あなたのすきな本は何ですか?

桔梗です
訪問ありがとうございます
いろいろな想いを残してくれたお気に入りを紹介しています

天地明察 冲方 丁

2010-07-13 19:17:00 | ★あ行の作家
天地明察
冲方 丁
角川書店(角川グループパブリッシング)

このアイテムの詳細を見る

はじめから自分の道が見える人というのは稀だろう

人は 人と出会っていろいろなことを考えて 悩みながら何かを探して
そして見つけていくものなんだと それでいいんだと
この小説を読むとあらためてそう思う

江戸中期の泰平の世 
名門の碁打ちの家に生まれた渋川春海の仕事は “安井算哲”の名を受け継ぎ碁を打つこと
碁の才はある 
とはいっても 仕事で打つ碁は真剣勝負ではなく 代々伝わる決まった譜をただ再現するだけ
相手に勝つために自由に打てる碁ではない
安泰たる勤めではある

だが 春海は 餓える

碁を打つことを一生の仕事と定め 情熱を傾けることがどうしてもできない春海
繰り返される同じような日々の中で ふつふつと湧きあがる 己の人生への飽きと餓え

唯一の救いが 大好きな算術そして天体観測と暦学
ふと神社で耳にした『からん、ころん。』という算額絵馬の音 
その転がるような音に導かれるように 様々な出会いがあり 春海の運も転がりはじめる
そうして 見つけた己の道は 天を測り地に起こることを明らかにし 新しい暦を作ること

たかが暦 されど暦
八百年以上も使われてきた暦を捨て 新しい暦を作りだすという国を挙げての一大事業は 
朝廷や幕府それぞれの思惑が絡み 一筋縄ではいかない

長い年月をかけ 算術や観測の師たちからいろいろなことを学び 将来を託され
同志たちとはときにぶつかりながらも認め合い 互いに精進し 
保科正行や水戸光圀などの力ある者や 妻の存在や憧れの女性への想いに支えられ
そして 自らが得たものをあとから歩いてくる者たちへ残し 伝える

人は人と関わることで生かされてるんだと思う


『雁鳴きて菊の花咲く秋はあれど 春の海べにすみよしの浜』

“春海”という名はこの伊勢物語の歌からとられているそうだ
『雁が鳴き、菊の花が咲き誇る優雅な秋はあれども、自分だけの春の海辺に、“住み吉”たる浜が欲しい。居場所というだけではなく、己にしかなせない行いがあって初めて成り立つ、人生の浜辺である。』

自分だけの春の海辺を探すこと それが生きるってことだと思う



それから 印象的だったのは 
春海が想いを寄せていた女性“えん”との再会
一度は違う道を歩き始めたふたりが 再び出会うことになる不思議な縁
生真面目で えんを待たせてばかりの春海がもどかしくもあったけど
安易に踏み出せずにいたのは それだけ彼女が大切な存在だったんだろうとも思う
最後に ようやく見つけた春の海辺を穏やかに笑いながら歩いているかのようなふたりが 羨ましく思えた


ほかにも心に残ったところをいくつか

神道についての春海の言葉
『天地に神々はあまねく存在し、その気は陰陽の変転とともに千変万化しながらも常にこの世に漲っている。捨てる神あれば拾う神あり、というが、その正しい意義は星の巡りであり神気の変転である。神気が衰えることは古い殻を脱ぐ用意を整えるということであり、蛇が己の皮を脱いで新たに生まれ変わるのとまったく同じなのだ。』
『神道は、ゆるやかに、かつ絶対的に人生を肯定している。』

神道というのは すべてのものをゆるやかに肯定し大きく包み込んでしまう
そんな宗教なんだろうなと思う

天測や暦についての春海の語り
『星はときに人を惑わせるものとされますが、それは、人が天の定石を誤って受け取るからです。正しく天の定石をつかめば、天理暦法いずれも誤謬無く人の手の内となり、ひいては、天地明察となりましょう。』


「天地明察」このすっきりと晴れやかな言葉の印象どおりの 素敵なお話でした