町並み情景工房

熊川宿ジオラマライブ

2016・5月1日、妻と二人で来てから、14年ぶりの来訪です、

今回は、車いっぱいの5人連れです。
あの当時の古びた、たたずまいの民家が、すべて、きれいに改装されていて、町づくりの努力と同時に歳月も感じました。

「中町」の風景です、下の写真の構図は、14年前に油彩F8号(前々回のブログで掲載)に仕上げた場所です、この旅の目的の一つに、「その油絵を、置いて帰る」が、あります。

右てが琵琶湖方向に・・・人物は私です。


この場所から台車ライブの始まり・・・笑覧者1号さん、近所の人。



弁柄の家どうし、記念撮影





この先は、小浜の海まで下り坂。



台上に8作品を
「下町」に入ります。



作品は「看板屋」人形は「子ども院長」と「往診中の院長」



ここで、「まちづくり委員会」の会長さんと出会い、名刺交換、
目的の「油絵」も、貰ってもらえる事に・・・
・「町並みの維持管理」・「長すぎる町並み(1800m)の観光客の道線への工夫」・「南方の山に出来る予定のダムに合わせた、観光施設整備への期待」など、熱く語っておられました。




「中町」に帰ります、台車ライブはこんな形です、上の台が折り畳みのため、うねっています・・・工事必要”


昼食は早いめに、「ひのき屋」の、「おろしそばセット」越前そばを使用だと、・・・地元の人もお薦めでした。


そばを眺めているのは「おはぎちゃん」羊毛フェルトの作品、留守番うさぎの代用に連れてきました。

・量・価格・味・店人、すべてが、お勧めAランク



「なんと宿敵”家康の甲冑が”」
店の主人に断って、敵である真田軍団を配置・・・
・説明=信長が朝倉攻めで敗退し、浅井との挟み撃ちを恐れ、逃げ帰る途中に、家康軍がここで休憩、「家康腰掛の松」が根っこだけですが残されています、ちなみに、この戦で、「しんがり」を努めたのは、「秀吉”」です。



大きな石、前回来たときは説明書きが・・・
おじいさんが「わしが、小さい時に、上に登って遊んでいて、よく叱られた、神の石なんだ”」



昔の熊川宿の入り口番所です、関所や裁判所の役割もしていたようです。
14年前に来たとき「ここの予算がやっと下り、あんたが次に来るときには、・・・」と、うれしそうに、話されていた町役の人の表情、覚えています。



この町で唯一の、(以前は川東に真っ白な大きな病院が・・今空き地)近代建築?・・・元役場でフランス様式・・・左に井戸ポンプ、作品「洗濯場」にあるポンプと共演・・・。
・私の町並み評価、変わりました、・今風の建物ゼロ・長さ(2キロ弱)・住民の意識、など、一位に認定”

・ボチボチ、宿泊地のビラデイスト今津に向かう時間です、どこかで近江牛の、その店で”一番高い”のを買って、すき焼きです
            旅つづく


































町おこしのためのジオラマです。

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