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少子化に悩む少年野球監督

少子化で部員減少に悩む少年野球チームの監督。その就任からの記録です。

新ユニフォーム

2008-01-31 | 監督1年目
監督問題が解決しましたが、依然部員不足は変りません。

部員勧誘の為に最初にしたことは、長年の夢?新しいユニフォームを
作る事でした。

今までのユニフォームは、はっきり言って古臭く、ダサいデザインでした。
パジャマみたいでした。
また、PTAチームも同様。楽天の野村監督の居た頃の南海のデザイン。


少年チーム・PTAチーム、全く違ったデザインでしたので、試合が重なると
ベンチ入りしているコーチは、大変でした。時間がない時は、急いで移動。
グランド脇に行って、上下着替えていました。
少年→PTAなら、周りはムサイ親父ばかりですからまだ良いのですが、
逆のパターンだと、応援のお母さんが居ますから、かなり恥ずかしい。

上だけ着替える事が出来るように、同じデザインにしました。

PTAチームの部長である、例のC君のお父さんが、デザインから
ショップとの交渉、と大活躍。

基本モデルはメッツ。カッコイイ仕上がりに成りました。

2年前に卒業した息子が、「なんで、俺たちの時に変えてくれなかったの。」
と悔しがる事。


そして、ユニフォームが変わる事を意識したポスターを作り、学校はもとより
町内の掲示板。商店のコーチの店先。貼りまくりました。

その成果は
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案内状

2008-01-18 | 監督1年目
今日は、回想の番外編です。

今朝、お互いの歴代の監督、コーチ、連盟関係者の方に
新チーム発足のお知らせのハガキを投函しました。

代表が本文を、統括マネージャーが、あて先住所を確認して
私が印刷して、投函。正にトロイカ体制。

でもね。自分で言うのもなんですが、この三人が居なかったら
新チームは出来なかったと思います。少なくても今年には、間に
合わなかったと思います。

もう、年を越したから、一昨年になりますが。
統括マネージャーになった人。この時の相手方の監督でした。

この人が年末大会の閉会式で、「来年一緒にやらない?」「はぁ?」から
始まりました。冗談だと思ったし、出来るとも思わなかった。

聞けば、来年は監督も交代するって言うし。
私だって、その時点で半年しか遣ってなかったし、ドッチが監督になるの?
ユニフォームだって、変えたばかりだし。

盛り上がっていたわりには、数ヶ月はナシのつぶて。
コチラは、数年間は試合が出来る人数はいますので、待ちの状態。
その間ムコウでは、かなり議論がなされていたようで。

その後、低学年は3人しか居ないので、今年は低学年のみ合同でやりましょう。
って事に。翌年は、5年生が4人しか居ないので、高学年も合同に。

マネージャーは、低学年に付き合いウチのチームの中に入って来ました。
一人で。
行動力があると言うか、物怖じしないと言うか。
どんどん、溶け込んでもう何年もウチでコーチをやっている様。

両チームの調整をし、父兄を交えて会議も重ね。時には、飲み屋さんで
会議も。
スタッフの件、ユニフォームの件、練習場、両学校長への挨拶。
代表が動いてくれました。

私は、うーん子供たちと練習してました。

まだ、練習試合も組めていませんが、学校の垣根を越えたチーム
何とか軌道に乗せたいです。

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監督は誰がやるんだ、私だよ。

2007-12-14 | 監督1年目
後任の監督問題が解決しないまま。



その年の年末、PTAチームの納会があり、その二次会。
以前、私たちPTAチームを逃げ道にしないで監督をやれ
と言われた時に助け舟を出してくれた、長老から。


長老「お前、少年チームの監督やれ。」
私「PTAがあるじゃないですか。無理ですよ。」
長老「兼務だって言っても、少年の方は、試合なんて出来ないだろ。
練習のみだから、PTAの試合と被る事も少ないし、被ったらPTAに
入っていないコーチに頼めばいい。」
私「出来ないですよ。」
長老「あの会議で、お前が一人でも続けると言っただろう。あの言葉があれば
出来る。」
私「そんな無茶苦茶な。」


