21日に再放映されたNHKスペシャル「赤ちゃん 成長の不思議な道のり」(第38回高柳賞受賞作品)を見た。赤ちゃんの1年間の成長過程を追い、言語、脳、運動がどのように発達するかについて、最近の研究成果を映像化したものである。
生まれてきたばかりの赤ちゃんにはどのような能力が備わっていて、どのように世界と接し、生きていく力を身につけ、成長していくのか。その後、人間に備わったプログラム・成長の方略にそって成長を助ける教育のあり方を考える上で参考になる。とくに私の関心を引いた部分を列挙してみる。
まず、生まれて間もない赤ちゃんは、何にたいして関心を示し、集中力を発揮するのか。知覚能力を調べてみると、赤ちゃんは、すでに知っている人とは違う新しい人の顔に注意を払い、大人と同じように違いを識別していることが分かる。そればかりでなく、サルの顔についても、大人なら「サル」と認識したら通常はそれ以上注意を払おうとしないのだが、赤ちゃんは新しい顔の識別を行なおうとする。
言語音についても、生まれたばかりの赤ちゃんは、そうではない音と識別し、特定の言語にかぎらず脳の言語野が大きく反応する。だが、言語を問わず有意味な言語音の違い(音素)を聞き分ける能力は、成長とともに(すなわち母語を獲得するにつれて)衰えていく。その段階でビデオを通して外国語を提示しても言語音の識別能力に変化は生じないが、実際に人が対面して教えると伸びる。ということは、母語を獲得する時期をすぎてから直接対面でない方法で外国語を学ぼうとすると、特別な関心とか意思によって意識的に注意力を持続する努力が必要ということになるのだろうか。いずれにしてもコミュニケーションの原点は生身の身体の動きを通したものであることは確かなようだ。赤ちゃんは母親の身体から離れても、接触など身体による間近からの働きかけをとおしてつながり、その延長としての声を介して、やがて、ことばという、より間接的なコミュニケーションの手段を獲得していくのではないだろうか。
とりわけ興味深いのは、最初のうちはできたことが成長とともにできなくなり、その後、さらに新たに大きな能力を発揮するようになるという事実である。そのメカニズムの鍵は神経細胞の情報伝達を担うシナプスにあるらしい。シナプスの数は、生後1年前後で最高になり、その後しだいに少なくなっていく。だが、それは直線的に減っていくのではなく、成長とともに状況の変化に応じて発達に不要なものは消滅して新たに必要なものが加わる。プロセスを繰り返してシナプスは次第に減少していくが、それと引き換えに人として生きるのに必要な能力を獲得していく。
もうひとつ注目すべきことは、成長の段階に達したときに必要な、たとえばハイハイをするといったことが自分ひとりではできなかったのに、すでにできるようになっている友だちと遊んだ後に、とつぜんできるようになることである。教育界で注目されているヴィゴツキーの最近接発達領域の理論を支持する事例といえるだろう。
書籍などをとおして「知っている」はずのことが、映像を通してみると新鮮で分かりやすく示唆に富む。今回、再放送されたのは、2006年10月22日(日)に放映された番組で、すでにDVDと本が出版されている。
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赤ちゃん―成長の不思議な道のり
安川 美杉
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