波士敦謾録

岩倉使節団ヨリ百三十余年ヲ経テ

米国報道界におけるMuckrakerの伝統とその死角

2005-07-19 04:48:10 | 雑感
 大学水準の米国史の歴史教科書を捲っていると,聞いたことがない米単語にしばしば遭遇する.Mucrakerという語もその一つで(http://www.answers.com/Muckraker),狭義には前々世紀末から前世紀初頭において,普通の記者ならば腰が引けて書けないような話題について調査報道記事を書いた者を指し,広義には,当該時期とは無関係で,そのような調査報道記事を書く者を意味する.このような報道の範疇が登場し読者を獲得して歴史に残るということは,当時の米報道媒体界に全く別の範疇が存在したことを意味し,1898年開戦の米西戦争(http://ja.wikipedia.org/wiki/米西戦争)を教唆煽動したyellow journalism(http://www.answers.com/yellow-journalism)が此れにあたる.但し,報道媒体による「煽り」というものは,商業主義のyellow-journalismの独占物ではなく,Muckraker系にしても発行媒体が商業的成功を目指している以上,「煽り」による読者獲得という営利目的の報道媒体の「原罪」からは逃れられない.
 昨日の記入で触れたRalf Townsendは,このような報道媒体の十八番の一つである「煽り」が外交・安全保障政策に与える害毒を批判して止まなかった.彼の批判は今日の米国においても通用する.米西戦争開戦直前の紐育(New York)で,「煽り」の東の横綱的存在であったのがWilliam Randolph Hearst(http://www.answers.com/William%20Randolph%20Hearst)系新聞だった.21世紀初頭の第二次湾岸戦争では,豪州生まれで米国籍を取得したRupert MurdochのNews Corporation系列の有線報道局Fox News Channelが類似の役割を果たしたと言える.Fox News Channelの報道姿勢を注意深く観察していると,報道の精度よりも限りない報道の娯楽化による視聴率獲得が第一目標であることが明確だ.以前の記入でWashignton Timesを宣伝系と分類したが,Fox News Channelの場合は宣伝系と非宣伝系の境を宣伝側に偏りつつ振動していると見える.勿論,同局の番組では非保守系の論者も呼ばれるが,これは鉄板的保守論者の毎回の揃い踏み・左翼攻撃の連呼では番組構成が単調になり,娯楽性に欠けて視聴率が稼げないので,結果が事前に決まっている娯楽格闘技と同様,非保守の連中を生贄・悪役として敢えて呼び込み,彼等を叩きのめすことに主眼がある.よって,そのような悪役・生贄が間違っても主役や叩く側にならないように,招待される非保守論者の人選や番組司会のやり方に色々な工夫がなされている.即ち,日本の時代劇「水戸黄門」や「遠山の金さん」的な紋切り型の結果になるような番組構成になっているので,保守系の視聴者は安心して番組を最初から最後まで通して見れる=視聴者の局固定時間・忠誠度が向上し,番組提供者の獲得上まことに好都合なのだ(調査によると,Fox News Channelが視聴者の局固定力で優れているのに対して,競争相手のCNNは局固定力は弱いものの覗き見的な視聴形態ではFoxを凌ぐ).
 一方,Muckraker的な路線も看板の一つに掲げている従来の報道媒体についても,色々な死角を持っている.例えば,Muckraker的な路線を志向すると,日本の朝日新聞が釣られた赤井報道氏の「声」投書事件のように,その性向(未報の悪事を暴くぞという条件反射的正義感)を衝かれて,まんまと釣師に釣られる危険性がある.昨年から今年にかけて話題になった,米4大地上波放送網の一つであるCBSのDan Ratherが報道番組辞任に追い込まれた事件も,つまるところ,裏取りの用心不足で,見事に「釣ネタ」に引っかかったのが真相である(但し,当該「釣ネタ」に書かれていた内容自体は,関係者の証言その他の裏取りによって「事実」として提示することも可能だった.CBSは単に報道の論拠の「ネタ」選びを間違えただけで,視聴者に伝えようとした内容そのものが間違っていたわけではない).また,第二次湾岸戦争の根拠とされた「Iraq内の大量破壊兵器」情報も,反体制派が同派への資金援助・存在意義を示すためにでっち上げたものが多く,現在別件で監獄に入獄しているNY Timesの女性記者も,当該「ガセ・ネタ」を掴まされて提灯持ち記事を書いてしまった記者達の一人なのだ.
 このようなMuckraker特有の性向が増幅してしまう好例が,海外特派員の報道の場合である.ある地域への派遣特派員の絶対数は限られるので,国内のような社内の同僚間・競合社間での競争に由来する報道の切磋琢磨は余り期待出来ないし,大抵の場合,土地勘・語学力に欠けるので地元の通訳その他に依存し,はたまた手抜きで地元発行の英字紙を参考という可能性もある.そのため特派員個人の素質頼みになり,場合によっては,国内報道以上の偏向が生じ,事の背景を全く知らない・地理に疎い読者・視聴者は偏向した情報をまともに鵜呑みにすることになる.昔NY Timesを仕事上丁寧に捲っていた頃,南米のPeruから送られてくる情報が,例のNorimitsu Onishiの東京発報道ではないが,毛沢東主義に基づく国家転覆を図っていた極左暴力集団に明確に肩入れはしていないものの,当該集団の根絶を目指す政府に対して非常に批判的で,人権の隠れ蓑によって当該暴力集団の破壊行為を隠蔽している姿勢がありありと見られた.
 このように,判断をある程度保留して状況を把握するのではなく,政権・与党=強者=不当な権力行使,野党=弱者=自衛の破壊活動,という単純な構図での先入観で,外信記事を書いてしまう傾向の背景には,前述の条件反射的正義感という性向以外の理由があるのではないか,と思われてならない.その一つとして,強者=政府側の立場は大抵の場合既に報道されているので,話題にならない=読者の関心を引けない,ならば,読者の注目を独占するような何か未報の美味しいネタは無いか?という常に新奇なものを探し求める,という営利目的の報道媒体の「宿命」が考えられる.人々の暗黙の常識や本来の期待・予想を裏切る出来事,例えば,政府側ならば腐敗,庶民側ならば破天荒の快挙,というように.

註:
米国の電視番組を色々見ていると米国人好みの傾向が分かる.其の一つが,「格闘技」仕立ての演出を好むことだ.フジTV系列で放映された『料理の鉄人』の翻訳放送は此方で高い視聴率を稼ぎ,当番組の趣向を真似た料理番組などが色々制作されている.格闘技仕立てにすることが男性の視聴率向上に繋がるのかもしれない.以前は冷静な会話の遣り取りという硬派仕立てが主流だった討論物も,最近はプロレス仕立ての絶叫型が増えてきた.
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