波士敦謾録

岩倉使節団ヨリ百三十余年ヲ経テ

超境主義と地元第一主義 その二 論議の前提:「大きいことはいいことだ」の是非

2005-07-30 01:38:01 | 雑感
 昭和40年代初頭というか1960年代末に,故山本直純主演の森永製菓のTVCMで,「♪大きいことはいいことだ,...,森永エールチョコレート」とものがあった.平均的日本人の感覚からすると,自分の住んでいる自治体の人口が増加することについて,激しく嫌悪感を抱くということは余り無いのではなかろうか.特に戦後の高度成長の時代を知る者にとって右肩上がりの現象は余り違和感を感じないに違い無い.ところが,米国の場合は,我が「まち」の人口が増加することについては賛否両論が当たり前で,大都市以外の場合は,大抵,反対者の割合が多いと思われる.ましてや,戦後日本において強力に推進されてきた市町村合併による自治体規模の増大などは,特定の地域を除き,絶対反対というのが常識的な米国住民の反応と言える.
 なぜ自分の住んでいる自治体の人口規模が増大することを嫌がるのか,そこには自治体の財政制度に由来する経済的要因,都市=堕落の巷というような都市認識という文化的要因が根底にあり,これらの条件からすると,事業所・人口が増える⇒税負担が増す,諸環境が悪化する(道路が更に混雑する,大気汚染や騒音公害,そして風紀が乱れ犯罪が増える)という構図がそれなりの説得力を持つのだ.また,人口の増加により,政治過程がより複雑になり,政治上の既得権益の分け前が減少する,という要素も加わる.米国の場合,日本とは違い,土地利用や用途の規制が厳しく施行されて,新開地の場合,住宅地内に商店があったり事業所があったりするこは先ずありえない.日本の場合,居住可能な空間の僅少さにより,一戸建て住宅の金銭的価値がその周辺の住環境によって天と地の差異が生じることは余りないないが,米国の場合,その周辺住環境によって金銭的価値が決まる部分が非常に高く,新開地の場合,様々な契約上の細かい規制(庭先に植えて良い物,窓の装飾等)が掛けられて,開発地区内の住環境にばらつきが生じないような仕組みになっている.即ち,米国の郊外の新開地住民は,江戸時代の五人組制度ではないが,隣組からの厳しい縛りを受けていることになる.
 また,日本の県都と言えば県内人口最大都市という認識があるが,米国ではこの等式は一般的に成立しない.州内の都市部の政治的影響力を田舎が掣肘するという構図が一般的で,州都は政事を司るだけの弱小都市になっている州が殆どだ.例えば,日本人が"New York"と聞くと頭に浮かぶのが市の部分と思われるが,New York州自体にとってNY市は州の東南端に辛うじて付着している(面積的には)猫の額的部分であり,同州内の政治地図では,NY市とそれ以外が何かにつけて厳しく対立する形になっている(因みに州都は内陸に入ったAlbany).勿論,州同士の競争・対立では,このような都市対田舎の争いは一先ず休戦で大同一致団結することは言うまでもない.
 此処で話がややこしくなるのが,一昔以上前の東京の杉並塵戦争(同区住民が同区内での塵処理場建設に反対)と同じく,自分の地元が人口が増えて混雑するのは絶対反対だが,自分の直接利害空間外なら,工場誘致,新住宅地の開発,公共施設の建設,何でも御勝手に,というNIMBY(Not My Back Yard)症候である.よって,自分さえ「ばば」を引かなければ結構,自分の居住する自治体の中での工場誘致は反対だが,同州内の他の地域なら州の財政が潤うならそれはそれで良いという考え方だ.結局自分の持ち家の資産価値を守る,或は高める変化以外は絶対お断り,また,税負担の増加を強いる変化も駄目ということになる.この背景には,日本の自治体の規模がそれなりに大きい=服務供給の規模が大きく(広く),また財源の税種が多様で,更に県・国による自治体間財源均霑(きんてん)化の仕組みによって,服務提供水準において天と地的な格差が生じていないのに対して,米国の場合,自治体間の財源均霑(きんてん)化の仕組みが弱く,市町村の基本財源は住環境因子によって左右される資産税に大きく依存している為,服務水準に関して自治体間に天と地の格差が生じていて,それが常態と認識されていることだ.即ち,中金持ち以上が主に住んでいる郊外は,自腹を切ってまで過疎のど田舎や所多瑪(Sodom)的様相を呈している金欠堕落都市を救済する気は殆ど無く,芥川龍之介の『蜘蛛の糸』的NIMBY状況を強化する悪循環が出来していることになる.
 (以下,その三に続く)
 
註:
森永エールチョコレートのCMについては以下の網頁参照:
http://www31.ocn.ne.jp/~goodold60net/yell.htm
http://jellyjam.hp.infoseek.co.jp/yell.htm
http://ja.wikipedia.org/wiki/山本直純
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