!
新町通ならでは。迫力満点の楽しみです。


では、その菊水鉾の曳き初めを動画でお楽しみください♪

「函谷鉾」の動画とはテーマを変え、曳く人の臨場感が味わえると思います。


0712 菊水鉾曳き初め

<再生時間 4分10秒>

※途中でひょっこり顔を出す●●や、maikyを襲ったアレなどがお楽しみいただけます(笑)