
石垣島出身の有名人と言えば、誰を思い浮かべるでしょうか。
”涙そうそう”を歌う夏川りみさんも有名ですが、残念ながらこの人の
右に出る人はいないでしょう。

そう~
世界WBAジュニア・フライ級(現在のライト・フライ級)チャンピョンの
具志堅用高さんでしょう。

世界チャンピョンを13度に渡って防衛し、その連続防衛記録は約37年
経った今でも破られていません。
まして、当時は世界団体は「WBA」と「WBC」しか無かった時代なのです。
現在のでは「IBF」や「WBO」が加わり、当時の2倍の4団体になりました。
また、階級(体重別)も当時はたった8階級だけでした。
なので2団体×8階級で、最高でも世界チャンピョンは16人でした。
現在は階級(体重別)も17階級と当時の2倍以上です。
4団体×17階級なので、最大68人も世界チャンピョンになれるのです。
当時の世界チャンピョンは、現在の4倍以上の狭き門だったのです。
そう考えても、具志堅用高さんがどんなに凄かったか分かると思います。

入場料は、大人400円です。
館長は具志堅用高さんの父親が、運営されている様です。
この日は、具志堅用高さんの実姉が勤めていらっしゃいました。

正面入り口で、入場料を支払いチケットをいただきました。
世界チャンピョン時代の具志堅用高さんの写真が印刷されています。

現在はバラエティ番組でトンチンカンな答えをして、お笑いキャラになって
いますが・・・・めっちゃ凄~い人でしょう。
1976年10月10日ドミニカ共和国出身のWBA世界チャンピョンの
ファン・ホセ・グスマン氏と、山梨学院大学体育館で初防衛戦を行い
第7ラウンドにKO勝ちで下し王座を獲得しています。

記念館は1階と2階からなっています。


当時、実際に使用していたリングガウンなども展示しています。

世界チャンピョンを約4年5ケ月間に渡り、守り続けた汗の結晶が
ずら~りと展示されていました。

壁づたいには、数多くの勝利時に貰ったトロフィーなどが
展示されています。

伝説は、この試合から始まりました。
世界チャンピョンを奪取した時のポスターが貼っています。
後楽園ホールじゃ無く、山梨学院大学の体育館なところも~当時、
その後13回連続防衛する偉業を予知できなかったことでしょう。

右側から左側に掛けて、世界チャンピョンの防衛順にトロフィー
などが展示されています。

連続防衛回数も2桁になり~

13回目の防衛戦は、14度目の防衛戦で敗戦したメキシコの
ペドロ・フローレスに3-0判定で下しました。
世界チャンピョンになった時から、13回目防衛戦まで15戦(ノンタイトルが1戦)で
15戦全勝でその内10KOと圧倒的に強いチャンピョンでした。

世界チャンピョンの証、チャンピョンベルトです。

リング(レプリカなので、一回り小さいものです)もあります。
そこにはサンドバッグがぶら下がっていました。

具志堅用高さんと言えば、冠鷲(カンムリワシ)でしょう。
現在は保護の関係もあり、約200羽弱(石垣島と西表島の合計で)
近くまで復活している様です。
天然記念物の鳥だけに、会えれば良いのですが・・・・!?
”涙そうそう”を歌う夏川りみさんも有名ですが、残念ながらこの人の
右に出る人はいないでしょう。

そう~
世界WBAジュニア・フライ級(現在のライト・フライ級)チャンピョンの
具志堅用高さんでしょう。

世界チャンピョンを13度に渡って防衛し、その連続防衛記録は約37年
経った今でも破られていません。
まして、当時は世界団体は「WBA」と「WBC」しか無かった時代なのです。
現在のでは「IBF」や「WBO」が加わり、当時の2倍の4団体になりました。
また、階級(体重別)も当時はたった8階級だけでした。
なので2団体×8階級で、最高でも世界チャンピョンは16人でした。
現在は階級(体重別)も17階級と当時の2倍以上です。
4団体×17階級なので、最大68人も世界チャンピョンになれるのです。
当時の世界チャンピョンは、現在の4倍以上の狭き門だったのです。
そう考えても、具志堅用高さんがどんなに凄かったか分かると思います。

入場料は、大人400円です。
館長は具志堅用高さんの父親が、運営されている様です。
この日は、具志堅用高さんの実姉が勤めていらっしゃいました。

正面入り口で、入場料を支払いチケットをいただきました。
世界チャンピョン時代の具志堅用高さんの写真が印刷されています。

現在はバラエティ番組でトンチンカンな答えをして、お笑いキャラになって
いますが・・・・めっちゃ凄~い人でしょう。
1976年10月10日ドミニカ共和国出身のWBA世界チャンピョンの
ファン・ホセ・グスマン氏と、山梨学院大学体育館で初防衛戦を行い
第7ラウンドにKO勝ちで下し王座を獲得しています。

記念館は1階と2階からなっています。


当時、実際に使用していたリングガウンなども展示しています。

世界チャンピョンを約4年5ケ月間に渡り、守り続けた汗の結晶が
ずら~りと展示されていました。

壁づたいには、数多くの勝利時に貰ったトロフィーなどが
展示されています。

伝説は、この試合から始まりました。
世界チャンピョンを奪取した時のポスターが貼っています。
後楽園ホールじゃ無く、山梨学院大学の体育館なところも~当時、
その後13回連続防衛する偉業を予知できなかったことでしょう。

右側から左側に掛けて、世界チャンピョンの防衛順にトロフィー
などが展示されています。

連続防衛回数も2桁になり~

13回目の防衛戦は、14度目の防衛戦で敗戦したメキシコの
ペドロ・フローレスに3-0判定で下しました。
世界チャンピョンになった時から、13回目防衛戦まで15戦(ノンタイトルが1戦)で
15戦全勝でその内10KOと圧倒的に強いチャンピョンでした。

世界チャンピョンの証、チャンピョンベルトです。

リング(レプリカなので、一回り小さいものです)もあります。
そこにはサンドバッグがぶら下がっていました。

具志堅用高さんと言えば、冠鷲(カンムリワシ)でしょう。
現在は保護の関係もあり、約200羽弱(石垣島と西表島の合計で)
近くまで復活している様です。
天然記念物の鳥だけに、会えれば良いのですが・・・・!?
すごかったですよね、ボクシングなどほとんど興味のない身でもその活躍は鮮明に
でも最初に世界チャンピョンになった試合は大学の体育館だったなんてびっくりです。
よい意味で期待を裏切る活躍、そして今でも愛されるキャラですね
具志堅さんはほんと、強かったですね〜
さて、そんな中での冠鷲。
個体数が少しではあっても増えていたのですね。
もし出会えたなら、それは感動ものでしょう。
思わず期待してしまいました!(笑)
私も20年前でしたが、当時所属していた業界の研修会
に講演をお願いして、一緒に記念写真を撮った覚えが
あります。最近はいじられキャラで売っていますが、す
ごい方ですよね。まさに石垣島の大スターですね。
13回も防衛してそのトロフィーなどの数のすごいこと!
テレビでお目にかかる楽しいキャラは
演技ではなく 良いお人柄が現れていますね。
その偉業は未だ、誰にも破られていない金字塔なのですから吃驚ですね。
階級もたくさんあるので、階級を上げていくボクサーも増えている様に思います。
そんな方と記念撮影とは、これまた羨ましい一コマじゃ~ないでしょうか。
昭和が誇る大横綱の一人でしょう。残念ながら病気には勝てませんでしたが。
世界チャンピョンの人数が4倍以上になって、その偉大さが無くなっていますね。