数学教師の書斎

自分が一番落ち着く時間、それは書斎の椅子に座って、机に向かう一時です。

私のリメディアル教育(1)

2020-07-01 11:17:23 | 数学 教育
 今から20年ほど前に,高校の数学教員として現職のまま,筑波大学大学院で2年間数学研究をおこなった経験があります.いわゆる「二足の草鞋」といわれて,今では当時と同じようなシステムはないようですが,貴重な経験を積むことができました.

 現場での数学教育と数学教育といわれる大学の学問に違和感を感じた時期でした.また,数学教育学者と数学者の数学教育へのコミットの仕方や,小中の算数・数学教育と高校での数学教育での数学教育へのコミットの仕方の違和感から,大学院でそのことを確かめたい気持ちになりました.

 もっと根源的には,現場での数学教育に際しての教員としての数学的なバックボーンを高めてみたかったという動機がさらに強かったかもしれません.

 具体的には,当時「分数のできない大学生」等,数学者から現状の数学教育への積極的なコミットが出始めていたことも大きかったと思います.

 小中学校の数学教育を高校現場から見て感じていたのは,数学的な専門性を殆ど度外視した,数学教育学者(大学で数学を教えていなくて,数学教育を教えている先生)による,文科省の学習指導要領の伝達講習的な研修等や教育委員会の事務局の指導主事等が行う,同じような学習指導要領の上意下達式の伝達研修等が現場感覚から遊離しるというものでした.

 一方,高校現場では数学的な内容を日頃からまじめに教材研究の中で研鑽している教員もいる中で,数学教育を語る際に,学習指導要領を錦の御旗のように,金科玉条のごとく,自らの拠り所として議論する教員もいるなど,主義主張の議論も多くある中で,数学的な共通認識での話がなかなかできない状況は,今もあるのではないだろうか.

 そんな現場感覚から,根源的な数学教育,数学を学ぶ中で現場の数学教育で何が大切なものであるかを自分なりに研究してみたい気持ちが強くなり,学びの場を大学院に求めました.

 現場での数学教育,特に高校現場での経験は十分にある状況でしたので,数学教育に関しては,実戦経験もあるので,大学での数学教育とはいかなるものかをある程度期待しつつ,しかし,当時でも薄々感じていた,数学教育への違和感の確認もしてみたいという気持ちでした.そして,もっと広い視点での教育的な視点から現場の教育を客観的に分析してみたい気持ちもありました.特に意識していたのは,教育社会学的な視点からの高校教育でした.大学入試などは特に教育の本音と建前が交錯する場面であり,そこでの切り口から生の教育現場の実態をいろいろな視点から検証してみたく感じていました.
 
 そんな意識の中での共通タームは数学であるべきであり,その共通タームを磨くことなしに,数学教育を分析できないと考えて,特に数学研究を軸足を置きました.具体的には,数学では計算機代数という分野のグレブナ基底の研究を行いながら,高校数学教育への応用を具体的な教材の研究の中に求めつつ,教育社会学の研鑽を積むことにも心がけました.その中で,計算機代数では当時の佐々木建昭教授の研究室での研究と,教育社会学での門脇厚司教授の講義を通してのスキルアップが中心でした.(続く)
 


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