そんな会話があり、帰宅してから。妻に長老から監督やれって言われた。と
伝えると。
妻が「私もパパがやるしかないと思う。」と言い出しました。

来年度の保護者会長は、妻がやることに決定していました。
監督と会長が同じ家にいるから、
連絡も不自由しないし、助け合っていけると思う。
と。

前の監督にも話したところ、「移籍ありきで進んで、もしかしたら
解散。っていう雰囲気で、一人でやるって言ったんだから、やるのが
自然な流れだと思う。」と言われ、

二人の重鎮のお墨付きで、PTAチームへの言い訳がたったのと
奥さんの後押しで、家庭での協力もOK。

監督に後任になることを伝え、監督が転勤するまでは、監督代行
という形になりました。

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アレッ

2007-12-07 | 監督1年目
C君の父親がPTAチームの部長を降りて、少年チームへの監督。
PTAチームの部長の後釜も決まって、
父親が監督だったら、C君だって移籍はしないかな。

良い方向に転がってきたかな。
次の問題、部員の勧誘について考えないと。
なんて、思っていたいました。

そして、ある日の練習終了後、監督・保護者会会長と私の3人
で、C君の父親に正式に監督就任のお願いと言うより、確認。
「〇〇さん、少年チームの監督大丈夫ですよね。」

「ハイ、大丈夫です。」とか「部員を増やして、試合しましょう。」
とか言ってもらうハズでした。いえ、言ってもらわないといけない、ハズ。



が、



彼の口から出た言葉は、「やっぱり、仕事が忙しいので、監督は無理です。」

エッ。(?_?)



あのメールは、あの行動は、何だったのでしょう?

アレは、夢。幻。私の都合の良い想像。


本当にそんな感じでした。彼は何事も無かったように言いました。
「無理です。」と


結局、彼はPTAチームの部長二期に・・・


全て、元に戻りました。






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監督後任候補 二人目

2007-11-30 | 監督1年目
元PTA会長に後任監督を断られ、進展の無い日々。

そんなある日、一通のメールが来ました。


移籍3人組の一人、C君の父親からです。
C君は移籍しますが、C君の弟は1年生、チームに残りました。
そして、父親はPTA野球部の部長をやっていまし、コーチとして
少年チームにも残っていました。


PTAチームは、部長2年経てから監督2年という暗黙の了解があり、
次年度は、私とC君の父親のコンビ2年目に当たる年でした。

常々彼は、来年の少年チームをどうやって盛り上げるかと言っていました。
そして届いたメールには、自分が少年チームの監督をやりたいが、PTA
の部長との両立は難しいので、私に監督兼任で部長をやって欲しいとの
旨が書いてありました。


部長は、対外交渉から部員までの連絡等かなり忙しい。やっとの思いで
2年務め上げ、やっと解放されたと思ったのに、しかも監督と兼務は・・・
やんわりと断りました。


監督就任に執念を燃やす彼は以前監督候補に挙がった元PTA会長に
PTAチームの部長就任要請をしました。


元PTA会長その場で、「自分はOKだが、嫁が・・・」
少年チーム監督は、一蹴されましたが、今度はPTAの部長ならと
OKが出ました。

これには、一同安堵しました。

それにC君の父親が監督になれば、C君だって移籍を止めるかもしれない。
淡い期待。

徐々にですが、良い方向に向ってきた感じ。

全て丸く収まるかに思えましたが・・・


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後任監督候補

2007-11-21 | 監督1年目
さて、保護者会で「チームが一人になっても続ける。」と
偉そうなことをいっていましたが・・・

無責任にもこの時点で、私は後任の監督を引き受ける
つもりはありませんでした。
発言した時は、ちょっとよぎりましたが・・・

前にも書きましたが、PTA野球の監督をしていましたから、
両方は無理という判断がどうしてもありました。
小学校のPTAを名乗ってますから、野球だけではなく、
学校行事のお手伝いは勿論、地域活動もやっているので、
結構忙しいのです。

