4月3日に病院へ行って、高校の野球部をお休みした息子は、
「休んじゃうとちょっと行きづらい雰囲気だよなぁ~」と元気に登校して行った。
脳波に異常があるといっても、見て分かるような変化はないものだなぁ~と
少し安心した。
今日の夜から薬の投与が始まる。
効果がどうか出ますように!
息子は夕方「疲れたよ~」といつもの様に部活から帰ってきた。
少ししたら、コタツにもぐって寝てしまった。
別に気になる変化もなし。
すっかり3時間程熟睡して起きてきた。
夕食を食べようとキッチンへ呼んで、テーブルの前に立った瞬間、
まるで足を滑らせて転んだように、息子が倒れていく姿が横目に入った。
「何ころん・・・・!」
言葉の途中で私は絶句した。
何かにつまずいたのではなく、倒れてしまったのだ。
顔もゆがみ、体中が痙攣し、うなり声のようなものが聞こえる。
私は、息子の頭部を抱え、名を呼びながら上半身をさすった。
痙攣は更に酷くなり、両足は硬直しているように見えた。
私は自分に「落ち着いて・・・落ち着いて・・・」と言い聞かせながら
どうしたらいいのか分からないでいる自分がいた。
数分したら、大きないびきをかきはじめた。
そして数秒したら、目を開けて、苦しがるようなもがく様な
動く動作をし始めた。
私は体を抱きしめて、動く動作を止めた。
そして、最後は動く力も尽きて、静かに横になった。
倒れてから15分間の発作だった。
近くに寝かせ話しかけたが、目はうつろで、うまく答えることはできなかった。
倒れてから4時間後私の肩を掴まりながらベットまで歩いて行けた。
始めて見た息子の発作。
母親でありながら、恥ずかしい事だが、倒れている姿を見た時から涙が止まらなかった。
名前を呼び続けている時も、泣きながら・・・。
冷静に今思えば、情けない母親である。
でも、こんな驚きとショックは初めての事だった。
高校生になったら、私も子育てが終わる。
あんなに大きく、元気に、良い子育ってくれた。
ちょっと寂しいけど、心の中には、ひと段落が着いていた。
今までは子ども扱いしていたけど、これからは息子が自分で歩いて行く道。
親としての道しるべは随分少なくなるだろう・・・。
などと一回り大きくなった息子を感じていたのだ。
そんな息子の倒れた体を抱きしめながら、とても小さく感じ、
胸が痛むだけ痛んだ。
健康で元気な息子が倒れた瞬間から顔が変わってしまった。
その一瞬の出来事を初めて受止めた私は、ショックから立ち直れないでいる。
・・・だめだよ。私がしっかりしなきゃ・・・。しっかりしなきゃ・・・。
息子は倒れてから数日間、頭痛と疲労感が続いていた。
倒れた次の朝、病院へ電話して倒れた症状を話し、相談してみた。
倒れるという事よりも、倒れた後動く動作が気になったのだ。
倒れた後、名前を読んだり、体を触ったりしませんでしたか?と先生に聞かれた。
倒れた時に、私は大きな声で息子の名前をずっと呼び続けていた。硬直している体をさすり続けていた・・・。
それがいけない動作だったようだ。
「倒れて数分で意識が戻りかけた時、周りがそういう動作をしていると答えなければと倒れた本人が動こうとします。動こうとしても完全に意識が戻っている訳ではないので、変な行動をします。だから倒れたときは静かに見守ってください」
・・・倒れたときの対処の仕方を知らなかった。
高校の入学式は3日後。
どうしよう・・・。もし入学式でこんなふうに倒れたら・・・。
学校にどう説明しよう・・。
まだ治療もし始めたばかりだし、病気として説明も、薬を飲み始めて体に合っているのか、発作が起きるのはどういう時が多いのかなど何も説明できない。
倒れた息子の姿が頭に浮かんだ。
・・・息子はどうなるのだろう。
・・・私はどうしたらいいのだろう。
病気を見守る側の難しさを今度は私自身が感じた。
去年は子供達が乗り越えてきた。(病気の私を受止めて・・・)
冷静に、冷静に・・・。しっかりと受止めて!と自分に言い聞かせていた。
「休んじゃうとちょっと行きづらい雰囲気だよなぁ~」と元気に登校して行った。
脳波に異常があるといっても、見て分かるような変化はないものだなぁ~と
少し安心した。
今日の夜から薬の投与が始まる。
効果がどうか出ますように!
