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第九・終結部のテンポを考える

2011-05-23 | 音楽 - ベートーヴェン
 ベートーヴェン・交響曲第9番「合唱(合唱付)」はテンポ指定の混乱でとくに有名であるが,この曲の終結部だけを取り上げても話のタネには事欠かない.

 よく知られているとおり,「第九」の終楽章はプレスティッシモで賑やかに終結するが,その手前に最後の合唱部分としてマエストーゾが置かれている.このマエストーゾのテンポをどうするかということは,とかく問題になる.ベートーヴェンの指定テンポは,四分音符=60であるが,往年の指揮者ワインガルトナーがその倍の遅さ八分音符=60のほうがうまくいくと提案したことがきっかけで,そのように演奏する習慣が一般に広まった.その後,クラシック界において原典回帰の流行り始めた1980年代から,「第九」のマエストーゾでも,指定どおりの四分音符=60を主張する人や実際に演奏する例がふたたび出てきて,どちらが正しいのか未だに結論の出ない議論が続いている.

 以下に,この2つのテンポに関して,思い付く限りの支持不支持の根拠を挙げてみよう.


「四分音符=60」

  • 支持する理由:
    ・スコアにそう書いてあるし,たぶん表記ミスではない.初めてメトロノームを用いた作曲家といわれるベートーヴェンは,テンポに関しては注意深く書いたに違いない.
    ・マエストーゾは直後のプレスティッシモへの加速部分である.
    ・合唱の歌詞が直後のプレスティッシモへとまたがっており,これを一息に歌うためにはそのテンポでなくてはならない.

  • 不支持の理由:
    ・聴き慣れない.
    ・弦楽器の音型が,このテンポで演奏するには細かすぎる.
    ・音楽は時代とともに変化する.くり返し演奏されることでマエストーゾのテンポは必然的に変化してきたのであり,ベートーヴェンの指定テンポこそが不適切である.(作曲者がいつも正しいとは限らない)


「八分音符=60」

  • 支持する理由:
    ・ベートーヴェンのメトロノームは壊れていたかもしれない.
    ・いったんここでテンポを落とすことで,直後のプレスティッシモが映える.
    ・多くの演奏がそうなっている.

  • 不支持の理由:
    ・直後のプレスティッシモへのつながりが不自然である.(E・ラインスドルフの言葉を借りれば,「取ってつけたようなプレスティッシモ」)
    ・また,弦楽器の音型だけに注目しても,マエストーゾでは32分音符,直後のプレスティッシモでは8分音符が基本単位で,両者は同じ音価になるよう意図されたと思われる.よって,八分音符=60ではこの整合性が取れないか,そうでなければプレスティッシモを前代未聞の遅さで演奏せねばならない.
    ・「第九」は現代にも通用する普遍的な音楽であり,「過去の大芸術」としての陶酔的な演出(ここでは遅いテンポのこと)は相応しくない.


 こうしてみると,やはりすぐに決定的結論が出るようには思えない.議論は今後も続くのであろうが,それはそれで無意味なことでは,全然ないだろう.

 現時点で間違いなく言えることは,四分音符=60でやろうが,八分音符=60でやろうが,ベートーヴェンの書いた音楽の真価はまったく変わらないということである.また,どちらのテンポを採ったかということと,それが良い演奏であるかどうかということには直接の関係はないことも強調したい.上述の議論を通して僕個人は,この終結部に関しては四分音符=60が良いと思うが,そのテンポを採りさえすれば何でも良いとは,もちろん思わない.先日記事を書いたウルフ+hr交響楽団の交響曲全集(2011-02-15の記事)は,テンポ指定に対して厳密な研究と討論を行なったうえで録音されたようだが,「第九」のマエストーゾでは四分音符=60と思われるテンポを採っている.この演奏の非凡なところは,これを直後のプレスティッシモへの通過点としてごく自然に聴かせている点にあり,最後の合唱「Freude, schöner Götterfunken!」がまるでシュプレヒコールのように力強く響き渡って終結へ導かれるのである.

 結局,どちらのテンポを採るにしても,それが音楽的な必然性を伴っていなければ意味がないという,ごく当り前の教訓にありつく.

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2 コメント

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Unknown (村上)
2021-01-17 23:43:38
四分音符=60支持
下野竜也指揮読売日本交響楽団の演奏の様なテンポ設定(譜面通り)により三拍子の最後の小節のニ拍目の funkenとPrestissimoに戻った小節のfunkenの音価が等しくなり、論理的に整合する。
四分音符=60は論理的であり八分音符=60は聴き慣れているからといった情緒的な支持とも思われる。Maestosoの指定にテンポを遅くする意味は無いのではないでしょうか?
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Unknown (ケニチ)
2021-01-18 21:19:41
 コメント有難うございます.
 最終的にはやはり現場の判断でしょうね.いくら譜面どおりといっても,演奏家や聴衆の生理になじまないのであれば,音楽は死んでしまいます.
 そのうえで,僕もやはり速いテンポで駆け抜けるマエストーゾが好きです.
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