今、私はどちらかの立場だ。加害者か被害者。どちらでもないってことは、あり得ない。中立の立場はない。
被害者のときは自覚しやすい。被害を受けてるので、生き延びるために何か行動しないといけないから。たとえそれが「私は別に被害を受けていない。なぜなら私はそれを好きでやってるから」って表明することだったとしても。そうやって表明しなければならないのだから。
加害者のときは自覚しにくい。「そういう難しい話はちょっとわからない」って言っていられるから。それが、加害に罪悪感なく加担していることなのに。
被害者だけが被害をなくすために行動しなきゃならないなんておかしい。いくら被害者が「やめろ」と言っても、逃げても、加害者がやめない限り、加害は続くから。
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被害者の痛みは加害者にはぜったいにわからない。加害者は被害者の靴をはいて歩いてみるって、本当は絶対できない。絶望的なくらい。加害者はそこまで自覚しないといけない。決して「わかる」「履ける」といってはならない。
そして、
「その靴を履けない自分たちからしたら、靴を履けるのって、特権ですよ。羨ましい」これは本当の本当の本当に、いけない。あってはならない。
加害者が被害者のためにできるのは、被害者に代わって経験できるはずのない痛みを説明したり、被害者より被害のことをよく知っていると言ったり、被害者に被害に遭わないためのアドバイスをしたりすることではない。
加害者ができるのは、加害者の自覚を持つこと、加害を今すぐやめること、加害者を止めることだけ。
今日一日