息子は夕方「疲れたよ~」といつもの様に部活から帰ってきた。
少ししたら、コタツにもぐって寝てしまった。
別に気になる変化もなし。
すっかり3時間程熟睡して起きてきた。
夕食を食べようとキッチンへ呼んで、テーブルの前に立った瞬間、
まるで足を滑らせて転んだように、息子が倒れていく姿が横目に入った。
「何ころん・・・・!」
言葉の途中で私は絶句した。
何かにつまずいたのではなく、倒れてしまったのだ。
顔もゆがみ、体中が痙攣し、うなり声のようなものが聞こえる。
私は、息子の頭部を抱え、名を呼びながら上半身をさすった。
痙攣は更に酷くなり、両足は硬直しているように見えた。
私は自分に「落ち着いて・・・落ち着いて・・・」と言い聞かせながら
どうしたらいいのか分からないでいる自分がいた。
数分したら、大きないびきをかきはじめた。
そして数秒したら、目を開けて、苦しがるようなもがく様な
動く動作をし始めた。
私は体を抱きしめて、動く動作を止めた。
そして、最後は動く力も尽きて、静かに横になった。
倒れてから15分間の発作だった。
近くに寝かせ話しかけたが、目はうつろで、うまく答えることはできなかった。
倒れてから4時間後私の肩を掴まりながらベットまで歩いて行けた。
始めて見た息子の発作。
母親でありながら、恥ずかしい事だが、倒れている姿を見た時から涙が止まらなかった。
名前を呼び続けている時も、泣きながら・・・。
冷静に今思えば、情けない母親である。
でも、こんな驚きとショックは初めての事だった。
高校生になったら、私も子育てが終わる。
あんなに大きく、元気に、良い子育ってくれた。
ちょっと寂しいけど、心の中には、ひと段落が着いていた。
今までは子ども扱いしていたけど、これからは息子が自分で歩いて行く道。
親としての道しるべは随分少なくなるだろう・・・。
などと一回り大きくなった息子を感じていたのだ。
そんな息子の倒れた体を抱きしめながら、とても小さく感じ、
胸が痛むだけ痛んだ。
健康で元気な息子が倒れた瞬間から顔が変わってしまった。
その一瞬の出来事を初めて受止めた私は、ショックから立ち直れないでいる。
・・・だめだよ。私がしっかりしなきゃ・・・。しっかりしなきゃ・・・。
息子は倒れてから数日間、頭痛と疲労感が続いていた。
倒れた次の朝、病院へ電話して倒れた症状を話し、相談してみた。
倒れるという事よりも、倒れた後動く動作が気になったのだ。
倒れた後、名前を読んだり、体を触ったりしませんでしたか?と先生に聞かれた。
倒れた時に、私は大きな声で息子の名前をずっと呼び続けていた。硬直している体をさすり続けていた・・・。
それがいけない動作だったようだ。
「倒れて数分で意識が戻りかけた時、周りがそういう動作をしていると答えなければと倒れた本人が動こうとします。動こうとしても完全に意識が戻っている訳ではないので、変な行動をします。だから倒れたときは静かに見守ってください」
・・・倒れたときの対処の仕方を知らなかった。
高校の入学式は3日後。
どうしよう・・・。もし入学式でこんなふうに倒れたら・・・。
学校にどう説明しよう・・。
まだ治療もし始めたばかりだし、病気として説明も、薬を飲み始めて体に合っているのか、発作が起きるのはどういう時が多いのかなど何も説明できない。
倒れた息子の姿が頭に浮かんだ。
・・・息子はどうなるのだろう。
・・・私はどうしたらいいのだろう。
病気を見守る側の難しさを今度は私自身が感じた。
去年は子供達が乗り越えてきた。(病気の私を受止めて・・・)
冷静に、冷静に・・・。しっかりと受止めて!と自分に言い聞かせていた。