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ジョージィのおとなりさんたち

【個人史】「人生って、とっても楽しいもの」
そんな風に感じている今日この頃。Blogでメモっておきたい。

聖書から見る現代(14) - 貧乏人の宗教「2」

2009年06月03日 15時28分22秒 | Weblog
[個人史]: 日記 思想・信条・(宗教 聖書) 終末観
※ 【非学術的】 天地創造 罪と罰 契約の民
これは 聖書解説 ではない。

ヒトの人生とは 晩年の終焉を迎えるころにならないと 理解できない事が多いらしい。

私が 最初の経済的な質問を受けたのは '70年代中期 だった。
大学には進まなかったが 本を読み 広く研究するのが好きな彼は、

「自由資本主義経済は 最後には行き詰まり 社会主義化するらしい。 ところが、 共産・社会主義も栄える事ができず やがて行き詰まり 自由資本主義 に変るのが歴史のようだ」
「いったい 何(主義経済)が良いのだろう? どうしてそれが成立するのだろう??」

経済的な話題に限らず、 本を読む習慣がまるで無い私にとって、 彼が読みあさったさまざまな文献に関する当時の会話が その後の私の理解を助けてくれて来た。

<貧乏人好き? 金持ち嫌い?>
「ラクダと梁の穴」の話に象徴されるように、 新約聖書の中に残されたイエスの言動からは 金持ち が嫌いなように読み解ける。

イエスが、貧乏人に対して 「幸いである」と 声高に宣言した理由は 次回以降に記すとして、

イエス自身も 「豊かに持つこと」自体は嫌ってはいなかっただろう。 なぜなら 神の国は豊かさに充ち満ちている。

(アラビア語講座等の)受け売りだが、イスラム教徒が互いに施すことに熱心であるように、
欧米が豊かだった頃、 聖書を受け入れる(信じる)者たちが 富を独占する事に罪悪感を覚え 寄付や貧しい人々を援助することに熱心であったように、

持つ者が ”富をどうすべきか?” と教えているのが ラクダと梁の穴 のたとえだ。

(続)

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「こころ」の落とし穴(11) - 宗教と死[2]

2009年05月31日 23時33分12秒 | Weblog
[個人史]: 日記 思想 信条(研究) 特質 気質 性質 特異:体質
※ こころ 心理分析 暗示 マインドコントロール <スピリチュアル>
シリーズ: 悪人担当「死に神」と呼ばれたい - 早いトコ、先に進める。


<宗教はヒトを殺す>
私が 「宗教の影響力」 に気づいたのが二十歳の時だが、 すぐにも 『底の浅い信仰』の上に立っている実情を知り 愕然としてしまった。

しかし、
早い時期に気づいたおかげで、 いまだに宗教者との会話の中に 「信じているだけの 固い信仰」 を聞かされても何とか耐えられる。

自分の人生の中に融合していない根のない信仰は、 軽んじたり 簡単に捨てたり 逆に 意固地になって争いを引き起こすことも多い。

若者では当然だが、
人間的に未熟な兆候 であって、 宗教世界のみならず 企業や家庭、生活圏の何処にでもいる ”フツー”の人々なのである。

<人格の”死”>
この フツー の人々を支配するのに効果的なのが 宗教組織を使った マインドコントロール だ。
(むかしからの 宿敵 たる ”闇”方の常套手段なので、 いささか以上に「超ウンザリ」している。)

昔 流行った ”コックリさん” と同じで、
一度手を出すと病みつきになり ドンドン仲間を増やしながら 見えない鎖で繋がって行く。

対外的にも、
”アンチ” を名乗るなどして 混乱を引き起こすことにより、より効果的な 心理誘導 が果たせているのだから 巧妙で有ることは認めるが 『有害な 副作用』についてはまるで判っていない。

 (続)

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聖書から見る古代(20) - 契約の失楽園[1]

2009年05月29日 19時30分16秒 | Weblog
[個人史]: 日記 思想・信条・(宗教 聖書) 終末観
※ 【非学術的】 天地創造 罪と罰 契約の民
これは 聖書解説 ではない。

時が近いのだから 記録を進めよう。

新しい契約を立てたイエスを信じる者は、イエスと弟子たち、預言者らの語ることばで 救いを学ぶが、
イエスを救い主として受け入れなかった ユダ(ユダヤ人)が 裁かれる 根拠となるものが ユダの記録(旧約聖書)にある。
(不義を選ばず、義を護り抜くユダヤ人こそ幸いである。)

