新・からっぽ禅蔵

上座部仏教僧としてタイで修行の後、日本の禅僧となった、水辺を愛するサーファー僧侶のブログ。

そこは地獄か天国か?

2017-06-27 06:21:44 | 日記
先日、海でシーカヤックを漕いで楽しんでいた時、僕は、いきなりエスキモーロールにチャレンジしてみた。

エスキモーロールとは、自分が乗っているシーカヤックが転覆して天地逆さまになった時に、くるりとロールして元に戻るテクニックだ。

浅い所で行なって海底に頭をぶつけるのはイヤなので、足のつかない深い海で、まず、息を止めて故意に転覆してみる。
ここで僕は、カヤックごと逆さまになる。
海中に没した僕は、当然、息は出来ない。
しかし海中は気持ちがいい。
さて、ここで手に持ったパドルを使ってロールしてみた。
一瞬、顔が海面に出たが、息をする間もなく再び逆さまになった(笑)
つまり、エスキモーロールの失敗である(笑)
シーカヤック初心者の僕が、一発で成功するわけがないか?(笑)

再び海中に没して息が出来ないのに、なぜか苦しくない。
ただただ海の中が気持ちいい。
いや、気持ちいいだけではなく、何か底知れぬ安心感を覚える。
「でも、気を失う前に脱出しなくては。」
そう思って僕は、ロール以外の脱出を開始した。

まず、片手はパドルを持ったまま。もう片方の手で、カヤックと僕の身体をつないでいるスプレースカートのヒモを引く。
次に、スプレースカートが外れたら、お尻から、海底方面へ脱出する。
両足もカヤックのコクピットから出たら、海面へ上昇する。
ここでやっと空気が吸える。

さっきの海中のあの気持ち良さは何なのだろう。

呼吸が出来ない場所なのに、なぜ、気持ちが良くて安心感を覚えるのだろう。

海中は、地獄か、それとも天国か?

いや、少なくとも、独裁者安倍晋三氏が支配する世界よりは、よっぽど天国かも(笑)




◆新・からっぽ禅蔵◆
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幸福

2017-06-21 14:07:29 | 日記
太陽と、空と海と、山河大地と静水。それら自然と、そして、パートナーと僕と、行住坐臥(ぎょうじゅうざが=行く・とどまる・坐る・寝る)と最低限の衣食住。

これを、幸福という。

いや、自然なんてどうでもいい! もっと財産や名誉が欲しい!
パートナー(家族や恋人)には、こうして欲しい、あーして欲しい!とにかく もっと、こちらの思うように立ち振る舞って欲しい!
或いは、“ざぜん” をして、超越的な “さとり” の境地が欲しい!

これらを、不幸という。




【写真:シーカヤックに乗る僕。後方には、ウインドサーファーたちのセールが咲き誇っている。】

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禅話105ーお前を縛っているのはお前だー

2017-06-18 08:34:00 | 日記
◆烏巖和尚〔師彦〕


○原文

問、「頭上寳盖現、足下有雲生時如何?」
師云、「披枷帶鎖漢。」
「頭上寳盖不現、足下無雲生時如何?」
「猶有*丑在」
(以下省略)


○試訳

問う、「頭上に寳盖(ホウガイ=宝の冠=ここでは悟りの境地の意か)現ずも、足下に雲生(ここでは迷いが生ずるの意か)有る時は如何(いか)ん?」
師云く、「枷帶鎖(足かせ・身を縛る帯・重いクサリ)を披
(かぶ)る漢(かん=おとこ)め。」
「〔では〕頭上に寳盖現ぜず、足下に雲生無き時は如何ん?」
「猶(な)お*丑(手かせ)有り!(「~在」は語気を強めるのみ)」
(以下省略)

〔*「丑」字は、実際には木偏+丑。〕


※理屈を並べた質問をしている弟子に対して、師匠は、「お前は、お前自身が作り出した理屈で、お前自身を がんじがらめに縛っている!」と指摘している。
禅の語録の中には、これと似たような指摘が幾つか見受けられる。
いずれも、禅の境地について頭で考え過ぎると、真の境地を見失うばかりか、自らを縛るだけになりかねない、という事と言ってよいであろう。

