新・からっぽ禅蔵

上座部仏教僧としてタイで修行の後、日本の禅僧となった、水辺を愛するサーファー僧侶のブログ。

この漢字どう読む?

2011-02-26 07:03:12 | 日記
禅・仏教関連に頻出する漢字の中には、一般的な読み方とは少し違う、禅・仏教独自の読み方や読み癖などがある。
そのあたりを今回の話題にしてみたい。
ただし今回は、初歩的なものだけに限定するので、読み方がわかっている方々には退屈な記事である事を先にお断り申し上げる。
禅や仏教に興味がある方なら、多分皆さん当たり前に読めると思う。

ではまずコレ。
「正法眼蔵」
そう、(しょうぼうげんぞう)である。
まさかこれを(せいほうがんぞう)などと読み間違える方はいないと思うが、万一、「こうした漢字の読み方を今さら人に聞けない」などの理由で読み間違えたままだったら、今この瞬間から、正しく(しょうぼうげんぞう)と読もう。

以下、漢字と読みを思い付くままに挙げよう。

「安心」(あんじん)あんしんではない。
「発心」(ほっしん)はっしんとは読まない。
「利益」(りやく)りえきではない。
「色身」(しきしん)基本的に色はしき、しょくとは読まない。
「仏性」(ぶっしょう)ぶつせいとは読まない。
「生死」(しょうじ)せいしではない。
「三世」(さんぜ)さんせいではない。
「十方三世」(じーほーさんしー)
「懺悔」(さんげ)仏教ではざんげと読まない。
「礼拝」(らいはい)仏教ではれいはいと読まない。
「曹洞宗」(そうとうしゅう)そうどうしゅうではない。
「平常心」(びょうじょうしん)へいじょうしんと読んでも間違いではないが…。
「経行」(きんひん)きょうぎょうではない。
「即今」(そっこん)そくいまじゃなくて。
「衆生」(しゅじょう)しゅうせいではない。
「首座」(しゅそ)しゅざとは読まない。
「堂頭」(どうちょう)どうずとは読まない。

最後に人名、黙照禅を大成させた人物なので、曹洞禅を行じている方なら皆さん御存知の~。
「宏智正覚」
そう、(わんししょうかく)ひろちせいかくなんて読んではいけない。

皆さん普通に読めたと思うが、もし読み間違えていたものがあったなら、この機会に覚えちゃいましょうw

まだまだ沢山あるが、今回はこの辺で。

合掌

◆からっぽ禅蔵◆
禅 坐禅 仏教 宗教 元タイ上座仏教僧侶、現在日本の僧侶にして大学生の独り言

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坐禅なんかやめたら?

2011-02-23 11:05:30 | 日記
一般の方の場合、坐禅という行為を宗教的に捉えるだけでなく、一種のエクササイズなどとして楽しむ方々もいらっしゃると思う。
スポーツや武道などと結び付けて考えて、坐禅を楽しむ方々もいらっしゃると思う。
また、ある種の瞑想などと結び付けて考え、何やら神秘的な効果を期待して、坐禅をそのための“手段”として楽しむ方々もいらっしゃるかも知れない。
また、坐禅マニアさんたちは、それぞれに生活の中に坐禅を取り入れて楽しんでいる事だろう。

坐禅をどのように捉えて、どのように行じるか、それを突き詰めれば「個人の自由」だろうし、個人の自由に対してとかやく言うつもりはない。

しかし、正しい坐禅を行ないたいと志すのなら、やはりその道のプロである禅僧に指導してもらうべきである。
坐禅会を開いているお寺を訪ねて、禅僧の指導のもとで、他の参禅者たちと一緒に坐る事をお勧めする。

坐禅という“実践”は、ネットや書籍から得た情報だけでは不充分であり、片寄った理解の仕方や、場合によってはカルト的な方向に向かいかねない。
実際に、禅僧や他の参禅者たちと触れあうことが重要なのである。そうしないと、単なる独りよがりから脱け出せないであろう。

また、病を抱えている方の場合は、慎重に坐禅と向き合うべきである。
特に、精神的な病を抱えている方には、必ずしも坐禅はお勧め出来ないと僕は思っている。

僕だけではない。静岡県某寺のY.S老師は、「精神的な病を抱えている方には、坐禅は お勧め出来ない。」と、はっきりおっしゃっていた。

だが実際は、病を抱えている方は、宗教に救いを求める事が少なくない。
従って、坐禅会等々には、精神的な病を抱えている方も集まって来られる傾向が見受けられる。

勿論、本人が坐禅が好きで、坐禅をすると気分が良いのなら いくらでも坐ったらいい。

しかし、坐禅をしていて脂汗をかくような苦痛を感じる事があるのなら、坐禅なんかやめたほうがいい。
坐禅によって病が改善されるかも知れないという過度な期待を坐禅に対して抱いて、かえって病状が悪化したら、そんな馬鹿馬鹿しい事はない。
病を抱えている方は、坐禅をするかしないか、ご自分の病状をよく考えて決めたほうが良いと思うのだ。
「いや、私は仏教徒だから坐禅をしなくては。」とか「私は禅宗の在家信徒だから坐禅を休むわけにはいかない。」などと、一般の方々がそんな事でご自分を追い詰める必要などない。

ご自分の心やお身体をご自愛願いたいものである。

合掌

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坐禅指導など

2011-02-21 15:08:35 | 日記
土曜日の葬儀のあと、斎場から寺に戻って直ぐに、坐禅の準備をした。
この日は、某有名国立大学の留学生さんたちへの坐禅指導があったのだ。