<神との隔絶>
なかでも、 キリスト教界が声高に叫ぶのが 『アダムの堕落』。

「アダムとエバが罪さえ犯さなければ、人類は神と共に幸福に暮らしていた」
「人間が 神とまみえることが出来ない原因は アダム(とエバ)にある」 と教えるのだ。

<最初の契約>
深遠な無の世界に 天地と 動植物を創造した神(GODS)は、 自分に似せて男と女を創造し、 塵(ちり)から男を造り アダムと名付けた。

そしてアダムを エデンの園に置いて、
 『善悪を知る木の実だけは食べてはならない』と命じてから、
 『食べた時には 必ず死ななければならない』 と約束(契約)したものだ。

そして様々に 塵から生き物を造ったが、 相応しい助け手が見つからず 最後にアダムの骨で女を作り アダムは エバ と名付けた。

<失楽園>
人間の考える 楽園 とは意外と程度の低い事が多いから、 エデンの園を 楽園 と呼ぶに相応しいかは別として、

新約聖書で パウロが述べたように
ヘビはエバを騙せた。 騙された エバは「食べてしまった」事を 夫アダムに伝えたとき、 アダムは考えた末に 自分の意志で食べた。

そして神は、 アダムに云っておいた(約束)とおりに、 アダムとエバをエデンの園から追い出して 永遠に生きないようにしたものだ。

■ わずかこれだけの事でさえ 言い訳がましい解釈を付けなければ 持論を正当化できないでいる。

カインとアベルの捧げものの時にも 神は親しく二人の前に現われていると云うのに..。

(続)

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「こころ」の落とし穴(10) - 宗教と死[1]

2009年05月27日 18時15分38秒 | Weblog
[個人史]: 日記 思想 信条(研究) 特質 気質 性質 特異:体質
※ こころ 心理分析 暗示 マインドコントロール <スピリチュアル>
シリーズ: 悪人担当「死に神」と呼ばれたい - 早いトコ、先に進める。

<宗教は殺人を犯す>
希(まれ)ではなく、よくあることだが、
小さな集団の頃には 善良 でも、やがて巨大化し 権力とゼニを得ると 宗教は 殺人 さえもいとわなくなる。

殺人と云っても、 実際に刃物や銃などの凶器を用いて 物理的(実際)に生命を奪うだけではない。

権力や組織力を使い 社会的な生命を奪う殺人もあれば、 相手の意志を奪い取る 人格上の殺人もある。

ここでは 殺人の内容を列挙することが重要ではない。
なぜ それ(殺害)を行うか?の理由こそが重要なのだ。

<信仰が起こす殺害>
近年、根拠もなく裁判等で多用される「精神鑑定」と「責任能力」だが、 「心理」に疎い日本社会にこそ不釣り合いな外来文化でしかない。
(割愛)

個人犯罪の場合は、
実は誰も 殺された者(生物)が生き返った処を見たことが無く、 殺してしまえば それで終る と信じているからこそ 自制心(抑止力)が切れる。

集団(組織・宗教)犯罪の場合は、
もちろん もともとが自分の意志ではないから ちゅうちょ もするが、 実行しなければ 自分の ”よりどころとする場所” に帰れなくなる との 不安感が 助力となる。
他に一人でも仲間(共犯者)がいればそれだけでもう 恐いモノ無しだ。 もはや、 組織のトップ以外 どこにも歯止めが無い。

ここに 犯罪心理の根元が潜む。

 (続)

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<山形・女子高生>首に散弾銃の弾 (カラス駆除中)

2009年05月24日 21時12分29秒 | Weblog
[現代日本史]: 日記 思想 信条(研究) カラスネタ

 ■ 嫌いなモノは”断じて嫌い!” で子育て失敗時代
  ・ 自分のお気に入りだけ与えたい 押しつけ型「ハコモノ子育て」

民家にカラス駆除の散弾 女子高生が軽傷 山形」 (産経新聞) 5月24日15時41分配信
【記事抜粋】 24日午前6時25分ごろ、山形県鶴岡市無音の農業、今野敬志さん(47)方で、地元猟友会の男性メンバーがカラス駆除で発射した散弾数発が窓から入り、うち1発が台所にいた高校生の長女(17)に当たった。
◆ 長女は首に約1週間のかすり傷を負った。 ほかに被害はなかった。
■ 県警鶴岡署や消防によると、現場近くでは、有害鳥獣駆除の許可を受けた地元猟友会が猟銃を使用してカラス駆除を行っていた。
■ 女子高生は台所で炊事中で、散弾は網戸を突き抜けて当たったという。
■ 同署で、猟友会のメンバーから事情を聴くなどして、詳しい事故原因を調べている。
[記事全文] http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090524-00000533-san-soci