おそらく周りの関係者からも、 「じゃ、やって下さい。」とは、
言われませんでしたから。私が監督という選択肢は無かった様です。

そこで、関係者で相談したところ、私の前にPTAの監督をしていた
人に要請しましょうという事に。

この方は、頼まれると嫌と言えない人。
PTA会長、おやじの会会長、野球部の監督、 部長を歴任。
さらにPTA野球の連盟の副会長までやり、それらをソツ無くこなしていました。
下の子の小学校卒業と共にそれら全ての役職を終えたところでした。

しかも、少年野球の監督をしてみたいと、飲みながらでしたが言っていましたし。
要請したところ、快諾。これで一安心。



と思ったのもつかの間。



翌週、断りの返事が・・・上記のように役職を歴任。

「全ての役職を終え、やっとウチに居ると思ったら、少年野球
の監督だ。許しません。」と奥様の逆鱗に触れたらしいのです。



これでまた、振り出しに戻る。


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そんなに潰したい?

2007-11-19 | 監督1年目
移籍の決定は、各家庭で決めましょう。って事で終了した会議。

で・す・が。

会議当日の夜、何の愛着も無い男は、残留を決めたD君宅に電話を架けていました。
後日、D君の母親から聞いた内容は、
まずDを出してくれと。もう寝ていると伝えると、直接話して説得したいから、
起こしてくれ。と、明日の朝伝えるから、話してくれと母親が言うと、愛着の無い
男は、Dを一人残していくのは忍びない。(ウチの娘も残るですが。ウチには
何のアクションも無かった。)から始まり
監督の非難、コーチの非難を繰り返したそうです。まぁ不満があったのは知って
いましたが、だったら転勤を隠れ蓑にしないで、監督を受け、自分の方針にチームをもって行けば良かったのに。

さらに愛情の無い男の奥方に電話が変わり、説得は続きます。
D君の母親が、「そう言えば今年は、練習も試合も顔を出さなかったよね。」と
振ったところ、「あ、分かった。チーム距離を置こうと思って。」って笑ったそうで。彼女が、数年前父母会長をしていた時は、皆で助け合っていたのに。
D君の母親は、この非協力的な笑いに怒りを覚えたそうです。

5年以上も息子二人が、お世話なったチームがそんなに憎いのですかね。
そして5人しか、居ないのに。さらに引き抜いていこうとして、そんなに
潰したいのですかね。

まぁ話す気もしないので、会議以来話していないので、分からないですが・・・

説得に対し、D君の母親は丁重?にお断り。

これで、移籍問題には一区切り。
次なる当面の問題は、後任監督です。
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愛着

2007-11-13 | 監督1年目
B君の父親は転勤族。それを理由にチームの役職を全て断ってきた人です。
それでも、B君は1年から入部。加えて三つ上のお兄ちゃんも4年から
入部。この時点で5年以上は居るベテランさん。(未だに転勤していませんが、)

その彼が言い放った言葉は、
「私は、転勤族でいつまた転勤するか分からないから、この土地にもこのチーム
にも愛着も何もない。監督・コーチが怒ってもダラダラしているようなチームだから、進歩がない。
この際解散するのもありかな。と思います。」

散々お世話になった、前監督が横に居るのに。解散すれば良い。
この言葉を聴いてみんな、あきれたのか、意味が分からなかったのか、一同沈黙。

そして私は、怒ってました。
チームに愛着がない。<`ヘ´>
愛着が無いのに、コーチ面で子供に接していたのか。
私はもうこの人達と話しても無駄だと思いました。

確かに、人数が足りなくて、監督も7月には居なくなる。
しかも後任は未定。チームに未来に明るい材料は無いです。

ウチの子が、女の子ではなく、男の子だったら、中学に
進学してからも野球を続けるという子だったら、
もしかして、移籍の道を選んだかもしれません。

しかし、愛着はあります。恐らくこの会議に出ていた人、 全員。
彼以外は。
だから、悩んでいるのに・・・
この言葉は、今でも許せません。

そして私は、「それじゃあは、○○校に行きたい子は、行く。
残る子は残る。各家庭で決めましょう。私はこのチームに
愛着があるので、例え残る子が一人になっても続けたい。」