参加した留学生さんは30人以上いて、方丈様による日本語の指導説明を、通訳の方が英語に訳して説明しながら進められた。

アジア等々いろんな国々からの留学生さんたちで、皆さんそれぞれ母国語は違うだろうに、英語に訳された説明を、皆さん当たり前のように自然に理解していた。
こういうとき、いつも頭の中に浮かぶセリフがあるw。「あぁ…、俺ももっと英語勉強すれば良かった…。」

さて、僕と先輩僧Dさんはその坐禅指導のお手伝いをさせていただいた。
意外に、坐禅初体験のわりに結跏趺坐が出来ている女子が少なくなかった。
また、坐相が最も綺麗なのも女子の中に見受けられたが、坐禅終了後に足がシビレて立ち上がれなくなった方も女子の中にいた。
一方、坐禅終了後に、坐禅について熱心に質問してきた方や、本堂で写真を撮っていた方などは男子だった。
いや、いずれにせよ皆さんお疲れ様でした。

さてその翌日、日曜日には法事が3件あった。

次の通夜・葬儀の予定は今のところない。
しばらく続いた通夜・葬儀もこれでやっと一段落のようだ。

さて、やろうと思っていた卒論など、勉強のほうも進めたい。
こちらは法事や葬儀と違って、中国禅の思想が中心である。

合掌

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寺と音楽と「BECK 」♪

2011-02-19 07:24:50 | 日記
どういうわけだか僕が知っている坊さんたちは、音楽をやってる人、または、やっていた人が少なくない。

大本山S寺で10年間修行したTさんも、我が大学の仏教学部在学中の頃、ロックが好きでギターばかり弾いていたそうだ。

現在も、仏教学部の僕の同級生たちの中には、ロックやっている奴が少なくない。
その中には、いずれ自分んちの寺を嗣ぐお寺の子もいる。

それに、いつもお世話になっているお寺の方丈様も、昔は音楽をやっていたそうで、実は、僕自身もずっと以前、一時期ギターをいじっていた頃があった。
もっとも、僕の場合はちゃんと弾けるようになる前にバンドのリーダーとケンカしてやめてしまったのだがw。
そうそう、あの映画「ファンシィダンス」の主人公も、はじめ音楽をやっていたが、お寺を嗣ぐために修行僧になるというストーリーになっている。

で、最近僕は頻繁にお寺のお勤めをさせて頂いているわけだが、どうもこれが音楽と共通しているように思えてならない。

シュケイやケイスや木魚等の鳴らしものに乗せてお経をお唱えする。
声も合わせるし、鳴らしものでは戒尺とケイスの掛け合いもある。
不謹慎な言い方だが、ある意味、ちょっとしたミニライブみたいだ。

とにかく、お寺のお勤めは、ある意味音楽的だ。

逆に、いろんなアーティストのライブ映像などを観ていると、「これは一種の宗教儀式のようだなぁ。観客は、教祖様(アーティスト)を取り巻く狂信的な信者みたいだ。」というように見えてしまうのは僕だけかなw。

さて、それはそうと先日レンタルで映画「BECK」を観た。
これは、音楽を題材にしたストーリーで、普通に娯楽映画として素直に面白かった。
また、映画の中で個人的に衝撃的なシーンがあった。

ずっと昔、僕が毎晩六本木で遊んでいたワル~い子だった頃w、いつも面倒みてくれたワル~い先輩が、この映画「BECK」劇中に登場していて、今も音楽をやっていた事を知った。
なんだか嬉しかった。

僕も頑張るぞ!
宗門内のコユキ(「BECK」の登場人物)を目指す、いや、そこまでいかなくても せめてもう少し読経や回向が上手くなるように努力しなくては!

合掌

◆からっぽ禅蔵◆
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俺って死神…?

2011-02-15 20:30:33 | 日記
先輩僧Dさんは2週間ほど留守だった。
この間僕が、Dさんに代わって通夜・葬儀で鳴らしもを中心にお勤めさせていただいた。
すると、驚くほど連続で通夜・葬儀、通夜・葬儀と続いて途切れない。

方丈様も、「長年やってきて、これほど葬儀が続いた事は過去になかったよ。」とつぶやいて首を傾げていた。因みにこのあともまだ続いて通夜・葬儀の予定が入っている。

なんか…、僕がやるようになってから、次々に亡くなっているみたいで、ふと「俺って死神?…、いや、別に俺は、リンゴ好きのリュークじゃねーし。」(古いか…)などと、くだらない事が頭をよぎった。

ところで、僕がお勤めさせて頂いた葬儀の多くは、参列者様が100人前後がほとんどだった。
だが先日、都内某有名大寺院会場にて、350人もの参列様の葬儀をお勤めさせて頂いた。
この時僕は、始まるまで少し緊張したが、始まってしまえばいつもと同じであると感じた。
今後おそらく、参列者様が3千人でも3万人でも、僕はもう緊張しないだろう。

そして、頼りになる先輩僧Dさんが2週間ぶりに戻ってきた。
Dさんが留守だったこの半月、お陰様で僕は貴重な経験を積ませて頂いた。
本当に勉強になった。有り難い事である。

さて、法事と通夜・葬儀の連続のため、僕はそれ以外の事がほとんど手付かず状態だ。
進めておきたかった卒論なんかは全く進んでいない。そんな中、先日大学の成績発表があった。
3年次に取っていた授業の成績は、全てSとAだった。(Sは90点以上、Aは80点以上の評価)
葬儀関係では、まだまだダメダメな僕だが、大学での禅・仏教学問のほうは、まぁまぁなのかな?w

合掌

◆からっぽ禅蔵◆
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