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常なる忠誠

LEATHERNECK FAN別館または史跡巡りな話

大塚古墳

2010-10-11 20:28:32 | 古墳(富山県射水市)
 富山駐屯地創立式典の帰り道なので寄っていこうと思い立ち。射水市にある大塚古墳へ寄ってみる。
 大塚古墳は円墳で、高さ約6m、直径上辺9m、下辺36.5m。
 発掘調査は行われていないため、内部構造や副葬品などの詳細は不明だが、5世紀頃のものと推定されている。この一帯には北東200mの場所にも、5基の古墳(生源寺新十三塚)があったが、大正時代までに消失した(1基は記録が残されており、古墳時代後期の横穴式石室を持った円墳だったとのこと)。大塚古墳のある市井から生源寺にかけての台地では他に数基の古墳が発見されており、また、串田新遺跡や小杉丸山遺跡が近い。




 墳頂部。写真中央に故鐙塚齋一郎記念碑が建っているが、人物の由来は不明。墳頂部で何か燃やした跡があったが、それは無関係だろう。



 西側の用水路の対岸より。円墳が設けられている場所は、周囲より、若干、高台になっている。



 南側より。一応、公園のような整備はされている。



 墳頂部より、見通しのいい北西側を望む。一帯は田園地帯。



 西側から。手前の場所に車を停められる。


 周囲に案内板は無いが、迷うような場所でもない。下記地点を示すとカーナビはきちんと導いてくれる。円墳横に車を止めるスペースはあるが、そこに車を止めると古墳を撮影する上で一番いい角度の邪魔になるので注意。

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 翌日、串田の民家に熊が突撃したとの報道が……今年、北陸の熊社会では人里ツアーがブームらしい。

串田新遺跡

2010-09-17 00:10:01 | 古墳(富山県射水市)
 串田新遺跡は、昭和24年に発見された縄文時代の集落と古墳がまとまって存在する遺跡。
 縄文時代中期の土器が初めて出土した遺跡で、土器は、「串田新式土器」と呼ばれる。
 元々は、円墳が5基あったが、2基は整備前に消失。現在、3基の円墳が縄文時代の住居跡と共に残されている。




 1号墳。丘の3号墳以外は、丘の斜面側に設けられている。


 
 2号墳から撮影した1号墳。


 
 2号墳。斜面ぎりぎりにある。


 
 1号墳から、撮影した2号墳。斜面ぎりぎりにあるのが分かる。



 3号墳。1号墳と2号墳が西側にあるのに対し、3号墳は東側にある。見ての通り、三つの円墳は、いずれも低い。また、1号墳と3号墳は、墓地の側である。



 3号墳から見た。1号墳。

 同じく3号墳から見た2号墳。



 公園南側から、三つの円墳を望む。



 南側にある公園案内図。一応、入り口は南側になっている。


 縄文時代の住居跡。公園的なメインは、実は、こちらで、古墳はおまけかもしれない。







 多分、公園の売りの一つ土器型水飲み。ここで発見された縄文時代中後期の土器「串田新式土器」と呼ばれるものを模している。



 串田新遺跡からの眺望。



 駐車場は無いとされるが、実は裏側から墓地につながる舗装されていない道(右手の)を登れば車を止められる。



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