勿論、”愛着がある”の言葉を彼を見ながら言いました。


そして、会議は終了しました。
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緊急保護者会

2007-11-09 | 監督1年目
来年度の部員が8人から5人になる。
部の存続にかかわる会議。現役の保護者ばかりでなく
歴代の監督、保護者会の会長が集まりました。

監督から現状の報告があり、続いて保護者会の会長の話。
「来年人数が足りなくなるのは、分かっていたのに。何もしなかった私が悪い。」
と、涙ながらに訴えます。悪いのは、会長だけではなく、関係者全員です。
続いて当事者の保護者の発言がありました。
ウチもそうでしたが、それぞれの家庭で話し合いが持たれていたようです。が、
驚いた事に最後に移籍を言い出した子(C君)の両親は、自分の子が移籍したいを事を知りませんでした。コーチをしている父親を前に言い出せなかったのでしょうか?
「エッ、うちの子もですか?」の発言で、この時だけは爆笑でした。

最初に移籍したいと申し出た子(A君)の両親は、本人の意思が固く説得でないの
一点張り。何で小学校5年生の息子を説得できないのか。
そもそも説得する気がないのか?

もう一人の子(B君)は、完全に親主導で移籍に。もしかしたら、この人が中心になって移籍話をもってきたのか?

時間は進みますが、内容は会が始まってからまったく進展しない。平行線のまま。
助っ人がいるから試合は出来ると現状維持を訴えいる私たち。
「助っ人なんか認めない、練習から苦しんだ仲間と試合するのに意味がある。」と言うB君の父親(じゃ、5年間一緒にやってきた仲間は見捨てて良いののか?と、私の腹の中)
そして、「本人の意思が固くって。」を繰り返すA君の両親。



そして、B君の父親の口から信じられない言葉が・・・
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分裂

2007-11-06 | 監督1年目
このチーム残る、仮に〇〇に行くのなら5人全員でと言っていた5年生。
ですが・・・
合同練習から帰ってきたら、
まず、A君が向こうに行くと言い出しました。
また、ほぼ同時に別の子(B君)の父親が、移籍を宣言。
それに、流されるようにもう一人。(C君)

合同練習に参加して弱い自分達でも、十分ムコウでもやれる自信が付いたようです。
しかも、移籍すれば何の心配もなしに試合に参加でき、もしかしたら優勝だってあり。
今のままでは、考えられない状況。


最初に言い出した子は、親に「俺は、マウンドに立ちたい。」と言ったそうです。
そりゃそうです。1年から初めて、このままなら、最後の年に試合が出来ないですから。
でも、あくまでも推測ですが、最初、親から話を振ったんじゃないかな?と思っています。
その後、本人もその気になったような・・・
この子の父親は、以前監督就任を仕事を理由に固辞した人です。
自分が監督をしたら、子供、移籍できないですもん。(深読みですかね。)

「子供が、どうしても行きたいって、言うんだ。」
って言われれば、コチラは、「そうですか。」としか言えませんし・・・
でも、子供を説得出来ないような親じゃないと、今でも思っています。

B君は、完全に親の希望でした。彼は、最後まで行くなら皆でと言っていたそうです。
これは後の話ですが、A君とB君、それに夫々の父親と一緒に
退団の挨拶にに監督の所に来たそうです。
A君は、自分の意思もハッキリしていたので、普通に挨拶をしたそうですが
B君は、気持ちの整理が出来ていない様で、泣きじゃくっていたそうです。
移籍した後も、通り道ではないのに、練習の行き帰りウチの小学校の前を通っていました。
開会式などで、顔を合わせると、自分達が去ってから作ったユニフォームを
「かっこいいなぁ。」と言いながら触っていましたし。

移籍が良い・悪いじゃないですし、皆我が子の事を思っての行動ですが、

何か釈然としません。


さて、話は戻って、じゃ残される子はどうする?


緊急の保護者会が開かれる事になりました。

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