ノプティ・バガニス
ゼントラーディ軍の戦闘艦の中でも艦隊指揮用として運用される艦で全長約4キロという巨艦(ゼントラーディ軍の中では中型クラス)である。
第一次恒星間戦争で人類と共闘したブリタイ・クリダニクの座乗艦としても知られ、後に新統合軍において地球の技術を用いて改良された「ノプティ・バガニスbis級」が運用されるなど知名度の高い艦である。
<…一体何が起きたんだ…!?>
そう思ったアルトだったが前座のシェリルの事が瞬時に頭をよぎった。
「おい、シェリル、大丈夫か!」
「…アルト?」
「大丈夫か、シェリル」
「大丈夫、だけど。ねぇ、もしここが地獄なら起こさないで。天国ならもう少しあとにして」
モニター越しにうつむき加減の姿しか見えないがどうやら無事だということは判った。
「馬鹿、お互いまだ死んじゃいないよ」
「…一体何があったの?」
そう言われてアルトは自分達が置かれた状況を振り返った。目前に現れた巨艦、回避できないと判るや否やVF-25をガウォーク形態に変形させ制動をかけようとしたもののそのまま艦に突っ込んでしまったところまではアルトも記憶していた。
どうやらぎりぎりで制動が効いて機体も自分達の体も無事のようだったが、具体的な状況は全く掴めなかった。
辺りを見渡すとどうやら大型艦の表面に不時着しているようだった。機体のチェックをしようとコックピット内を見回したとき、通信が入っている事にアルトは気づいた。不時着のショックで通話のスイッチが切れてしまっていたのだ
「こちらアルト」
「おい、アルト大丈夫か?シェリルさんはどうしている?」
「…!ミハエルか?こっちはお互い無事だ。そっちは?俺達一体どこにいるんだ?」
「俺もルカも無事だ。近くの小惑星に身を隠している。アルト達の機体、コバンザメみたいにノプティ・バガニス級の腹にへばり付いている状態だぞ」
「ゼントラーディ軍の大型艦の下部?なんでそんな艦が?」
「どうやら厄介なお客さんがやってきたらしい」
「厄介な客?」
「“はぐれゼントラーディ”です」
アルトとミハエルの会話にルカが割り入る。
「はぐれゼントラーディだって?」
「一週間前に軍の治安部隊とはぐれゼントラーディの艦隊との交戦があった報告があります。一部が撃破、また投降したんですが戦闘宙域から離脱したノプティ・バガニス級が確認されているんです。どうやら逃げ出したはぐれゼントラーディの艦がここにやってきてしまったようです」
「ちょっと、アルト!」
アルト達の会話に今度はシェリルが割って入った。
「なんだよ、こんな時に」
「私にも判るように説明してよ。私だって当事者なのよ。だいたいはぐれゼントラーディって何なのよ、クランさん達とはちがうの?」
「残念ながら違う」
「クラン大尉?」
アルトが聞いたクラン・クランの声はどこか悲しげだった。
「本来のゼントラーディ人がどういう存在か、知っているか?」
「ええ、かつてプロトカルチャーによって創造された戦闘を行う事だけが目的の種族なのよね」
「そうだ、そして彼らは指揮系統が失われた際は他の部隊と合流することが常だが合流に失敗した艦隊や部隊は闘争本能の赴くままに戦いを繰り返す。それがはぐれゼントラーディだ」
「そうなんだ…えっ何!?」
その時、ノプティ・バガニスの船体が僅かに振動を始めた。各所からゼントラーディ軍の戦闘ポッドが次々と発艦していく。
「どうやらのんびりと講義をたれる余裕はなくなったぞ。モニカ説明してやれ」
通信機からオズマ・リーの声が響く。
「皆さん、聞こえますか?」
通信機からオペレーターのモニカの声。
「先ほどはぐれゼントラーディの艦から多数の戦闘ポッドの発進を確認。艦共々フロンティア船団を目指しています。統合軍も無人戦闘機隊とバルキリー隊をそちらに向かわせています。あと10分で皆さんのいる宙域が戦闘宙域に入ると思われます」
「それって…」
「このままじゃ俺達の命が危ないってことさ」
シェリルの言葉にアルトが応える。
「けど今そこを離れるのはもっと危険かも知れません」
「ルカくん?」
「既に周囲に戦闘ポッドが展開していて今飛び出したらそいつらに加えてノプティ・バガニスから集中砲火を浴びる危険があります」
「そんな…」
ルカの説明にショックを受けるシェリル。
「もうすぐ俺とカナリア、それにクラン達ピクシー小隊がミシェル達に合流する。その後俺達が展開している敵部隊に陽動を仕掛ける。その間におまえ達は脱出しろ」
「了解」
オズマの命令を了承したアルトだったが前座からのただならぬ気配に背筋が凍った。
「…アルト、隊長さん達を危険にさらしておめおめと逃げ出す気なの?」
「シェリル?」
「私は嫌よ。隊長さん達に何かあって一生目覚めの悪い思いをする羽目になるのは」
「シェリル、俺達はあんたを無事帰還させなければならない、どんなことがあっても。それが今の任務だ。それに戦いに身を置いている以上皆死ぬ覚悟は出来てる。こんな時にわがままを…」
「わがままなんかじゃない!私は自分のために誰かが死ぬなんて嫌なの!隊長さん達にも、あなたにも!」
シェリルの激昂にさすがのアルトも言葉が続かなかった。
「だが、この状況をどう乗り切ろうというのだ?」
クランが問いただす。
「クランさん、私が誰か忘れたの?」
不敵な笑みを浮かべるシェリル。
「ねぇグレイス、聞いているんでしょ?」
突然の事態に呆然と推移を見守るしかなかったグレイスだったがシェリルの声に我に返った。
「なんです、シェリル」
「今から言うもの、すぐに用意できる?」
シェリルがリストアップしたものをメモに取るグレイス。
「幸いなんとかなりそうです」
「ありがとう、グレイス。頼りにしてるわ」
「それからグラス中尉」
「なんです?」
「軍の通信に関して色々して貰えるかしら?」
「…この際です、何とかしましょう」
その後、オズマ達にも色々と指示を出すシェリル。オズマ達にも戸惑いはあったが、シェリルの提案に賭けてみることにした。
そのやりとりを黙って聞いていたアルトだったが、彼女のやろうとしている事がにわかには信じられなかった。
「おい、シェリル」
「なによ」
「本気なのか?」
「…こんな状況で冗談をやろうなんて思うほど変人じゃないわよ、私。前にも言ったでしょ、自分の運命は自分で切り開くって。あなたにもしっかりやって貰わないといけないんだから」
「…了解!」
ここまで来たら一蓮托生。アルトも覚悟を決めるほかなかった。そしてそれ以上に彼女の提案に言い表しきれない高揚感を感じていた。
つづく
あとがき:すいません、前回のあとがきで「次回で終了」と書きましたが、結構長くなってしまったため話を分割することにしました。
次回で「歌手シェリル・ノーム」の本領発揮といきたいです。