ビスクドール・雛人形店・オーディオ販売 佐久市 ヤナギダ店長ブログ

ビスクドール64体他お節句雛人形をフランスへ輸出128年、軽井沢方面がお店の場所。

Make up

2019年02月02日 15時17分16秒 | owarai
顔の構造というのは人間で
あれば、皆同じ。

だから、皮膚の上ではなく、
骨格にメイクするというのが
スタイリストのメイク論。

くぼみに影を入れ、出っ張
いる部分を明るくする。

それが基本。



※オーディオ開設、販売あり
音楽も従来通り聴けます。

ビスクドール64嬢が
お待ちをしています。

佐久市野沢93
ヤナギダ
℡0267-62-0220

「楽しいだけが恋じゃない」

2019年02月02日 13時10分33秒 | owarai
一旦、別れてまた合流する川の
ように、彼女の中から懐かしさ
が溢れ出す。それは長く忘れて
いた感覚で、出会いの頃の息苦
しいほどのときめきを伴って
いる。

帰って来たのは私の方だと彼女
は気付く。男に初めて会った、
あの日の自分に。




YouTube
Rain - 秦基博

https://www.youtube.com/watch?v=MV-jibmWeiI



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<恋の小休止?>

2019年02月02日 12時01分16秒 | owarai
あなたがいないと初めて
わかる。わかっているのに、
会うとその平行感覚がどこか
でずれる。

ま、本来、恋というものはそ
ういうものかもしれず、妙に
達観してしまう自分もいた。

たまにはこんな夜があって、
いいのかもしれない。

と思いつつ、やはり寂しい
気持もいなめない。
あなたはどこでなにをして
いるのやら・・・・・・・。


※オーディオ開設、販売あり
音楽も従来通り聴けます。

ビスクドール64嬢が
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「瞳に映るひと」

2019年02月02日 11時47分26秒 | owarai
男性一般 女性一般ではなく
名前のついたひとりの人を
求めていた

どんなに多くの人が質問
する意見よりも
ただひとりの人の意見が
その人の心をとらえるものを

他の人なんてどうでもいい
ただひとりの人だけが
私に大切だった


You Tube: ステイシー・ケント
Stacey Kent - Quiet nights of quiet stars (Corcovado)

https://www.youtube.com/watch?v=ICX-1VGvUpY



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春一番まだまだ遠いビル街に少し悲しいスキップをする  <あなた>

2019年02月02日 09時16分39秒 | owarai
配慮という思慮深さ

いつも上品なついたての
むこうにいるようなあな
たに
風の吹く帰り道



YouTube
haruka nakamura - Lamp feat.Nujabes 【Official MV

https://www.youtube.com/watch?v=cHQ-oVSYkeU



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おはようございます   ・<幸せなあくび>

2019年02月02日 08時46分27秒 | owarai


沖縄や先島諸島には、昔
から霊媒師がいる。

興味深いのは、死んだ人や
神さまが霊媒師に乗り移る
とき、あくびをすること。

あくびをするとき、人間は
無心になる。

耳そうじをしているときの
女性の表情もいい。

戦国時代、窮地に立たさ
れた織田信長は、いちばん
信頼のおける妻を呼んで、
耳そうじをしてもらいながら、
無念無想した。

あれは信長にとって、二人
で座禅なのだ。
ほら、僕のあくびが君に伝染
した。





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「米の味」

2019年02月02日 06時14分23秒 | owarai
出張先がたまたま有名な米ど
ころで、駅前の食堂で食べた
米のうまさに驚いたことがある。

こんなにコメはうまいものなの
か、と思った。

かくべつ舌に自信があるほうで
はないから、その町の米屋で米を
みやげに買って帰って、友人にも

わけて食べてみてもらった。

うまいもの好きの友人が、やはり、
驚いていた。香り、味、色つや。

炊きあがった米粒が、ひと粒ひと粒
ぴんと立っているのだった。かみ
しめながら考えた。

これは、どういうことなのか。

よく、昔の米はうまかった、という。
味の記憶はたよりない。米の専門家
にたしかめてみた。

試験場で昔のままの肥料で、全く今の
農薬を使わない米を作っている。

それが、食べくらべてみると、今日の
米どころの最上の米より、はるかに
うまい。

ひと口ふくんで、昔の米の格段の味の
よさがわかる、という話であった。

もしその通りだとすると、舌が馬鹿
になってしまったらしいのは都会の
人だけではない、ということになる。

米どころの農民は、それに気づいて
いるのか、どうか。

すべては時の流れであるかも知れない
けれど、米の国の味のふるさとが
荒れていくのを見るのはかなしい。