18歳当時の僕は、ついにサーフボードを手に入れた。
しかし、ここでいきなり問題に直面する。
当時はまだ電車やバス等々の公共交通機関に、サーフボードの持ち込みは禁止されていた。(ちなみにスキー板は当時から持ち込み可能だった)
なので、サーフボードを買ったサーフショップから、僕が独り暮らしで住むアパートまで、どうやってボードを持ち帰るかが問題だった。
前に書いた通り、当時の僕はまだ車も車の免許も無かった。
そこで、ある女性に助けてもらったのだ。
彼女は、18歳当時の僕と同じ年の彼女(都内某女子高3年)の、クラスメイトのYさんだ。
Yさんは、輸入自動車を扱うあの有名な会社の社長令嬢だった。そのせいか、Yさんは18歳に成ると同時に いち早く車の免許を取得していた。
そこで、Yさん運転の車に僕のサーフボードを積んで、サーフショップから僕が住むアパートまで送ってもらったのだ。
但し、免許取り立てのYさんは、まだまだ運転が不慣れで、かなり緊張した様子で運転していた。
そして、もうすぐ僕のアパートに到着しそうな頃、都内の片側数車線ある交通量の多い大きな交差点で、赤信号の先頭に停止した。
Yさんは、ここで初めてサイドブレーキのレバーを引いた。
そして大きくため息をついて次のように言った。
「ふ~っ!もうすぐ禅蔵くんちに到着する頃になって、ようやく運転に馴れてきたよ(笑)」と。
次の瞬間、信号が青に変わった。
「あれ⁉ どうしょう(汗)」Yさんは慌てていた。
先ほど引いたサイドブレーキを、どうやって戻すのか分からなかったのだ。
これを戻さないと車は発進出来ない。
後続の車からはクラクションが鳴らされる。
Yさんは、「うるさいなぁもう!でもコレどうやって戻せばいいんだっけ⁉ 戻らない…、戻れ~!この~!」と言いつつ、サイドブレーキをガチャガチャやりながら、ようやくサイドブレーキを解除し、無事に発進した。
こうして僕は、Yさんのお陰で、買ったばかりのサーフボードを自分が住むアパートに持ち帰る事が出来た。
尚、Yさんの名誉のために付け加えるが、僕がYさんとお会いしたのはこの日だけである。
でも、あのサイドブレーキの一件は、僕にとっては とても微笑ましい思い出として鮮明に記憶に残っている。
あの時は、本当にキュートな女子高生だったYさんも、きっと今頃は、セレブで素敵な大人の女性に成長なさっている事と思う。
いずれにせよ、Yさんには感謝している。
「ありがとうございました」
さて、上記の一件は僕が18歳になった年の9月だった。
そして、次に問題なのは、電車やバスにサーフボードが持ち込めないこの時代に、どうやってこのボードを持ってサーフィンをしに海へ行くか、である。
そのチャンスは、1ヶ月後の10月にやって来た。
以下はまた次回。
◆新・からっぽ禅蔵 別録~『波乗り雑記帳』~◆
しかし、ここでいきなり問題に直面する。
当時はまだ電車やバス等々の公共交通機関に、サーフボードの持ち込みは禁止されていた。(ちなみにスキー板は当時から持ち込み可能だった)
なので、サーフボードを買ったサーフショップから、僕が独り暮らしで住むアパートまで、どうやってボードを持ち帰るかが問題だった。
前に書いた通り、当時の僕はまだ車も車の免許も無かった。
そこで、ある女性に助けてもらったのだ。
彼女は、18歳当時の僕と同じ年の彼女(都内某女子高3年)の、クラスメイトのYさんだ。
Yさんは、輸入自動車を扱うあの有名な会社の社長令嬢だった。そのせいか、Yさんは18歳に成ると同時に いち早く車の免許を取得していた。
そこで、Yさん運転の車に僕のサーフボードを積んで、サーフショップから僕が住むアパートまで送ってもらったのだ。
但し、免許取り立てのYさんは、まだまだ運転が不慣れで、かなり緊張した様子で運転していた。
そして、もうすぐ僕のアパートに到着しそうな頃、都内の片側数車線ある交通量の多い大きな交差点で、赤信号の先頭に停止した。
Yさんは、ここで初めてサイドブレーキのレバーを引いた。
そして大きくため息をついて次のように言った。
「ふ~っ!もうすぐ禅蔵くんちに到着する頃になって、ようやく運転に馴れてきたよ(笑)」と。
次の瞬間、信号が青に変わった。
「あれ⁉ どうしょう(汗)」Yさんは慌てていた。
先ほど引いたサイドブレーキを、どうやって戻すのか分からなかったのだ。
これを戻さないと車は発進出来ない。
後続の車からはクラクションが鳴らされる。
Yさんは、「うるさいなぁもう!でもコレどうやって戻せばいいんだっけ⁉ 戻らない…、戻れ~!この~!」と言いつつ、サイドブレーキをガチャガチャやりながら、ようやくサイドブレーキを解除し、無事に発進した。
こうして僕は、Yさんのお陰で、買ったばかりのサーフボードを自分が住むアパートに持ち帰る事が出来た。
尚、Yさんの名誉のために付け加えるが、僕がYさんとお会いしたのはこの日だけである。
でも、あのサイドブレーキの一件は、僕にとっては とても微笑ましい思い出として鮮明に記憶に残っている。
あの時は、本当にキュートな女子高生だったYさんも、きっと今頃は、セレブで素敵な大人の女性に成長なさっている事と思う。
いずれにせよ、Yさんには感謝している。
「ありがとうございました」
さて、上記の一件は僕が18歳になった年の9月だった。
そして、次に問題なのは、電車やバスにサーフボードが持ち込めないこの時代に、どうやってこのボードを持ってサーフィンをしに海へ行くか、である。
そのチャンスは、1ヶ月後の10月にやって来た。
以下はまた次回。
◆新・からっぽ禅蔵 別録~『波乗り雑記帳』~◆