<カラス駆除>
カラスは知性が高いのに比べ、 ”未開の原人”は 「自分と違う」と知ればなんでも簡単に殺してしまうのが特権。

実は、私もカラスも「殺される」事は判ってて ”サルの先祖”の中で生きている。

ヒトも少し知恵が出て「野生保護」の意識が出来たが、やはりまだ、 動物とは決してつきあえない 「退化中」なのである。

< 共 生 >
巣が邪魔なら、 カラスにとって別な最適地を示すだけでよい。
(ネコや獣・ヒトが上れない場所、他の鳥から見えにくく、襲って来れない代りの柱を立ててやっても良い)

メスが抱卵中はオス一羽で家族全部のエサを集める。 エサが足りない場所は 代替地にならない。
人間以上に 抱卵中のメスと子ガラスが巣立つまでの 安全・安心 を願っているだけ。

それでもなお 殺されても、人間は ”知能の低い野蛮動物” とは判っているから 諦める。 (自然界のオキテ)

(記)

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05/04 <カラスの知性>観察力と分析力・対応力

リアルな夢、 思い出した牧歌的な暮らし

2009年05月23日 18時25分28秒 | Weblog
[個人史]: 日記 思想 信条(研究) 特質 気質 性質 特異:体質 カラスネタ イヌネタ
※ ガレキの山に憧れる サル系の都市造り には ほど遠く

眼も開けて居られないほどの痛みが出て 横になっていたら そのまま寝入ってしまったらしい。

ボンヤリしたアタマで目覚めると あたり一面が30年ほど前の田園風景に変っていた。

晴れ渡った空の下、 全ての窓やドアを開け放した家。 その濡れ縁の角をアタマにして私は寝ていた。
実際私は 横浜に来る以前には、 私が新聞奨学生だった時のアパート住まいを含め、 地方の暮らし同様に、 部屋に鍵をかけたことなど無かった。

おとなりさん宅は 一区画以上も離れた場所にしか隣家が無く、大地はみどりのじゅうたんに包まれている。

気がつけば向こうの電線の上からは 小鳥が3羽 心配そうにこちらを見ているいるではないか。

私が 濡れ縁を歩いてくるカラスに気づくと さっと飛び立ち、向かった先の屋根のへりには カラスたちがびっしり留まって覗き込んでいた。

『コラッ、おまえたち何をやってる! (ご近所が驚くじゃないか!)』

と声を掛けると、 「ヤバ!おこられた」 とばかりに飛んでいったが 家の中にまで入ってきた痕跡がある。

案の定、証拠の羽根一本が部屋に落ちていた。

『まったく。全然警戒しないんだから..』と苦笑しながら、 まだどこかに隠れていないか? と探していると 黒い影 が現われた。

縁側にまで追い払い、明るい下で見ると がっしりしたビーグル犬だ。

じゃれついて来るのを許すと、
その重量感と、 舐めつくその感触は まさに 現実そのものである。


カラスとの関係は私の専売特許だが、
それ以外は 30年~40年前に だれかがこの場所で経験した 実際の記憶のようにさえ感じた夢だった。

自然を肌で感じ取りながら暮らす生活は、 人として生きる基本だと 思い出した。
濡れ縁のある家は実に良い。

(記)

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聖書から見る現代(13) - 貧乏人の宗教「1」

2009年05月20日 16時16分34秒 | Weblog
[個人史]: 日記 思想・信条・(宗教 聖書) 終末観
※ 【非学術的】 天地創造 罪と罰 契約の民
これは 聖書解説 ではない。

近年まで 米国の財閥など キリストを信仰する世界中の富裕層は決して少なくなかった。

聖書には、
ユダ(ユダヤ人)が綴った部分(旧約聖書)のイスラエルは 襲いかかる敵の大軍も ものともせずに打ち捨てて、絢爛(けんらん)豪華な繁栄を築いた事が繰り返し現われる。

ところが、
異邦人が残した部分(新約聖書)では、けんらん豪華な繁栄 どころか、
救世主であるキリスト・イエス本人が 貧乏くさい馬屋の飼い葉桶の中に誕生し、貧しい大工の息子として成長したうえ、
30歳で教えを宣べるようになってからも 自分と同じ 学問のない弟子ばかりを集め、 貧乏人たちに向かって 「貧しい者は幸いである」 と宣言する始末。

古代の栄光と学識と富にすがるユダ(ユダヤ人)が 別なメシヤ降誕を待ち望んだのは この世の栄華に固執したからに相違ない。

<記述手法>
前記事(5/10)で、 「人間には決して解けない」 と記した聖書の理解が難解なのは、 (私の記録と同様に) 重要な事柄は 各所にちりばめてあるからだ。

