あれは、わたしがまだ二十歳(はた
ち)の女の子だった頃。
初めてのキス、初めてのデート、
シャボン玉のようにふわふわ
飛んで、空中でぱちんと弾ける、
そんな片思いの恋をいくつか経
たあと、わたしはまるで巻き込
まれるように、苦しい恋に落ちた。
これは、手探りで進むしかない
真っ暗な闇の谷底に真っ逆さま
に落ちてゆくような恋だった。
どしようもなかった。
好きで好きでたまらなくて、
四六時中会いたくて、いつも一緒
にいたいと追い求めた。
彼のそばにいない時の自分は、
まるで不完全な人間のような気
がしていた。息もできないくら
いに、身動きもできないくらい
に、焦がれていた。
こんなに好きなのに、こんなに
愛しているのに、こんなにも
不安なのは、なぜ?
彼はわたしよりも四つ年上。
わたしと同じ大学を卒業した
あと、新聞社で記者として働
いて友人の紹介で出会った。
「初めまして」
「こんにちは」
と、挨拶を交わした瞬間、わたしは
「あ、この人を好きになる」と感じ
ていた。
あとで聞いた話しによると、彼もや
はりそうだったという。
恋の始まりは、奇跡に似ている。わ
たしは今でもそう思っている。毎日、
大勢の人とすれ違い、巡り合い、出
会いと別れが繰り返されていく中、
たったひとりの人に、心がすっと
傾くその刹那。それを奇跡と呼ば
ずして、なんと呼べばいい?
付き合い始めて半年くらいのあい
だは、世界中の何もかもが、輝
いていた。見るもの、聞くもの、
触れるもの、すべてが愉しく、
すべてがわたしの心を躍らせた。
彼と一緒なら、どんな映画も名作
になったし、どんな喫茶店のどん
な珈琲も、世界一美味しく感じ
られた。恋の魔法にかかってしま
えば、枯れた花でさえ、蘇って
しまう。
けれどもそのあとにやってきた
半年は、つらかった。
つらい、苦しい、もどかしい、耐えら
れない、もう我慢ができない。
どうして?なぜなの?なんとか
して!
まるで稲妻みたいに胸に突き刺さる、
そんな思い、自分で自分を傷つけて
いるような日々。
人事異動で、学芸部から社会部に移
った彼の仕事は忙しくなる一方で、
わたしと約束していても、急な取材
が入って会えなくなる日も増えて
きた。
彼からの連絡が、なかなかこない。
だから、つらい。
彼からの連絡を毎日、朝から晩まで
待っているだから、苦しい。
待っても待っても、まだこない。
だから、もどかしい。
本当に、仕事なの?そんなに仕事
が大事なの?
どうしてすぐ連絡をくれないの?
なぜ、わたしをこんな気持ちに
させるの?
お願い、わたしを好きなら、なん
とかして!
「今の私にそっくりだわ。本当に
瓜ふたつよ」
と彼女はうなずく。
「それで、どうなったの?その
あとは」
知りたい?