まあ、事に応じてクヨクヨと考えず、こだわらず、行雲流水の如くでありたいものだ。

という事で、僕はまたまた海でシーカヤックに乗って、行く雲、流れる水と共にあった。
写真は、思いきり逆光だが(笑)その時の僕。
この写真を撮影した瞬間、ビーチにいたある女性が、僕に対して次のように言った。
女性「ルフィみたい」と。
僕「えっ?」
女性「帽子だけね(笑)」
僕(笑)

皆さん、薄暗い部屋で坐禅も良いけど、時には太陽のもとで夏を楽しんでは?(^^)

合掌




◆新・からっぽ禅蔵◆
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あのお坊さんはイヤだ?

2017-06-13 08:30:10 | 日記
僕の知る僧侶の中に、A僧侶(仮名)がいる。

A僧侶は、僧侶としては僕より先輩であるが、どうも協調性に欠けていて、日頃から態度がよろしくないように見受けられる人物だ。

そのA僧侶が、少し前に、B家様(仮名)のご葬儀をお勤めした。

そのご葬儀に於いて、お身内を亡くして悲しんでおられるB家様のご親族の方々に対しても、A僧侶は態度が悪かったようだ。

某葬儀社様から、僕がお手伝いさせて頂いている寺院に、次のようなご依頼があった。

「B家様の四十九日のご法要をお願いします。但し、ご葬儀の時のA先生以外の先生にお願いします」と。
(葬儀社様は、基本的に、我々僧侶に対して敬意を持って “先生” と呼んで下さっている。)

要するに、「四十九日法要はちゃんとやりたい。だからお坊さんをお願いします。でも、葬儀の時の、あの態度の悪い “A僧侶以外” のお坊さんにお願いします!」という、B家様の強いご希望だった。

僕がお手伝いさせて頂いている寺院のご住職は、このご依頼を知って とても残念そうなお顔をなさって、次のようにおっしゃった。
「A僧侶には困ったものだ。 ご依頼のB家様の四十九日法要は、禅蔵くん、君に行ってもらいたい」と。

僕「はい、承知しました。」

ご住職「どこへ行かせても、ウチで一番評判が良いのが禅蔵くんだからね。ここはいつも通り宜しく頼むよ」とおっしゃって頂いた。
有り難い事である。

しかし、A僧侶は、いったい何を修行して来られたのだろう。
いや、僧侶としての修行以前に、人として、いったい何を学んで来たのだろう。

まあ、僧侶も人間。
僕より先輩僧侶の中にも、変わった人はいる、という事か。

なお、写真は、前回僕が乗ったシーカヤック。
もしもA僧侶がこんな写真を見たら、怒りだすのかな(笑)



◆新・からっぽ禅蔵◆
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女神からの贈り物

2017-06-09 17:40:37 | 日記
今回は、海でシーカヤックに乗ってみた。

途中、岩場に上陸。

カヤックを陸に置いて、泳いでみた。

最高に気持ち良くて、透明度の高い海水の中、フグが泳いでいたり、ウニが沢山いたのが見えた。

そう言えば、ずっと昔、この辺りでサーフィンした時に、素足のまま浅瀬で立ったら、足の裏にウニのトゲがブスブス刺さって、強烈に痛かった事を思い出した(笑)
あれから僕は、いろんな意味で変わったが、この辺りの海は、あの頃のままのようだ。

さて、僕は、一泳ぎ終えてカヤックの側に戻った。

すると、僕が乗っていたカヤックの横に、どこから流れついたのか?美しい花の輪が浮いていた。

いったい誰が、どんな願いを込めて作った花の輪なのだろう。

いや、もしかしたら、僕に対する、海の女神からの贈り物、かな?(笑)

このひとときに感謝。

合掌




◆新・からっぽ禅蔵◆
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