ぜんぜん違うのは、
私の記事はわざと読み違えを誘う表現を許したり、 (米国の野生リスと同様に)各所に埋めるクセはあるが、後で探し出すことができず行方不明になる のに対して、

預言者たちの記した聖書は 明確な意志を持って ことばを選び、ちりばめてある。 波長が違えば まるで異なる意味に変るのだ。

それでも不思議と、
読む者一人一人に合ったことばで語りかけてくるのが聖書である。

(続)

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パンツも「履けない」サルの未来(6) - 科学的根拠

2009年05月19日 18時05分19秒 | Weblog
[個人史]: 日記 思想 信条(研究) 特質 気質 性質 特異:体質
※ ほやほやの「家訓」: サル系 には ほどほどに
※シリーズ: 経済再生プロジェクト レビュー( Review )

<退化を続ける”科学力”>
スタートレック(宇宙大作戦)」は、人類が月や宇宙を目指していた1960年代に製作されたSFドラマだが、

今看ても 十分楽しめるのは、 話される内容が 「最先端」を自慢にする現代日本人と変わらない。

共に、”コンピュータは万能で 間違うことが無い” と信じる信仰が 根底にある。

自分には解析出来ない”ブラックボックス”なので、 出てきた結果には 疑う余地がない。
内容が判らなければ(理解できなければ)、 論理的評価の手段も無いのである。

<日本型大学教育の果て>
'70年代でも
毎年繰り返し使っている教授のノートから 板書する内容を必死に書き取る授業 があたりまえだった日本。

幼児教育が注目されても、 ”考え方”まで押し付ける日本では 論理性 も育たない。 (外来に引きずられて ”サル”に返る)

私は 中学に進級した早々に「大学には行かない」と決めたから、
逆に 卒業した友人らが 本を読んだだけで あたかも自分が体験したかのように話すことには正直 感心して来た。

自分で検証しない限り 決して受け入れない私の性格とは大違いだ。 (私は民族的資質から外れてしまう)

(続)

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「人生における役割」その雑感(9) - 利益確定ボタン

2009年05月17日 17時20分25秒 | Weblog
[個人史]: 日記 思想 信条(研究) 特質 気質 性質 特異:体質
※ ”日米崩壊”シーケンス(Sequence) は止まらない。

<「株は買え!」>
地球環境と 成長経済を 滅茶苦茶 にした「グローバリズム 至上原理主義」。

知ってのとおり、
株でも商品売買でも 買ったまま 単に持っているだけなら 含み資産でしかなく、
売って始めて 利益(損失) が確定するのと同様に、

<確定ボタン>
私も 私自身が直接受ける事で はじめて相手の利益が確定する。 受けたモノに 感じて こころの「確認」ボタンを押すからだ。

そして、
そのときの評価に応じて ”配当担当” から 相手に「利益」が贈られる という 単純な構造になっている。

<役割分担>
私は 単に頂く(受ける)だけの役であり、
『こんなの 貰いました』 と報告ボタンを押せば、 後は執行部隊が動く。

さながら、
子どもの様子を見ていた親が 「いつも ウチの子が お世話になっているから」 と、何かと手厚くしてくれるのと同じである。
(子どもたちは 自分のおかげで ジョージィも同じ食卓に着いているとは知らない)

(続)

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「人生における役割」その雑感(8) - 役割分担

2009年05月13日 14時41分23秒 | Weblog
[個人史]: 日記 思想 信条(研究) 特質 気質 性質 特異:体質
※ ”日米崩壊”の シーケンス(Sequence) が進行している。
シリーズ: 悪人担当「死に神」と呼ばせたい - 但し、実際に命を奪うのは ”闇”方。 私は死んだ後を担当する。(後述)


<「最後の食事」中>
日本の「死刑」は、 当日の朝知らされてその日のうちに 死刑執行 される残忍さだから ”人生最後の晩餐” など味わう機会もなさそうだ。

その点私は、 相手があるためか (相手の都合で)毎日が「最後の晩餐」中である。 まだ来ない...。

かれこれ 30年来(おおもとは 遙か以前)になるか..、
殺すのを商売(教義)としている集団も私の担当らしく、 バランスのために私は ”殺されるほう” を担っている。
※ 事故や病気では死にそうにない。

仕事(使命)で有る以上、 『最後の食事は保証されている』 というところだろう。 (役得最高!)

そのためにも、
マトを外して 私の逆襲を受けないよう、 私自身の急所を明確に理解(分析)させ、 相手の「権利と負う義務」を含めて 正直に伝えておかなくてはならない。

これが 大人の ”最低限の マナー” であり、 (同義語:)記事進捗が遅いのは ”最低なマナー” かも..?

(続)

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