波士敦謾録

岩倉使節団ヨリ百三十余年ヲ経テ

司法による国家路線の変更

2005-07-03 05:13:07 | 雑感

 昨日の記入で,今後予想される米最高裁判事の構成逆転が米国を1930年代以前,即ち「New Deal」以前に回帰させる可能性がある事を書いた.米国史の教科書を紐解けば分かるように,FDRのNew Deal政策群は,米最高裁による違憲・違法の判決により,計画通りに進まず,よってFDRは,連邦裁の判事定員数が憲法ではなく議会によって決めら,歴史的に固定していなかった事に目をつけ,最高裁判事数を6名増員させる等の案を議会に提出した(court-packing plan).しかし,この計画は議会の賛意を得られず失敗に終わるが,1937年或る最高裁判事がNew Deal政策に対する彼の立場を変えたため,賛成派が5対4と多数派になり,それ以後New Deal政策が最高裁によって違憲・違法判決を受けることはなくなった.このような経緯で合法化されたNew Deal政策が,全く同じ経緯で非合法化されるかもしれない,というのは皮肉としか言いようがない.米共和党は1980年代以降,「司法のactivismに反対」という主張を繰り返している.しかし,彼等の回帰路線は「司法のactivism」という過去の判例否定なしには貫徹出来ないわけであり,「司法の『非保守的な』activismに反対」というのが正確な主張のはずだ.
 1980年代以降の米共和党の主流派は,程度の差異はあるものの,New Deal以前回帰路線に従って来たわけであるが,当該路線の名実ともに最大の政策が,再選後の大統領の最重要遊説題目であるところの社会保障(年金)制度の民営化である.議会の多数派工作による既存法の改廃によて政策の根本的変更はそれなり可能だが,米連邦議会の場合,共和党主流が数十年に渡り,多数派の座を占有することは其れなりに難しい.それに対し,最高裁で,例えば社会保障制度の根幹法を違憲等とする判決が下されれば,大統領府が共和党から民主党に変わり且つ米連邦最高裁保守派判事の引退が同時に起きない限り,判例の再変更はありえず,司法判断による政策変更の有効期限は相対的に長く安定していると言える.日本の選挙における最高裁裁判官の審査や,選挙で最高裁等の判事が選ばれるところもある米国の州と違い,米連邦最高裁判事は米国選挙民の選挙によって審判を問われないのである.
 1979年のサッチャー保守政権誕生以前の英国では,労働党と保守党の間の政権交代に伴い,石炭採掘等の国有化,民営化を繰り返していた.このような10年も経たない期間での国家の基本路線変更は,国力の疲弊を引き起こして「英国病」の深化に貢献したに違いない.昨年の大統領選挙の頃聞いた世論調査の話では,米国民の大多数が社会保障制度の民営化に反対という結果が出ていたことを考慮すると,米国の社会保障制度が今後猫の目のように変更を繰り返すことは無いと予想されるが.「New Deal」の申し子である社会保障制度が,その出自と同じ経緯で終焉を迎えることになるかどうか,そのような可能性を秘めた新判事の指名を控えた独立記念日絡みの週末となった.

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